がんの早期発見に威力を発揮【PET検査】

秘密厳守の郵送血液検査

癌掲示板..>癌性腹膜炎による腸閉塞

1 名前: とん 投稿日:2004/08/22(日) 00:40
62歳の母。ステージ3の卵巣癌と診断されて丸4年です。
現在、癌性腹膜炎による腸閉塞のため鼻からイレウス管を挿入しており三ヶ月なにも口にしておりません。
もう体力面から考えても抗癌剤治療はむずかしく今後は悪くなる一方だと言われています。
あまりに本人が喉の苦痛を訴えるので、胃漏を作って何とかそこから老廃物を出せないかと
内視鏡で試していただきましたが胃のまわりの腫瘍が邪魔してテストの針も刺すのは危険と断念することになりました。
娘としてはこのまま母が毎日苦痛に耐えながらベッドの上だけで生活(トイレだけは自分で行きます)
するのかと思うと辛くてたまりません。
食べるのは無理だとしても、せめて好きな読書や音楽だけでも楽しんでもらいたいのに…。
どなたかこんな例をご存じの方はいらっしゃいませんか?
なんとか鼻のイレウス管を抜くことはできないでしょうか。
                     

2 名前: 次男 投稿日:2004/08/23(月) 22:32
お母様のつらさ、お察しいたします。
当方将来の腸閉塞対策について調べている素人なので
詳しく説明はできませんが以下のような処置法があるようです。

(抜粋)
経皮経食道胃管・イレウス管挿入術(PTEG)
 前項の胃瘻や腸瘻が造設できない患者さんの場合、経皮的に頚部(くび)首から直接食道を経由して胃や小腸に管を入れる治療法です。
 胃瘻や腸瘻と同様に、栄養投与、腸液排出の目的に行われます。
 誤嚥性肺炎の危険性が減少し、鼻やのどの違和感や痛みから開放されること胃瘻や腸瘻と同じです。

メーカー
http://www.sumibe.co.jp/products/03_29_e.html

もしくは
http://www.google.co.jp/search?q=PTEG&hl=ja&lr=lang_ja&ie=UTF-8&start=0&sa=N

に出ている医療機関にセカンドオピニオンを求められてはいかがでしょう。

3 名前: とん 投稿日:2004/08/24(火) 04:21
次男さま。
貴重な情報をありがとうございます。
母の苦痛を思いながら泣いてばかりの毎日…
私がしっかりしないとダメだと肝に銘じて、早速アドバイスいただいたことを
実行してみます。
本当に本当にありがとうございました。

4 名前: 774 投稿日:2004/08/25(水) 21:50
一般的には通過障害を生じている小腸直前の小腸瘻を造設します。
もっともガン性腹膜炎の際、利用可能な小腸が腹壁近くにあり、
腹壁外まで小腸の授動可能なことが条件ですが・・・。
これで、食事など経口摂取も可能となります。主治医も最終的には
可能であるならばとお考えと思いますよ。





5 名前: とん 投稿日:2004/08/26(木) 23:50
774さま。
ご返答ありがとうございます。
もし見当違いの質問だったらごめんなさい…小腸瘻と人工肛門とは全く違うモノですか?
以前「腸閉塞の位置から見て人工肛門は無理」と言われたことがあります。
また、774さんがおっしゃることは外科的な処置なんでしょうか。
「外科的に処置するのは難しい」とも…。条件を満たしてないということなのかもしれませんね。
やわらかいものだけでも口にできたら夢のようなんですが…。

胃瘻の件は主治医の先生から内科へ相談してもらってましたので、
今回の次男さんの情報も思い切って主治医の先生に聞いてみました。
失礼なことかも、と思いながら資料をプリントアウトしてお渡ししたところ
「また内科と相談してみます」と快く受け取っていただけたので
ほっとしています。
いい返事がいただけるのをただ祈るばかりです。

6 名前: 774 投稿日:2004/08/27(金) 09:31
小腸瘻は外科的処置となります。大腸の人工肛門と同様、腹壁に
小腸を開口させる処置です。
「腸閉塞の位置から見て人工肛門は無理」というのは、通過障害の
部位が上部小腸だということなのでしょう。その場合には、一般的に
胃空腸吻合によるバイパス術が検討されますが、現状から外科的処置
が困難との外科主治医の判断ですので、既に小開腹や胃空腸吻合も
厳しいといった状況や、小腸の多発狭窄により小腸瘻やバイパス術
の適応がないといった状況なのかも知れません・・・。後はせめて、
現在鼻から導出されているチューブを次男さんのレスされた方法などで、
頚部から導出できれば、少しはQOLの改善につながるものと思います。

7 名前: とん 投稿日:2004/08/28(土) 00:17
774さま、ありがとうございます。
母は二度に分けてのオペで目に見える腫瘍はすべて摘出し、その後は化学療法を続けておりました。
一年ほど前からたびたびの腸閉塞。術後の癒着によるものだろうとのことでしたが
今年5月、とうとう薬ではどうすることもできなくてイレウス管を挿入。
それでも改善されずバイパス術のオペに踏み切ったところ
癌性腹膜炎によるもので、手がつけられないと開腹のみに終わり現在に至っています。

三回とも執刀してくださった外科医の先生は
「最初の状態からここまでもったのが奇跡だ。よくがんばったじゃないか。」とおっしゃいました。
もう一度、奇跡が起きてほしい…この掲示板にこられる方みなさんの切実な願いですよね…。

主治医の先生に相談してから三日。まだ返事はいただけません。
即答されないということは、もしかしたら前向きに検討してもらえてるのかと
期待してしまいます。母は相変わらず辛そうです。
…また報告させていただきますね。 

8 名前: とん 投稿日:2004/09/05(日) 01:46
毎日がバタバタと過ぎ、報告が遅くなってしまいました。
約1週間前、先生からの返答はこうでした。
「ここ数日の老廃物の量が減っているので(細い便が何日かに一回出るのでまったくつまってしまってるワケではないようです。)、
 もしかすると管を抜いても大丈夫かもしれない。
 もし、抜いてみてお腹がつまり、痛くなるようならその時に食道ロウの処置を試みよう。
 でもうまくいくとは限らない。その場合はまた鼻からイレウス管を挿入しなくてはならないし
 以前と同じ状況ではないため、それもうまく入るとは断言できない。
 最悪の場合は手の施しようがないが、それを家族の方に承知いただけるならすぐにでも管を抜こうと思う。」と…。
母がつぶやいた「このままなら生きていたくない。」という言葉を重く受け止め、
私たちは抜いていただくという結論を出しました。

現在、管を抜いて4日目…今のところお腹が痛むこともなく
久しぶりに洗顔したりシャンプーしてもらったりと、
管がある時とは比べモノにならないほどの表情で毎日を過ごしています。
徐々にテレビを観たり本を読んだりの元気も出てきたようです。
「もう少し様子見て、氷とか口に含んでみようかな」とも。

もちろん私たちの大きな不安は消えません。
まだ母はもう抗癌剤治療が無理だということを知らないので
今後、どうしていったらいいかということも頭から離れません。
このまま穏やかな日々が続いて欲しいのですが…。








9 名前: 三女 投稿日:2006/04/14(金) 23:26
はじめまして
毎日このページを眺めてはため息や涙で閉じています。
母代わりで大事な姉が、癌性腹膜炎。腹水は穿刺しましたが血性で混濁のものが150ml程度しか排液できませんでした。本人は腹水を抜いてもらったら楽になると思っていたようですが、全く下からの排泄がなくなってしまいおなかはパンパンです。鼻からのチューブで胃液や胆汁のようなものが出ていたのですが、それも昨日からほとんど出ず、お腹が張って苦しんでいます。どうにかして少しでも楽に過ごせる時間をと思うものですが、アドバイスをお願いしたくて書き込みました。どなたかよろしくお願いします。

10 名前: 無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/04/16(日) 16:42
肝転移はどうですか?

11 名前: 三女 投稿日:2006/04/19(水) 07:28
お返事を頂きありがたいです。転移というのか、肝臓もかなり大きくなっているようです。
鼻からの管を太いものに帰られましたが、効果はありません。イレウス管も入れられない状況とのことです。胃ろう、小腸ろうなど外科的処置はできない。この苦しい状態のままその時を待つしかないのでしょうか?

12 名前: 無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/04/19(水) 07:31
お返事を頂きありがたいです。私は良くわからず書き込んでしまいましたが、ここは他の人のページなのですね。すみません。
肝臓は転移、肝臓もかなり大きくなっているようです。
鼻からの管を太いものに帰られましたが、効果はありません。イレウス管も入れられない状況とのことです。胃ろう、小腸ろうなど外科的処置はできない。この苦しい状態のままその時を待つしかないのでしょうか?

13 名前: とん 投稿日:2006/04/26(水) 17:17
ご無沙汰しています。ここに最初の書き込みをした“とん”です。
あれからいろいろなことがありすぎて何からお話したらいいのかわかりませんが
結局、母はこの春4月5日に永眠しました。
もうすでに以前書き込みをしていた時点で「いつ何があってもおかしくない」。そのあとも「もう年は越せない」
「夏までは無理だろう」と言われながら約一年半もがんばってくれました。
その間やはり食事はできないまま(調子の良いときにお豆腐くらいは一口ずつ食べたりしました)でした。
母も下からの排出はほとんどなく、口から吐いてしまうこともしばしばでしたが
ある日お腹の以前の手術の傷が破れて穴が開いたところから中の排泄物が出てきて
自然に人工肛門のようなものができてしまったのです。
それには主治医の先生も驚かれましたし、私たちも母がかわいそうでなりませんでしたが
今思えばそこから順調に排泄物が出てくれたおかげで母の苦痛が少しでも軽減できていたのかもしれません。

三女さん、お辛いですね…お気持ちが痛いほど伝わってきます。
セカンドオピニオンでどちらかにいかれましたか?
母が身動きできない状態でしたので、代理で私たち(三姉妹です)がいくつかの病院を回りました。
だいたい同じような診断ではありましたが、静岡がんセンターの米村先生は癌性腹膜炎におけるスペシャリストで
いろいろとアドバイスをいただき大変感謝しております。
お住まいや状況がわからないのに勝手なことばかり言ってごめんなさい。
私のようなものの体験談で参考になれば、また何でも聞いてくださいね。
お姉さんの苦痛が少しでもやわらぎますように…。




14 名前: 三女 投稿日:2006/05/05(金) 22:26
人の気持ちの暖かさというか、とんさんの言葉に涙が止まりません。お母様は苦しい状況の中1年半頑張られたのですね。ご冥福を祈ると共にとんさまのことが人事とは思えない気がします。私も三姉妹です。姉は昨年8月に余命半年と告知され、4月にあと1ヶ月といわれました。この連休が越せないのではと泣いてばかりの1ヶ月でしたが、今は麻薬テープとサンドスタチンという腸内の分泌を抑える持続皮下注射で、穏やかともいえる日々を過ごしています。いつ何が起こるかわからない状況ではありますが、久しぶりにPCに向かう時間が持てました。とんさんのお母様のお話を伺うと私の姉にも奇跡が起こって少しでも生命を永らえることができそうな元気を頂いたような気がしました。セカンドオピニオンについては兄(姉の夫)が相談のみ行きましたが、状況を説明すると現在の処置以外には方法がないという返事だったようです。相談の時期が遅いのかもしれませんが、山陰の片田舎で癌の専門病院もなく、主治医の人間性はとても好感がもて姉のことでも試行錯誤して処置をしてもらっていることは伺えますが、治療には限界があることを感じています。早速静岡癌センターの米村先生のご意見が伺えないか行動してしてみようと思います。本当に藁をもすがりたい気持ちの日を送っているなか、心にしみる書き込みを感謝いたします。

15 名前: とん 投稿日:2006/05/06(土) 00:40
三女さま。
とり急ぎ静岡がんセンターのセカンドオピニオンのページです。
   http://www.scchr.jp/

癌性腹膜炎の積極的な治療はこちらの病院以外ではなかなか難しいと聞きました。
母は名古屋におりましたし、私も滋賀県に住んでいますのでまずは周辺の病院をいろいろ周り、
最終的に思い切って米村先生のところへお伺いした時には(予約もなかなか取りにくいです)
「もう一年早い時期に来られれば何かできたかもしれない」と言われました。
治療はかないませんでしたが、米村先生に直接アドバイスをいただき、やはり行ってみて良かったと思っています。
なんとかお姉さんの治療ができるといいのですが…。





16 名前: とん 投稿日:2006/05/06(土) 00:44
ごめんなさい。上記のURLは静岡がんセンターHPのトップページに飛ぶようです。
左の方に『セカンドオピニオン』の項目があります。


17 名前: 三女 投稿日:2006/05/06(土) 09:30
夜中にも関わらずご親切を本当に感謝します。地理的にもまた今の状況的にも姉を連れて行くことは困難です。家族も今姉を残し静岡に行くのも難しいと思っています。姉は食べれなくなって1年半くらいになります。米村先生にご相談することができたとしても積極な治療ということに関して手遅れなのだろうと覚悟もしながらですが、少しでも楽に1日1日を過ごさせてやりたいことと、わずかでも明るい光を感じることができたらと奇跡を信じできる限りのことをやってみたいと思います。とんさまは悲しみの癒えない日々と察しますが、私の気持ちを支えてくださった気がして心より感謝いたします。

18 名前: とん 投稿日:2006/05/07(日) 01:47
積極的な治療をせずに、なんとか残された日々を支えていく…ということは
お医者さまに頼らざるを得ないのは確かですが家族にしかできないこともあるのではないかと思います。
母が亡くなった今、もちろんああすれば良かった、こうしてあげたかった、後悔していることもたくさんあります。
でもいつもいつも母のことを考えていましたし普段離れて暮らしていても家族で何度も母のことを話し合いました。
たくさん悩んで迷って本当に毎日母の辛さを思って泣きながら、
入院生活の中で少しでも母が心地良く感じることを探し続ける日々でした。
きっと三女さんたちも同じですよね…
辛いけどやっぱりこんなにもお姉さんをのことを考えて、心で支えられるのは家族だけですから…。
いっぱいいっぱいお姉さんのことを思ってできるだけたくさんの時間を一緒に過ごしてあげてください。
いろいろ生意気言ってごめんなさい。でもこちら三姉妹で応援していますからね。がんばってくださいね!

19 名前: 三女 投稿日:2006/05/07(日) 22:45
とん様、心のこもったメッセージを頂きありがとうございます。こちらこそ突然書き込みをしてしまったのに暖かいことばで支えていただき、希望もいただき救われています。姉は胃がんですが開業医では潰瘍の瘢痕といわれていたようです。手遅れになってしまったことは本人はもちろん、家族としても悔やまれてなりません。しかし、今は今の状況を如何に改善するかということが一番です。今日は良くありません。本当に毎日少しでも苦痛が少ない方法、つまり治療というより処置なのでしょうが、姉が気分良く過ごせ眠れることができるようにそれだけです。姉の病状で家族の気持ちも随分違います。姉の病室から離れて自宅に帰る日は、パソコンに向かって姉のことで気になることなど調べるとともに、ここでとん様に助け頂いていると感じます。ありがとうございます。他の家族にもとん様の話をして姉のためにどうしたらよいのか毎日話し合っています。少しでも可能性があるなら民間療法でもなんでもかけてみたいと思っています。苦痛が治療のためで耐えれることで治るものなら我慢もできるでしょうが・・・。しかし告知を受けてからも諦めてはいません。奇跡が起こることを信じて、今日は腹痛がありますがとん様のお母様のようにお腹に穴が開いてイレウス症状が改善されるかもしれない・・・と。少しでも永く姉と一緒の時間を過ごしたいと思います。ありがとうございます。姉を含め三姉妹で癌と一緒に生きようと思います。

20 名前: まる 投稿日:2006/05/16(火) 02:37
はじめまして、今このページを見て誰かの意見を聞きたくて書き込みをしました。
ほんの7時間ほど前、義父の病状を医師から告げられました。平成14年胆のうの摘出手術を受け(実は開腹してみてわかったのですが膵管癌で腫瘍は触らず閉じました)翌年腹部動脈瘤が見つかり長男家族がいる静岡の病院で検査してもらったところ、その当時約3cmで膵管癌も診てもらったら摘出できるという事で7ヶ月の間に2度の手術を受けました。
その後、前立腺にも癌ができましたが、点滴治療でマーカーも下がりここ1年ぐらいはよかったのです。でも4月末ごろより腸炎になったようで腹が痛いと言うのが長いため市の医療センターへ受診したところ入院となりました。
そして昨日夕方やっと病名が出ました。「癌性腹膜炎による腸閉塞」だということでした。
年齢が83才、腹部動脈瘤が現在5センチ、他にも癒着が進んでいる可能性大、というなか 小腸と大腸とをバイパスでつなげる手術をするにはリスクがかなり大きいという事、もし手術をしなければ点滴で栄養補給を行い、鼻から通しているイレウス管で吸引しながらだと本人が希望すれば、水分なら口から摂取することができるようにはなると言われました。
食べることが好きな義父に、癌のことはふせて 癒着があるからこのままでは食事はできない。また食事がしたいならバイパス手術をするか手術がいやならこのままの状態になるということを話し自分で決めさせるのがいいのか?
このままの状態だと余命3~6ヶ月、手術が成功したとしても少し長くなるぐらいだろうという診断でした。
手術を選ばなかったとしたら、この先2度と食事ができない、食に欲がある人に、この先死ぬまで食べることができないということを突きつけなければならない事がつらいです。精神的にも考え込んでしまう義父です。悪く考えるとその事だけで落ち込んでしまわないか
心配します。
どっちを選んでも命の時間はあまり長くはないようです。それなら本人に何も言わずいつかは食べれるようになるという希望を持って支えて行く方がいいのでは?とも考えてしまいます。
そう考える私は変でしょうか? 少しでも良くなる時期があるのなら本人に知らせるべきだというのは解っています。でも、言ってしまうということは本人に現実を突きつけ、言ってしまった言葉は無いものにはできないと思い、どう本人に話をするかを堂々巡りのように考えてます。


21 名前: とん 投稿日:2006/05/18(木) 19:39
まるさん、はじめまして。
うちの場合も結局母には「もう食べられない」ということを告げることはできませんでした。
もしかしたらどこかでそうじゃないかと思っていたのに私たち気遣って何も言わなかったのかもしれませんが
最期の最期まで“もし食べられるようになったら”という話をしていました。
それが良かったかどうかは…今もわかりません。
私たちは母を病院で看取りましたが、主治医からは何度か治療ができないという事実を正直に話し
ホスピスに移って痛みのコントロールと残された時間を穏やかに過ごすことを考えたらと言われました。
家族でも幾度となく話し合いました。でも母の“食べられるようになるまでがんばる”という気力を消してしまうのが怖くて
やはり言うことができませんでした。それは私たちのエゴだったのではないか…という思いも正直あります。
でもでも、そうするしかなかったのです。
ごめんなさい、全然アドバイスにも答えにもなっていませんね。



22 名前: まる 投稿日:2006/05/18(木) 22:36
とんさん さっそくの御返事どうもありがとうございます。
私も この思いはただ単に私のエゴ? と感じ私以外の意見・想いを聞きたかったのです。
これを書き込みしたあと、はっきりした答えが出ないままですが 義父が今どうしたいかをいんろんな話の中で探っています。
答えは早くださなければいけないのですがかぐには見つからず・・
でも、あがいてるその中で 私達家族の一番を見つけ、もしそれが嘘をつくことだとしても 腹をくくってやりとおすしかないと思います。
これから先、気持ちがグラつく事もあるのでしょうけれど、今は少しでも早くどうするかを決めます。
一つ前に進めた気がします。ありがとうございました。


23 名前: とん 投稿日:2006/05/19(金) 07:56
まるさん。私たちもそうでした。
母に本当のことを言わないと決めたからには
迷いやとまどいは決して見せてはいけないと嘘をつき通しました。
母が「こんなに長いこと食べてなくて…食べられるようになったとしても
胃や腸が受けつけてくれないんじゃないかな。」と不安をもらしても
「赤ちゃんみたいに離乳食から始めるんだよ、きっと。なんだか産まれ変わるって感じだね。」
と励ましました。
辛かったけれど、その時はそれが母にとって一番良いのだと信じていましたし、
どこかで奇跡が起きて本当にそうなってくれるのではないかという思いもありました。
どんな選択をしても、家族が迷いを見せてはお義父さんの不安を大きくしてしまうばかりですもんね。
癌が憎いです。本当に。
…どうぞ家族のみなさん、気持ちで負けないで。力を合わせてがんばってくださいね!


24 名前: 三女 投稿日:2006/05/21(日) 23:39
姉の場合は昨年の正月には食べれませんでしたから、1年以上食べていません。先週の体重測定では34kgでした。もともとあまり食べ物に執着する人ではなかったのですが、麻薬を始めてからとても食べたい気持ちが強くなっています。一口だけでも叶えてやりたいと思う日々です。一昨日主治医からかなり厳しい宣告をうけ、「先の明かりが消えた。」と言っていました。それでも「食べたい!白いご飯、納豆、磯部もち、チーズフォンデュ、白熊アイス・・・ああ食べたい」と毎日。食べれないことに気付いているからかも知れません。抗がん剤が使える状況でないと主治医に言われても、何もしないと癌が進行するからと治療を希望していますが、実際には難しいようです。昨年8月に余命1ヶ月の宣告を受けましたが、今なお姉は頑張っています。歩行練習もすごく頑張っています。姉が抱く希望に私たちは否定はできません。一緒に信じてイメージトレーニングをしています。図書館で見つけた本ですが"命の落語"読んでみてください。CDを聴いてみてください。救われます。奇跡を信じている毎日です。癌は私もとても憎いです。

25 名前: J 投稿日:2006/05/22(月) 13:35
抗がん剤はイリノテカンではありませんね。
イリノテカンは胆汁排泄といって、肝臓から十二指腸をとおり、便とともに排泄される薬です。
したがって、食事が取れないため、便が出ない状況で使う抗がん剤ではありません。
便が出ないということは、抗がん剤が体内に蓄積され、場合によっては、腸壊死のリスクもあります。
また、無知な医師はイリノテカンによる下痢に下痢止めを処方しますが、これも禁忌です。イリノテカンによる下痢は通常の副作用と比べ、時間の差をもっておこります。
理由は抗がん剤を排出する代謝酵素にはそれぞれ個人差があり、イリノテカンによる下痢は抗がん剤を排出するための下痢だからです。
もし、抗がん剤を投与された際、激しい下痢が続き、アミラーゼの数値異常が続いている場合には、大腸内視鏡検査等、腸関係の検査をおすすめします。
アミラーゼは腸の異常でも上昇します。
主治医に抗がん剤の種類をしっかり聞くべきです。
また、

26 名前: 三女 投稿日:2006/05/25(木) 23:05
昨日から抗がん剤をはじめました。TS-1です。でもMチューブを開放したままなので胃内に留まっているのかどうか、増して腸内に届くとは思えない状況です。便意というかガスが出そうな気持ちはあるようですがイレウスは改善されておりません。腹部は日々触れる毎に硬さが増しているように思います。検査に関しては抗がん剤を始めたので血液検査をするとのこと、これは骨髄抑制を懸念してのものかと思いますが、腹部に対し直接的な検査は出血の恐れからも困難なようです。できれば胃漏なり小腸也漏なりの造説ができればと思うのですが困難とのことです。J様!、何でもいいのでアドバイスがいただければと思います。お願いします。主治医の先生はとても真摯で信頼しています。

27 名前: よーちん 投稿日:2006/06/19(月) 00:10
はじめまして。私の母(66歳)も去年の5月に卵巣癌3期と言われその時既に腹水が溜まり膨満感があったのですがTJ療法という抗癌剤が著効し一旦は腫瘍マーカーが一桁にまで下がり根治を目指す開腹手術を受け、子宮卵巣卵管を摘出しましたが残念ながら腹膜に無数に広がっているとのことでした。でも癌との共生で頑張れると言われていたのに今年の1月に腹痛を訴え3月まで通院で持ち越し遂に腸閉塞にて緊急入院して現在に至っています。2月には、とりあえず2年目標、その後は5年目標で頑張らせて下さいと言われたばかりなのに3月末には夏を越すのも難しいとの余命宣告。食事ができなくなって3ヶ月半が経ちます。生きているのが奇跡のように言われますが、母は好きな物を口に入れては全て吐き出すという方法で食べ物を楽しんでいます。それでも毎日吐き気に苦しんでいます。4月までは下痢が続いていたのですが今はお通じは皆無です。鼻から管をと薦められるのですが母は拒んでいます。とんさんの記事を読んで、やはりとても苦しいもののようですね。私の姉も静岡癌センターの米村先生を訪ねましたが、母の主治医によると米村先生は腹膜偽粘液腫の専門で母の病気とは全く関係ないと言われ断念しましたが、とんさんの記事を読んで少し揺れました。行くだけ行ってみるべきだったのかなと。でも余命宣告なんて当てにならないものだと皆さんの記事を見て思いました。ちなみに母はTJ療法を数回に分けて細々と続けています。腹水を抑える効果はあるようです。肝臓を押している2カ所の癌も大きくなっているとのことです。私に今何ができるのか思いつきません。でも同じ様な状況で苦しんでいる方達がいると知っただけでも少し救われたような気分になり、思わず書き込みしてしまいました。

28 名前: とん 投稿日:2006/06/19(月) 22:59
よーちんさん、はじめまして。
“余命宣告はあてにならない”…本当にその通りだと思います。
私の母が卵巣癌だとわかった当時、余命は半年でしょうと言われました。
腫瘍が幼児の頭ぐらいに大きくなっていて手術もできないと…(母は痩せていたのですがお腹が不自然に大きくなってきたことで異変に気づきました)。
効き目はあまり期待できないけれど、一応抗ガン剤(タキソール)治療をして少しでも腫瘍が小さくならないか試みましょうということでした。
一時は腹水でお腹が臨月の妊婦さんのように膨れあがりましたが、その後抗ガン剤の効果が出て腫瘍が小さくなり
手術も二回、結果的に亡くなったのは宣告から7年目のことです。
ドクターは常に「一般的に最悪なこと」を想定して話をされるんじゃないでしょうか。
でも母が生きていることを奇跡だ奇跡だと言われるたびに正直、簡単に奇跡なんて言わないで欲しい、
実際こうして自分の力で戦いながら命を保ってるじゃないか!と思ったこともありました。

鼻からの管(イレウス管)は本当に辛かったようで「このままなら死んだ方がマシだ」と看護士さんや私たちに何度も訴えていました。
管を入れる時は「リンチをされてるようだった」と。
母の場合はかないませんでしたが、胃瘻・腸瘻の処置や以前この掲示板に次男さんが書き込んでくださった食道瘻についてはドクターに尋ねられましたか? 

吐き気や腹水も辛いですもんね…母は吐いたあと、レモン汁(ポッカレモンなど)を数滴落とした水でうがいをするとすっきりすると言っていました。
私の母は癌性腹膜炎になってからは治療が全くできなかったけれど、よーちんさんのお母さまは治療を続けられているとのこと…
効果が出ることを心から祈っています。

29 名前: よーちん 投稿日:2006/06/20(火) 10:28
とんさん、早々のコメント心より感謝致します。第三者からの唯一の慰めは、12年前にお母さんを癌で亡くした親友の励ましだけでしたから他へは一切心を閉ざした状態でした。どんな時も外に目を向ける必要はあるのですね。三女さんのお姉様のこともとても気がかりです。今この同じ時期に病気と闘っておられると思うと余計にお辛さが響いてきます。次男さんの処置の件、医師に伺ってみようと思いますが、外科的処置は不可能とは言われています。閉塞部分が無数にあるからだそうです。私たち家族は残念ながら主治医と完全な信頼関係ができていません。どうしても感情抜きで患者と接することができない方のようで双方に誤解はあったのですが一時は母が罵声を浴びせられ縮みあがる日々でした。このままではいけないと思い、上司の先生と家族とで会議をしたところ以前よりだいぶ関係は良くなりましたが心から話をすることはできません。3つの病院に意見を求めたら、それはもうセカンドオピニオンの域を超えている、病院ショップだと言われました。最前を尽くしたいと翻弄するのが家族だと思うのですが。私は父も癌で亡くしていますが、結果は同じでもどんな医師に出会えたかで本人も家族も気持ちの持ち方が全く違ってくるものだと実感しています。とんさんのお母様は病気発見から7年間も頑張って下さったのですね。私の母はまだ1年で、生きているのが奇跡だと言われています。そう、本当に失礼な発言ですよね。生ある限りは同じ人間なのに。「お母さんは頑張っている方です、緩和ケアは非常にうまくいっています」と・・。母は今日はお赤飯のおにぎりが食べたいと言っています。食べた後は必ず吐いてしまうので、レモン汁でうがいしてみますね!本当に有難うございます。とんさんは今は少し落ち着かれましたか?まだまだ悲しみの中にいらっしゃるでしょうね。長い間、看病お疲れ様でした。お母様が苦しい治療から解放され、今はお幸せな気持ちでいらっしゃることを信じています。私も母が少しでも苦痛がないように、かつ諦めずに頑張ります。またご報告しますね。

30 名前: 三女 投稿日:2006/06/20(火) 23:33
お久しぶりです。よーちんさん・・・お気持ちは痛いほど共有できます。"ドクターは常に「一般的に最悪なこと」を想定して話をされるんじゃないでしょうか。
でも母が生きていることを奇跡だ奇跡だと言われるたびに正直、簡単に奇跡なんて言わないで欲しい”それは本当に辛いことと思います。癌のその厳しい状況が完治したのなら奇跡と言われても異論はありませんが、生きている今の状況が奇跡って・・・うちの姉も昨年8月に余命4ヶ月、今年4月には余命1ヶ月の宣告を受けました。でも、今本当に頑張っています。生きていることは私たち家族にとっては当たり前のことです。また、セカンドオピニオンに関しても、姉の主治医は「私にも教えてください。」と言ってくださいました。私たちは先生の日頃の姿勢を見ていますから、先生の自信のなさではなく患者を思って下さるココロの広さと感謝しています。民間療法でも期待が外れたときは一緒に残念がって下さいます。ゴールデンウィークも日曜もなく欠かさず訪室してくださいますし、休日のご自分の予定なども話してくださり、患者が置き去りにされていないこと、安心して入院生活がおくれるよう配慮しいただいていると感じております。姉は、1年以上食べていないので「もう、食べ物の味を忘れてしまった。なーべらの味噌煮が食べたい。パンが食べたい。白熊アイスが食べたい。」と泣きます。主治医の許可を得て飴だけは口にしています。食べさせてやりたいです。飴にもっといろいろなバリエーションがあると良いと思うのですが、何味にしても《あまい》です。嘔吐の後のうがいは番茶やウーロン茶でしていました。殺菌効果も期待できるそうですが、レモンも進めてみようかと思います。よーちんさんのお母様のように口にいれて出しては?と言いますが、「ますます辛くなる。飲み込みたくなるから」と我慢しています。胃漏・小腸漏の造設ができないので、鼻からの管も抜けません。姉の入院により家族の生活は一変してしまいましたが、どうか生きていて欲しい、奇跡的に回復して欲しいという気持ちでおります。
一緒に頑張りましょう。そして情報を交換し家族が救えるとよいと思います。トン様はじめここで出会えたことに感謝します。癌に負けない、共存してでも生きていけるよう祈ります。





31 名前: よーちん 投稿日:2006/06/21(水) 01:01
三女さん、コメントを有難うございます!まだまだ未来のあるお姉様が重篤なご病気になられてさぞ悲しくて悔しいお気持ちだと思います。しかもお母様の代わりなんですよね?一体なんの仕打ち?って思ってしまいますよね。でもお姉様が1年も食事ができないと知って驚いています。母の3ヶ月半でも長すぎると思っていたので。そういった現実を知ることができただけでも此処に書き込みをしてよかったと思っています。失礼な言い方でしたらお許し下さい。
お姉様の主治医の先生は素晴らしい方ですね。羨ましいです。でも本来医師としてあるべき姿とも言えますよね・・。母の主治医も心を入れ替えて随分寛容にはなりましたが、なかなか溝を埋めることができません。母は精神も病んできていて毎日泣いたりおかしなことを言ったり普通のことがパニックになってできなくなったりしています。それでも友達の多い母は毎日見舞って下さる方やお祈りをしに来て下さる牧師様などの存在に救われ、具合の良い時は起きて笑顔で話しもしています。自分を想ってくれる方への感謝の気持ちとこれからの不安、家族への申し訳ないという気持ちを受け止めきれずいろいろな涙を流しています。なんとか私が強くなって母の心も支えてあげなければと思っていますが、今日は又2人で泣いてしまいました。それでも今までの人生の中でこんなにも母を想い密着していた時間はなかったのでこうした時間を持てることに感謝の気持ちも感じています。辛いのは自分だけじゃない、そう思って三女さんや他のご家族の方と頑張っていきたいと思います。またお力を貸して下さい。諦めずに頑張りましょうね!
追伸、母は毎日あれが食べたいこれが食べたいと思う気持ちから空腹感までも感じています。その欲求で気力を保っているようにも思います。三女さんのお姉様もお好きな食べ物を噛んでは出すという行為に慣れてしまうことができれば少し楽しみが増えないかな、と願ったりするのですが、難しいでしょうかね。お鼻の管も辛いから余り気力も出ないかもしれませんね。本当によく頑張っていらっしゃいますね。考えると涙が出てきます。癌が蝋のように固まってしまったという症例も聞いたことがあります。だから私は毎日母に、癌を固めちゃおう!と暗示をかけたりしています。

32 名前: 三女 投稿日:2006/06/21(水) 23:38
よーちんさん!励まされます。“一体なんの仕打ち?”って本当にそうです。姉はまじめでいつも自分より他人のことを考えるような人です。闘病生活をおくっているいまでも、姉を頼っていろいろな方が電話や面会に来られます。時には夜中の電話もあるようです。家族にとってはそんなことが耐え難いと思う日もあります。私はとんさん、よーちんさんに励まされます。できることなら姉にこの掲示板に参加して元気になって欲しいです。実は私は精神科に勤務しています。姉はどう思っているか不明ですが、イメージトレーニングと称してお魚がお腹の中でがん細胞を食べている光景を想像するよう毎日「パックン、パックン」と腹部や腰のマッサージをしています。よーちんさまのお母様の状況も良くわかる気がします。姉も自分の病状が不審に思えたり、治療がいまく行かない日、将来に強い不安を感じているときにはピリピリと他を寄せ付けない雰囲気の時があります。些細な言葉が琴線に触れてしまったり、病室の空気が一変してしまうこともしばしばです。でも、他者では計り知れない恐怖を感じていて、そうすることで精神的な均衝をかろうじて保っているのだろうと思います。姉がそんな状況になるとこちらも不安定になってしまいますが、一緒に泣くことも必要なことと思います。今、同じような境遇で同じような苦しみの中にいる方とこうして話を聞けることや、聴いてもらっていると書き込みができることに救われます。特に4月からは生活が一変してしまい、結構きついと感じることもありますが、姉が吸い込まれるような恐怖のなか夜を過ごしていることを思うと、頑張らねばならないと思います。よーちんさんや他にも同じような環境で頑張っておられる方々を思い出し私も頑張らねば!と思います。よーちんさんのお母様の癌は固まり、うちの姉の癌は魚に食い尽くされると思います。

33 名前: とん 投稿日:2006/06/22(木) 01:55
私たちも毎日交代で母のお腹に手を当て“気”を送っていました。
母も「なんかその辺りが暖かく感じてだんだん効いてる気がする」と。
母の精神状態もやはり不安定でしたが私は自分がしっかりしなければという思いが強かったためか
一度も母の前で涙を流すことができませんでした。母が泣いている横でただだまっていることしか…
そんな日は病院から高速で帰る車の中、ひとりでわんわん泣きました…
どうして一緒に泣いてやれなかったのかと今とっても後悔しています。
後から、二人の妹が「私は泣いてしまった」と言うのを聞いてほっとしたりして。
三女さんの言われるとおり、一緒に泣くことも必要だと私も今更ながら感じています。

お医者さまとの関係も難しいですよね。私も主治医や一部の看護士さんをなかなか心から信頼することができませんでした。
長い入院生活でしたから“慣れ”がそうさせることもあるんでしょう、それに忙しさも。
彼らの何気ない態度や言葉に母も私たちも何度辛い気持ちになったかわかりません。
でも母はとても周りに気を遣う性格でしたし「私はいつまでここでお世話になるのかわからないんだから
先生方の機嫌を損ねるようなことは絶対にしないで」と言われていたので
感情的に意見することだけはずっと我慢していました。
ただ常に歩み寄る気持ちで一生懸命病院側と話をしてきたつもりなので、最終的にはずいぶん改善されたと思っています。
よーちんさん、一度抱いてしまった不信感はなかなか消えないですよね…
病状以外の余計な心配事は極力避けたいのが正直なところだと思います。
三女さんにはぜひ今のすばらしい信頼関係を保っていってほしいです。

私もみなさんとは母がめぐり会わせてくれたんだととても嬉しく思っています。





34 名前: よーちん 投稿日:2006/06/23(金) 12:40
とんさん、三女さん、温かい励ましをありがとうございます。私には2歳になる息子がいるのですが、今年の4月から保育園に入園できたのですが、保育園に入ってから毎日母の側には居られるものの子供はしょっちゅう風邪菌などを貰ってきます。一昨日と昨日も高熱で休ませたので2日間母の元へ行けませんでした。こういうときはとても焦りを感じます。今日はたまった家事を済ませ今から病院へ行ってきます。帰ってからにしようと思ったのですが、皆さんと触れあれ宇時間も嬉しいので思わず書き込みしています。
三女さんは精神科のお仕事をなさっているのですね!お姉様の心のケアをしてあげられますね。実は私もセラピストをしていましたので母にヒーリングをしたりして母の気を紛らわしています。私の姉夫婦は長年気功をやっているので夜は二人で気功をしています。とんさんもお母様に気功のケアをしていらしたんですね。代替療法としては、フコイダンの液体を飲んでいますが、すぐ吐き気につながってしまうのでなかなか吸収は難しいです。今は西洋医学と代替療法、精神面からのアプローチが癌治療の主流になっていますよね。
でも実際に奇跡が起きる方は一握りなのでしょうが、家族の信念というのは本当に凄いと思います。絶対に良くなると本気で信じていますものね!
三女さんのお姉様もとんさんのお母様もとてもお優しくて人望のある方のようですね。私の母も純粋で皆に愛されていることを今強く感じています。
なぜ、そういう人達がこのような苦しみを受けるのでしょうかね。私はクリスチャンではないので母が天国へ召されることは祝福できません。けれど、今まで一度も病気らしい病気をせず常に周りの心配ばかりをしてきた母を皆が当たり前の存在だと思ってきました。
今ほど、母が皆にとって如何に大切な存在なのか、そして母自身もこれほど自分が愛されてきたことを実感したことはなかったと思います。そういう意味では病気が恵みであるという言葉も頷けます。
でもそれは母が回復して元気になってくれて改めて実感したい気持ちでもあります。
現実的なお話から逸れてごめんなさい。でも、この世の出来事に偶然はないと言われています。とんさんのお母様、三女さんのお姉様が今この時期に病気に苦しめられ、そして家族が一つになって支えてきたということにも深い意味があるのでしょうね。私たち家族はその意味がわかれば少しは救われるでしょうか・・。
三女さんのお姉様の辛い夜、想像に余りあります。私も母が夜眠れずにいることを思うと熟睡できませんもの。でも今は安定剤で眠れているようです。
お姉様のお鼻の管、なんとかして取ってあげたいですよね。私も以前、開腹手術をして鼻に管をいれたことがありますが、どっちを向いても辛くてしんどい思いをしましたからよくわかります。
とんさんは長女だからお母様の前では涙を見せられなかったのですね。私もセラピー中に母が泣き出すので、大丈夫、と声をかけていると、そうじゃなくて貴女が必死に堪えているのがわかるからそれが辛い、と号泣するので私もつい一緒に泣いてしまうのですが。
でも、とんさんが気丈になさっていた姿、お母様はきっと頼もしく思っておられたでしょうね。
長くなりました!私も皆さんと交流ができたことは神に感謝かな?!
三女さん、今日も頑張って下さい。では、又。


35 名前: 三女 投稿日:2006/07/02(日) 00:12
お久しぶりです。そんな気がします。
実は、姉は転院しました。治療関係はうまくいっていたと思っていたのですが・・・。日曜日(26日に)他病院で開催された癌のシンポジュームに参加したことがきっかけで、とんとん拍子に話が進み、水曜に転院しました。理由は、第一にはハード面です。以前の病院は建物が古く、院内外の音が非常に気になって姉の睡眠が妨害されていたのです。特に夜間の風の音は「ブラックホールに吸い込まれるような恐怖感を感じていたようです。救急車の音も巡回の看護師の足音やドアの開閉の音、音の全てが姉にとって耐えられない状況に追い込んでいたのです。姉が「一人がいいから帰って!」というので夜間の付き添いは嘔吐や発熱の時だけだったのですが、一人で過ごす夜の寂しさや恐怖感は計り知れないものだと思い、先週の金曜日から泊り込み、仕事にも病室から通っています。転院先は今年新築の市民病院です。シンポジュームでお話いただいた先生に直接質問したこともあり、治らない可能性が強い病気ですからせめて綺麗なだけでも救われるかと思い話したところ、本人も希望したの転院が決まりました。それに関しては元の病院の主治医はじめ看護師さんにも気持ちよく対抗して頂き感謝しています。転院先はハード面では綺麗で静かですが、看護師さんの接遇態度にややガッカリしています。でも、緩和ケアを希望していることから担当の医師も一人ではなく、治療に対する不満は今のところはないようです。私は仕事で当直もあり、今日は10日ぶりの自宅です。自分でも疲れていることを感じています。今日は自分のことばかり書き込みしてしまいました。10日ぶりに帰ってきてこの書き込みページを見たとき、やはり共通することがたくさんあり救われます。一人になった時、病院帰りの車の中やシャワーをしているときワンワン泣いてしまいます。家庭のことも気がかりなのですが、頑張ってくれている娘の気持ちも切なく思えます。とんさん、よーちんさんの書き込みは本当に励まされています。とんさんもがんばられました。よーちんさん私たちも頑張りましょうね。一番頑張っているのは、病気の人たちですね。

36 名前: とん 投稿日:2006/07/03(月) 11:12
お久ぶりです!
そうですか、三女さんのお姉さま転院されたとのこと…
シンポジュームへの参加など意欲的な活動はきっとお姉さんにとってかなりのパワーになってますよね!
転院もご家族が一生懸命考えられてのことでしょうしご本人も希望されてそれが叶ったのですから前向きな決断ですよね。
病院スタッフに関しては人数も多いしタイプもさまざま。
前の病院のようにうまくコミュニケーションがとれて親身になって力を貸してくれる方がみつかりますように…。

よーちんさんのお子さんはまだ2歳なんですね。
私の二人の妹たちにもそれぞれ現在4歳の息子がいます(兄弟もいますが)。
やんちゃざかりで病院へ連れて行くと動き回るし、他の患者さんの迷惑にならないかととても気を遣いました。
でも母も顔を見ては喜んで目を細めていましたし私たちも辛い時にどれだけ彼らの無邪気さに癒されてきたか…
親にとっては大変な年頃ですが彼らがいて本当に良かった、本当に精神的に助けられました。
三女さんにも娘さんがいらっしゃるんですね。私にも現在中3の娘と小5の息子がいます。
母の具合が悪い時や亡くなる前などはずっと泊まり込んでましたので
もう大きいとはいえ子どもたちにもずいぶん不自由をかけ、寂しい思いもさせてしまいました。
でもうちの向かいに住む主人の両親がとても協力的で子どもたちの面倒をみてくれましたし
子どもたちも「もしお母さんが重い病気だったら自分もずっとそばについててあげたいと思うに決まってるから
ばあちゃんのところに行っててもいいよ」と言ってくれて…そしてもちろん主人も全力で私を支えてくれました。
私はフリーで広告関係の仕事をしていますが、当時仕事仲間に迷惑をかけてもみんな
「いいよ、いいよ。お母さんについててあげて」とフォローしてくれて。
皮肉にも、母が癌になったことで自分はなんて恵まれた環境にいるのだろうと実感したのです。
そして母は…自分の周りの人たちの絆を強くするだけ強くして、一人で逝ってしまいました。
ごめんなさい、三女さんやよーちんさんを元気づけるつもりが私こそ今日は自分のことばかり…
母が亡くなって三ヶ月近くになりますが、まだまだ涙が枯れることはありません。
こうしてここで話を聞いてもらって…やはり私は本当に恵まれているのだと感謝しています。
一番がんばっているのは、一番辛いのはもちろん病気になった人たち。
でも今、一緒に戦っている家族のみなさんの精神的なそして体力的な辛さも相当なもの…すごく、すごーくわかります。
どうぞここで思い切り吐き出しちゃってくださいね!




37 名前: よーちん 投稿日:2006/07/04(火) 00:10
お久しぶりです。私も又、今日三女さんととんさんの書き込みで癒されました。
三女さんは当直のお仕事もあるということ、お医者さんか看護士さんをなさっているのですか?責任重大なお仕事をこなしながらの看病、とてもお辛いと思います。
私も父が病気の時、責任者の仕事をしていたので毎日休むこともできず残業だけ勘弁してもらって父の病院へ飛んでいくという日々でした。仕事中も父が気になってトイレで泣き、目を真っ赤にしながら仕事をしていたものです。その父の死から僅か4年で母の余命宣告。実は父の亡くなる1年前には私が命に関わる大病から生還していましたので、なんという悲劇・・と、嘆いています。
母には孫の顔を見せることもでき、これから父の分も親孝行をしようと思っていた矢先でしたから大変衝撃が大きかったです。

三女さんのお姉様はご自分の病気をすべて把握していらっしゃるのですか?私の母は8割くらいはわかっているのですが、夏を越せないなどとは思っていないので、早く退院したい、見通しがたたないのが不安、と言っています。それを聞くととても切なくなります。勿論、覚悟もしてはいるようですが、死ぬ気だけはどうしてもしないと言っています。
昨日は38.6℃も熱が出て嘔吐も10回もありかなり体力を消耗しています。足がむくんで体重が3キロも増えているのですが、トイレに立つのが精一杯です。肝臓に転移している癌のせいで肝機能が低下して怠さを招いているのだと思われます。
外科的処置も無理なようですし、母本人がそういったことを一切拒んでいます。
8月は持たないという医師の言葉が頭を巡ります。でもそんな予言は振り払って頑張ります。
私も子供に支えられています。でも、とんさんのお子さんのようにせめて母としっかりした会話ができるようになるまで頑張って欲しいです。母も幼稚園の入園式が見たいと言っては涙しています。でも自分に家庭があっても、親や姉妹というのは同様に大切な存在だということ、皆さんの言葉からもよくわかります。

三女さんのお姉様、環境のより良い病院に移られて良かったですね。体の弱った人にとって音というのはとても体に障りますから。母も個室に入っているのですが、目の前の階段をスタッフが駆け足で上ったり下りたりでとてもストレスを感じています。病人の本当の気持ちだけは健康なお医者さん達にはわからないのでしょうね。

私も含め、自分のことが多くなりますが、他の方の体験を知ることによって慰めになるのですからどんどんご自分の事、書いて下さい。
とんさんはまだまだお辛い時期に、今でもこの書き込みで他の方を見守られ、励まされている・・・。
三女さんはお姉様の看病に専念したいところをきちんとお仕事を続けられている。本当にお二人に頭が下がります。
私は小さい子供を抱え、自分も子の親なんだと言い聞かせながらも苛々したり主人や子供に恐い顔をしたり・・・
感謝するべきですよね。家族がいてくれるからなんとか乗り越えられているのに。
でも、お二人の言葉に本当に励まされています。お忙しいとは思いますが、どうかこれからも共に語り合えますように。
三女さん、無理をしないようにと言うのは、それこそ無理な事とはわかっていますが、お疲れがでませんように、ご自身の体にも気を付けて下さいね。
とんさんにも、引き続き見守って頂けますようにお願い致します。

38 名前: 新米夫 投稿日:2006/07/18(火) 21:21
27歳、私の妻です。
妊娠中に腹痛を訴え、入院したのですが、当初は子宮筋腫との診断でしたが、
帝王切開時に調べたところ卵巣癌で、直腸、結腸に転移しておりました。
帝王切開時に子宮、直腸の癌の摘出は行いましたが、結腸(1部狭窄状態)に
転移していた腫瘍は後日再手術を行い、摘出致しました。
その際、小腸の腹膜に播種が見られ、癌性腹膜炎と言われました。
今後の治療方針の説明はされていませんが、これから抗癌剤を用いた治療を
始めるとこ事でした。
入院から、帝王切開による出産、妻の手術といきなりの出来事だらけで
頭の中を整理できずに、不安ばかりが募る日々です。
私で出来ることがあれば可能な限りやりたいと思っております。
質問の仕方がまずいと思いますが、今後起こりうる事態、出来ることを教えて
頂けないでしょうか?
宜しくお願い致します。

39 名前: りんりん 投稿日:2006/07/19(水) 00:46

新米夫さん、大変でしたね・・・。
心中お察しいたします。奥様は大丈夫でしょうか。
生まれたばかりの赤ちゃんはどなたがお世話なさっているのでしょうか?
いろいろ大変かと思いますが、夫として是非奥様を支えてあげて下さい。

夫としてできること・・・そうですね、まずは卵巣がん・抗がん剤のことを
ネットなどでいろいろご自分なりにお調べになって詳しくなることです。
卵巣がんにもいろんな種類があって、抗がん剤もいろんな種類があって
組み合わせ方もいろいろです。(だいたいは決まっていますが)
医師からの説明があったとき、何も分からず質問もできないと後々疑問が
膨れ上がってきてしまいますので・・・。

あと、卵巣がんに使う抗がん剤はご存知かもしれませんが、脱毛が免れません。
回を重ねるごとに全身の毛が眉毛睫毛まで1本も無くなります。
病気のことだけでもショックなのに、更にショックが増してしまうと
思いますが、しっかり元気づけてあげてくださいね。





40 名前: 新米夫 投稿日:2006/07/19(水) 06:50
りんりん様、早々のコメント、誠にありがとうございます。
あまりにも短時間の間に事態が進展していき、まったく自分が付いていく
ことが出来ず、取り乱してしまう毎日でした。
近いうちに意志から説明があると思いますので、それまでには少しでも知識を
付けておきたいと思います。

抗癌剤治療ですが、通院の形になるのでしょうか、それとも、入院の形に
なるのでしょうか?通院の形になるのであれば、子供のこと、今後のことを
考え、妻の実家の近くに引っ越そうかと思っております。

ありがとうございます。

41 名前: よーちん 投稿日:2006/07/19(水) 11:44
新米夫様、はじめまして。奥様の事を知り、驚きと共になんという試練だろうと胸が痛みました。でも帝王切開時に大部分の腫瘍は摘出できたようでよかったです。私の母も卵巣癌からの腹膜播種です。今は腸閉塞を起こしていますが、ガスでいっぱいだった腸が今は癌性腹膜炎の悪化による腹水にとって代わり、トータル的には良い状況ではないのですが腹水を抜く事によってお腹の張りが少し楽になっています。
奥様の場合、抗癌剤が効けば癌との共生が可能ではないでしょうか。悪化すると腹水が溜まったりしますが、お水は抜けますし。腹膜というのは臓器と見なされないので専用の抗癌剤はないと言われましたが、婦人科の抗癌剤と同じ物を使うようですね。婦人科の薬は他の物に比べ、癌に耐性ができない限りは80%以上ととても効き目が良いそうですから、どうか余りお気を落とさずに頑張って下さいね。
抗癌剤治療は、通院でできる方もいらっしゃるようですが、母の場合は1クール6回で、月に1回は治療の為1週間入院していました。今は予後が悪く長期入院中ですが、母の場合はたちの悪い癌だったようです。

りんりんさんのおっしゃるように、癌に対する知識を増やし少しでも能動的に動くことで不安が軽減されるかもしれませんね。
セカンドオピニオンの事などはお考えですか?サプリメントで免疫力を高めることも心身共に有益かと思われます。

42 名前: りんりん 投稿日:2006/07/19(水) 11:48

新米夫さん

抗がん剤の治療ですが、病院にもよります。
ただ1回目はひどいアレルギーがでないかみるために入院に
なると思います。2泊3日ぐらいです。
あとは希望を言えば外来でできます。
私は2回目以降はずっと外来でした。ただし時間がかかるので
朝から夕方までかかってしまいますが。
(でも金額的なことを言えば、どういうわけか2泊3日の入院の
 方が断然安いです。多分計算の仕方が違うのかもしれませんが)

奥様のご実家の近くに引越しもいいかもしれませんね。お子様の
ことや家のことなども心配なく奥様のご家族に見てもらえると思いますし。

抗がん剤のことや、今後のことなど「卵巣がん???」のスレも
ご覧になってみてください。そこにもいろいろ書き込みしておりますので。
何かあれば、どうぞお気軽に質問なさってくださいね。


43 名前: とん 投稿日:2006/07/19(水) 14:16
新米夫さん、りんりんさん、はじめまして。

初めてのお子さんの誕生をご夫婦でただただ心待ちにされてた矢先に、本当になんて辛い…
新米夫さんのとまどいや不安はもちろん相当だと思いますが、奥さまの気持ちを考えるととても胸が痛みます。
健康な体で出産しても体調の変化がなかなか受け入れられず精神的にも不安定になってしまうのに、
病気だとわかったショック、そして母親になったのに十分に赤ちゃんの世話ができないと
ご自身を責めてしまってるのでは? …悲しすぎます。
どうぞ新米夫さんもお辛いでしょうがまずは精神面で奥さまをしっかり支えてあげてください。

りんりんさんはご自身が病気と闘いながら、他のスレでもたくさんの方にアドバイスされていて
いつも頭の下がる思いで拝見してました。
やはり私たち家族や第三者ではわからないことがたくさんあります。
どうぞこちらのスレでもよろしくお願いします。

亡くなった私の母も長期入院する以前は抗ガン剤治療のため、月に一度のペースで入院していました。
お子さんのことを考えると、やはりできることなら私も奥さまのご実家の近くに引っ越される方がいいと思います。
それと、よーちんさんも書き込みされていたセカンドオピニオンの件…
母の時、静岡がんセンター・腹膜播種科のY先生に“もう少し早く来られてたら(母は直接診ていただいてません。資料とデータのみの診断ですが)
なんとかなったかもしれない”と言われたことがずっと心に残っています。
Y先生のご専門は『スキルス胃ガン』ですが、癌性腹膜炎等についてもずっと研究を続けていらっしゃるようです。
お住まいがどちらかわかりませんし、予約も大変なようなので勝手なことは言えませんが
一度コンタクトを取ってみられたらどうでしょうか。
まずは気持ちを落ち着かせて、できることからひとつひとつ、ですね。

44 名前: 投稿日:2006/07/20(木) 23:32
はじめまして
母(58)ですが1年前卵巣癌で手術しました
術後3ヶ月で腸閉塞なり、いま鼻からチューブを入れて入院中です
とんさん
「好きなことをして死ねばいい」それすら言えない、何もできない
いまできることはありますか?
今は浜松医大に母はいます


45 名前: とん 投稿日:2006/07/21(金) 02:48
東さん、はじまして。
イレウス管を入れられて辛そうだった母を思い出すと今でもすぐに涙があふれてきてしまいます。
これはあくまでもうちの場合ですが…
全く治療ができなくなったうえ、主治医が他の患者さんのことで忙しそうにされていたので
当時母は「もう見捨てられてしまったかもしれない」と思っているようでした。
うちは父が50を過ぎてからの事故で全く耳が聞こえなくなり他人とコミュニケーションが取りにくく
体も弱くてあまり身動きできないこともあり、母は長女の私を大変頼りにしてくれていました。
なのでとにかく私は“絶対にあきらめてないよ!”というのを伝えようと、つねに母に
「今、○○のことをネットで詳しく調べるからね」「いい本があるって聞いたから探してくるね」
「一度△△病院の□□先生に思い切ってメールしてみるね」と声をかけていました。
あとはなるべくたくさんそばにいること…滋賀から名古屋まで週二~三日ぐらい高速を飛ばして通っていました。
本当にそんなことしかできなくて…。

東さんもこのスレの最初の方の書き込みの件(胃瘻や食道瘻など)やセカンドオピニオンについては検討されましたか?
なんだかうまくお答えできなくてごめんなさい。


46 名前: 投稿日:2006/07/21(金) 23:09
とんさん、早速のお返事誠にありがとうございます
とても勇気をいただけるメッセージいただき感謝の限りです
今日静岡がんセンターに問い合わせをしてその後母とも相談しました
が、ここに至る経緯もあり検査検査の毎日でしたので母にしてみれば
いろいろ試した治療も効果がなかったせいか前向きな返事はもらえませんでした
正直いいますと最悪の言葉を耳にしました
返す言葉がなかったのは私の器の小ささですが残った時間がある限り病気と向き合っていこうと思います
母の気持ちではホスピスに入ろうと思ってるみたいです
ただホスピスは私が進めた選択肢でもありますので否定もできませんが
もしも、違う道があるならと、今は思います
いまはこれ以上書くことができません


47 名前: とん 投稿日:2006/07/22(土) 00:47
東さん。
私の母もいつも私たちの意見に賛成してくれるわけでは決してありませんでした。
“ホントに本心で言ってるの?”と思うことも何度もありました。
こちらもただの娘に戻ってしまい、ぶつかったことも…。
私の母もそうでしたが、きっと東さんのお母さまも常に気持ちはゆれてしまうのだと思います。
「がんばろう」と前向きになったり、「もうだめだ」とあきらめたり。
“最悪の言葉”もとまどいや不安の中から思わず出てきてしまったものかもしれません。
東さんが器の小さい人だなんてことも絶対ないです!
家族だって確固たる考えがすぐまとまるわけなど決してなく、日々動揺して…
きっときっと、みんな同じだと思いますよ。

48 名前: 新米夫 投稿日:2006/07/22(土) 15:40
よーちん様、りんりん様、とん様貴重なご意見ありがとうございます。
妻の手術も一段落少し落ち着くことが出来ました。
妻、妻の両親と相談し、妻の実家の近くに引っ越すことにしました。
妻の退院がおそらくお盆前ぐらいになると思うので、それまでには探せれればと
思っております。

今回の手術で、子宮の全摘出、直腸、結腸の一部を取り除いたのですが、
今後の治療に使われる抗癌剤はやはり卵巣癌用のものとなるのでしょうか?
それとも、また違った種類の抗癌剤となるのでしょうか?
治療に関して、かなり基本的なことではありますが、教えて頂ければと思います。
また、セカンドオピニオンについては、近くに四国がんセンターがあるので、
行ってみようと考えております。



49 名前: とん 投稿日:2006/07/22(土) 23:19
新米夫さま。
癌がどこに転移・浸潤していても抗癌剤は原発の臓器用のものを使うのだそうです。
なので奥さまの場合は今後ずっと卵巣癌に適した薬での治療だと思います。
以前、よーちんさんが書き込みされてたように卵巣癌における抗癌剤治療はかなりの効果があるみたいですね。
奥さまに合った薬が見つかってガツン!と効いてくれるといいですね。



50 名前: 新米夫 投稿日:2006/07/23(日) 09:46
とん様
早々のご返事ありがとうございます。
卵巣癌について、また、抗癌剤治療について調べて行こうと思います。
これからがスタートと考え、妻の治療をフォローしていきたいと思います。
ありがとうございました。

51 名前: りんりん 投稿日:2006/07/23(日) 19:29
新米夫さま

奥様のご実家近くに引っ越されることを決心されたのですね。
その方がいろいろと都合がいいかと思います。
卵巣がんとのことなので手術ではもちろん卵巣もとられてるので
すよね。リンパ節などはとられたのでしょうか?
リンパ節をとると今後の生活がだいぶ変わってきます。リンパ浮腫
などの後遺症に気をつけなければなりませんので、不便です。

今後の治療ですが、卵巣がんの種類にもよるのですが、一般的な
話をしますと、大体TJ法といってタキソール+カルボプラチンの
2種類の抗がん剤を3週間毎に最低でも6回投与すると思います。
脱毛は投与2~3週間後から始まりますので、抜ける前にウイッグを
用意されたほうがいいと思います。

52 名前: よーちん 投稿日:2006/07/24(月) 13:05
新米夫様、
奥様の退院の見通しがついたようでほっとしました。
私の母もTJ療法をずっと続けていました。現在も量を調整しながら体調を見て投与しています。
一時はもう効かないと言われ抗癌剤を止めようと話していたのですが、細々と続けていた抗癌剤が僅かでも効き続けていたようで
腸閉塞が多少改善されつつあるとのことで、母のように進行した患者にとってこれは大変画期的な進展です。先日はお腹の水を抜くと同時にお腹の中に直接抗癌剤を注入しました。これが効いてくれれば吐き気と腸閉塞が緩和されるそうです。
抗癌剤の威力を感じています。
新米夫さんのおっしゃるように、これからがスタートです。あまり心配し過ぎず、かつ治療の経過を慎重に見守りながら頑張って下さい。
担当のお医者さんとはじっくりお話しされましたか?今後はお医者様との深い信頼関係が重要になってくると思います。
しつこいくらい色々な事、尋ねていいと思いますよ。でも、医師の言うことが絶対ではありません。病状の経過は人それぞれですから。そういう時はこのような掲示板の皆さんの意見が大変参考になるし励みにもなると思います。
りんりんさんやとんさんのご意見は現実的に参考になると思いますので、迷われた時はご相談されると安心ですね。
赤ちゃんは元気に育っていますか?

53 名前: 新米夫 投稿日:2006/07/31(月) 06:59
お久しぶりです。
先週はまた色々あり、大変な1週間でした。
妻に今後の治療もあり、正式に病気のこと、今後の治療のことについて
先生よりお話があたのですが、やはり髪の毛が抜けることにすごく抵抗感があり、
今は言葉では落ち着いていますが、夜になると精神が不安定になる日が続いています。
ウィッグの購入は進めていますが、やはり髪の毛がなくなることへの抵抗感があり、
どう接するべきか悩んでおります。
子供は順調に育っており、母子共に今週末には退院できそうです。
子供の成長だけが、今は救いとなっています。

54 名前: よーちん 投稿日:2006/08/01(火) 10:03
新米夫さん
奥様の心中お察し致します。髪は女性にとっては美の象徴と言えるのかもしれません。私の母も治療当初、命よりも髪をとりたい心境だと言っていました。
それほど髪の毛が無くなるというのは恐怖なのだと思います。心内科の先生も言っておられましたが、髪なんて生えてくるんだからいいじゃない、という台詞は最も他人事で残酷だと。
大切なのは共感してあげることだと思います。そして治療が終わると思った以上に早く髪が生えてくることを話してあげて下さい。私の母もあっという間に綺麗な髪が再生しましたよ!
奥様はお若いからきっとすぐに髪が生えてくるでしょうし、今は本当に自然な人毛のウィッグがあるんですよ。
母は大丸デパートでオーダーメイドしたのですが、とっても自然で美しく、かつらと言われても全く違和感がなくむしろお洒落用で付けているような感じです。
母は60代半ばですが、10歳以上若く見られ、会う方みんなに絶賛される程素敵なウィッグが出来上がりました。
悩んでいるより先ず見に行かれては如何ですか?きっと奥様も心を動かされると思います。
赤ちゃん順調に育っているようで本当によかったです。
奥様にとっても新米夫さんにとっても生きる力になってくれますものね。

55 名前: りんりん 投稿日:2006/08/02(水) 09:37
新米夫さん
あかちゃんも無事育っていらっしゃるとのこと、良かったです。
奥様の髪の毛のことですが、・・・そうですね。本人から言い出す
まで何も言わず(髪のことには触れず)いてあげた方がいいかも
しれませんね。
私は、どうせまた生えてくるし、今は治療のため仕方ない、と割り切って
いました。ロングのままだと抜けるとき大変なので、ショートカット
にしましたよ。
髪の毛は投薬後3週間前後で抜け始めるので、それまでにウイッグを
作られるといいですね・・・。
お子様のためにも、がんばってください。
治療は始まったばかりです。


56 名前: とん 投稿日:2006/08/04(金) 22:54
新米夫さん。
お子さんは男の子? 女の子? 何ヶ月ですか?
…小さくてもみなさんにとっては大きな存在でしょうね。
母が亡くなって約二週間後に私の下の妹も男の子を出産しました。私にとっては甥っ子です。
たまにしか会えないけど、本当にかわいくって…とても癒されています。
私は小さい子どもが大好きなので、またお子さんのこと知らせてくださいね。

57 名前: 三女 投稿日:2006/08/05(土) 01:04
新米夫様 大変ですね 他に言葉がないです 大変 本当に大変。髪の毛も抜けちゃうけど、睫毛が抜け落ちるとまぶしくてたまらないしごみも入りやすいの 鼻毛も抜けちゃうし全身抜けます。でも抗がん剤を辞めれば体力はなくてもちゃんと生えてきます。私もまだ姉のことで落ち着かない毎日なので、久しぶりです。そして入院生活も5ヶ月目に入りました。奇跡を祈る気持ちは本人、家族ともうせつつあるのかも知れません。失せてはないけど、諦めの気持ちが強くなってきたというのが近いかも知れません。新米夫さん、「命の落語」だったと思うけど、樋口  さんという肺がんの方に落語を通して救いのメッセージをいただきました。本屋さん、図書館にあると思います。私は、姉にも皆さんにも何のお役にも立てません。姉が入院した当初、希望をもらった本です。よろしかったら探して読んだりCDを聴いたりしてみてください。ごめんなさい。皆さんの心中は手に取るほどわかり、姉を囲む私たち以上に厳しい状況で頑張っていらっしゃると知りながら、無力さを感じます。4月に余命1ヶ月と宣告を受けながら、今も姉は病気と闘っています。抗がん剤は本人が考えてやめました。

58 名前: よーちん 投稿日:2006/08/06(日) 23:27
三女さん お久しぶりです。お姉様、如何かと気になっていました。
抗癌剤やめられたのですね。それもひとつの立派な治療方法かもしれませんよね。
私の母もお腹から薬を入れたりしましたが、残念乍ら思った程効果が出ず、今は完全に病気に体が支配されている状態です。
今は全身が浮腫んで血液製剤を投与しています。医師は8月を乗り切るのは無理だと言いました。
でも、三女さんのお姉様は今日も頑張っておられる。私も医者の言葉なんて無視して毎日を大切に過ごしたいと思います。
諦めの気持ちが強くなっている、私もよ~くわかります。もう今更新しい治療法などと言われても戸惑ってしまうと思います。
「今」を母と生ききるので精一杯です。私も皆さんのお役になんて立てていません。
正直なところ、書き込みをするのもためらうくらい、母の容態は悪くなってしまいましたから。
それでも、皆さんの投稿を読むと何か書かずにはいられない気持ちになります。
三女さんのお言葉も十分皆さんを励ましていますよ!

でも、新米夫さんと奥様の治療はまだ始まったばかりです。奥様にはお子さんを育てるという大切な仕事が待っています。
くじけるはずがありません。頑張りましょう!

59 名前: 新米夫 投稿日:2006/08/08(火) 07:32
皆様お久ぶりです。
先週末に妻と子供が退院しました。
子供は生まれた時は1909gだったのですが、退院時は2570gまで大きくなり、
順調に育っています。女の子です。
現在は通院によりTJ療法を行っております。
週に1回、1ヶ月4回通院にて行っております。
6月の入院から、帝王切開、子宮の全摘出、人工肛門、癌告知と2ヶ月間で
かなりショックを受けることが続いたため、妻は不定期に精神的な不安に
陥り、心配しております。
髪の毛が抜けるのが一番ショックのようで、命よりも髪をとりたいとよく言っていました。
ウィッグについては、手配を行いましたが、やはり非常に抵抗感があるようで髪の毛が抜けると
家に引きこもってしまうのではないかとやはり心配しております。
これからが治療のスタートだと自分に言い聞かせているのですが、妻の姿をみると何度もくじけそうに
なってしまいます。
私が支えてあげなければならないのは分かっているのですが、なかなか妻が前向きになれず、自分が今やっている事が
間違っているのではないかと自問自答しては日々悩んでしまいます。
これまでのことを考えると、なかなか妻が全てを理解し、前向きになることは難しいと思いますが、
出来る限りのことをしてあげて、頑張って行きたいと思います。
8/14にセカンドオピニオン外来に行ってきます。
セカンドオピニオン外来に行き、少しでも不安が解消されればと思っております。






60 名前: よーちん 投稿日:2006/08/09(水) 09:32
ご退院おめでとうございます。
奥様、本当にお辛いですね。子宮摘出に人工肛門まで・・・。
人工肛門は、私の母は、生きられる可能性があってもやりたくないと拒絶しました。
奥様は選択の余地を与えられる間もなくあらゆる試練を受けてしまったわけですものね。
まだお若い奥様にはとても抱えきれない難題ばかりですね。
きっと奥様が総てのことを受け入れて納得されるにはまだまだ長い時間が必要かもしれませんね。
新米夫さんもお辛いところですね。でも焦らないで下さいね。
何も間違った事はしていないのだし、いつかきっと奥様の経験された試練がみんなに感謝される時が来るはずですから
今はあまり先のことを案じず、今できることをひとつずつこなして行って頂きたいです。
医療も日進月歩、近い将来画期的な治療を受けられる可能性だってあります。
セカンドオピニオン、しっかり聞いてきて下さいね。
知識が増えればそれだけ選択肢、安心も増えることと思います。

61 名前: よーちん 投稿日:2006/09/21(木) 14:01
皆様、お久しぶりです。
残念ながら、私の母が先週12日に他界致しました。生還することができず悲しみもありますが、多くの方に見守られ苦しむ事もほとんど無く母はとても幸せな生涯の幕を閉じました。
私も闘病中は精一杯できることをしたつもりですので、後悔はありません。
やっと母の体が苦しみから解放されたことを感謝しています。
不思議な体験もたくさんしましたので、お話ししたいくらいですが、病気と遠のいてしまうので割愛しますが。
皆さんにもアドバイスや励ましのお言葉を頂きました事を心より感謝申し上げます。

ご家族が闘病中の三女さんや新米夫さんなど、心細い日々が続いているかと思いますが、今後もお力になれることがあれば、と思っています。

簡単ですが、ご報告、御礼迄。
有難うございました。

62 名前: とん 投稿日:2006/09/21(木) 21:43
ご無沙汰しております。
ずっとここが気になりながらも私自身も少し体調を崩してたこともあり(今はもうずいぶん良くなりました)
書き込みすることができませんでした。

…よーちんさん。
お母さまはもちろん、よーちんさんもがんばられましたね。
哀しみはなかなか癒えることはありませんが、まずはよーちんさんもゆっくりなさってください。
本当にお疲れさまでした。お母さまのご冥福を心よりお祈り申しあげます。


63 名前: りんりん 投稿日:2006/09/22(金) 10:10

よーちんさま

お母様のご冥福を心からお祈り申し上げます。
本当にがんなんてこの世の中から無くなればいいのに・・・。



64 名前: 投稿日:2006/09/22(金) 23:34
お久しぶりです

よーちんさん、お母様のご冥福を心からお祈り申し上げます

私の母はようやく点滴とイレウス管が携帯できる状態となり先日退院いたしました
(麻薬テープも効き目が悪くなり薬を強くしてですが)

せっかく外に出れたので一緒の時間はTDLとかいろいろ考えましたが

一緒にいることが大切かな・・・・  そう思うようになりました

無理しないでがんばってみようと思います


65 名前: とん 投稿日:2006/09/23(土) 01:33
東さん。
お母さまの退院されたのですね、おめでとうございます。
その後、お母さまの精神状態はいかがですか?
点滴とイレウス管があると何かの不自由だとは思いますが
退院を機に少しでも前向きになって穏やかに過ごしてもらいたいですね。
一緒にいることが大切…本当にそう思います。

よーちんさん、大丈夫かな…
子どもさんもまだ小さいし、お疲れが出ませんように。

りんりんさんはお体の具合、いかがですか?
これから朝晩の気温差も激しくなります、風邪などひかないでくださいね。

三女さん、新米夫さん…元気かな。


66 名前: よーちん 投稿日:2006/09/23(土) 03:09
とんさん、りんりんさん、東さん、
お悔やみのお言葉ありがとうございました。
この1週間くらい、悲しい気持ちにならないように努力してきましたが、やはり目覚めが悪いです。

母は、瀬戸内晴海さんのように「人には定命というものがあるから」と家族を慰めていましたが、
僅か1年半前には走り回っていた母のことを思うと、やはりこの病気の恐さを思わずにはいられません。

看病は精一杯やりました。
でも生前の事や、なぜこんな病魔に取り憑かれたのか、など後悔はきりがありません。
悲しい時は悲しみに暮れながら少しずつ立ち直っていこうと思います。

幸い、2歳の息子が理想的な感じで理解してくれて
「ばぁば死んじゃったね、可哀相ね、でも写真のばぁばがいるから頑張って」
などと前向きに励ましてくれるのでかなり救われています。
私も親だ、この子のために生きなければ、と思い直したり・・・。

それでも母は私の1番の理解者であり、心友でしたので、失ったものは大きいです。
本当にこの病気、忌まわしいですね。

りんりんさんは今は体調は万全なのですか?
東さん、三女さん、新米夫さん、今ご家族が病気と闘っていらっしゃる皆さんには是非、
ずっとずっと生き抜いていただきたいです。

私もなんとか頑張っていきますね。
やはりここに書き込みをしてきて良かったです。慰められました。
ありがとうございます。

67 名前: 新米 投稿日:2006/09/23(土) 15:50
ご無沙汰しております。

よーちん様、お母様のご冥福を心からお祈り申し上げます。

前回の書き込みより、病院の転院、妻の実家近くへの引越しとかなりばたばた
しましたが、やっと落ち着きました。
妻は非常に元気に過ごしており、時折病気のことさえ忘れてしまうぐらいです。
このまま病気が治ってくれればいいのですが。

生活もだいぶ落ち着いてきたのですが、最近時間の大切さを感じます。
現在は平日は私が働いているため、妻、子供と過ごす時間は1~2時間しかなく、
土日ぐらいしか一緒に過ごす時間がないのですが、本当に今のままでよいのか考えてしまいます。
病気は治ると信じていますが、万一のことを考えてしまうと一緒にすごす時間を無駄にしているのではないかと
不安になり、仕事に対して嫌悪感さえ覚えてしまいます。
ただし、現実問題治療にはお金がかかりますので仕事を辞める訳にもいかず、
いつまでこの状態で仕事が続けれるか、自分で不安を感じています。
妻のお母さんは毎日来てくれ、助かっているのですが、自分は何もしなくて良いのか?
自分はいなくてもいいのかと。

簡単に答えが出ない問題であることは分かっていますので、じっくり考え、後悔のしない
結論を出したいと思います。


68 名前: 無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/09/23(土) 23:58
新米さん 奥さん元気になられると良いですね。失礼かもしれませんが、新米さんの奥さんは病気になられ新米さんに支えられ幸せですね…。実は私も子宮体癌の初期と言われています。(たまたま見つかりました)でも治療には行っていません。。私の主人は『病気になるのはお前の自己管理が悪いからだ』とか、私がどこか『痛い』と言ったら『俺は医者じゃないから分からん!』と言われるだけなのです↓それに女癖も悪く…。そんな中病気を治す気にもなれず…それどころか〈癌になって良かった〉とか〈悪化すれば良い〉とまで考えた事もあります。。情けない話です↓皆さんの投稿を見させて頂き闘病されているのに私は『何をしているのだろう』と反省させられます。初期なので今なら治療をすれば助かるはずですが(発見したのは9ヶ月前の話なので進行しているかもしれませんが↓)未だに治療する気になれないのです。。
新米さんの奥さんや闘病されている方々が治られるよう心から願います。。。私はただ産んでくれた母に申し訳ない気持ちでいっぱいです↓↓
こんな内容の投稿をして申し訳ないです。

69 名前: りんりん 投稿日:2006/09/24(日) 10:10
eさん、そんな夫とは早く別れて、病気を治して早く第二の人生を
始めませんか?
私も以前の夫といるときは、毎日生きている意味がない、とかなりうつに
なっていました。でも、別れてせいせいして、今は再婚して、
それなりに幸せです。
治療が遅れれば遅れるほど、苦しむのは自分自身なのですよ!!

生きたくても生きれない人もいるのです!人生もったいないです!!

70 名前: e 投稿日:2006/09/24(日) 23:51
りんりんさん 返信ありがとうございます。名前を入れなかったのですが、やはり私って分かりましたね^^; 新米さんの『出産と同時に癌が見つかり…』という投稿を読み胸が痛くなり、励ますつもりが私事を投稿してしまいました。。


71 名前: るか 投稿日:2006/09/25(月) 01:25
eさん 私は卵巣癌治療中の患者です。・・不愉快なら読み飛ばして下さい。
夫さんに、一番頼りにしたい時なのに思いやりのない対応をされ
悲しみでいっぱいなのですよね。
でも、病気のこと、放置したらこれからどうなってしまうのか、
治療はどんなことをするのか、副作用はどんな苦しみがあるのか
不安だからこちらにいらっしゃるのでしょう?
りんりんさんの書かれるとおり、治療を受けるなら一刻も早く始めるべきです。
がん細胞はどんどん増えて広がる、それががんなので放っておけばおしまいです。
私も治療する決心がなかなかつかずに、病院の治療の流れに乗りながらも
妊婦さんや赤ちゃんを見かけては泣き(30代未産でした)
オペしては痛みに泣き、抗がん剤の副作用で苦しくて眠れず泣き
家族や友人?の心無い言葉に泣き、なぜ私だけがこんな目に?なんて思ったり。
でも、まだやり残している事があるような気がしてこの試練を享けて立っています。
母親は・・・何も言わず見守ってくれていますが、私以上に悲しんでいるみたい。
私は、母にもう孫を抱かせてあげることができず申し訳ない気持ちですが、
母は、私が「病気で苦しんでいる上に、母に対して申し訳なく思っていること」
また母の前で「平気な振りをしていること」に胸が痛いそうです。
母親とはそういうものだそうです。  
お母様のために、客観的に再検討なさってはいかがですか?


72 名前: とん 投稿日:2006/09/27(水) 01:01
みなさん、こんばんは。

よーちんさん。
息子さんがいてくれて良かったですね。少しでも心救われますものね。
でも今は無理しないでいっぱい泣いて寂しがってもいいと思います。
私なんて半年近く過ぎても、初盆を終えてもまだその状態…
そんな気持ちに整理をつけなきゃいけない『期限』なんてないですよ…ね!

新米夫さん。
奥さまが病気を忘れてしまうくらいお元気で、お母さまのサポートもあるのなら
今は新米夫さんは平日は普通にお仕事に行かれた方がいいのかも…とも私は思います。
奥さまはきっと赤ちゃんからすごいパワーをもらってるのでしょうね。
そしてその力は今後どんどんお医者さまの言われることを裏切ってくれる(もちろん、いい意味で)
に違いありません! ママになった奥さまは経済面のことも気になさってるはず…
それに新米夫さんが、できるだけ二人と過ごしたいけれど二人に為に一生懸命働いている、
誰よりもお二人のことを思っていることは絶対伝わってますよ!
今は焦らず、お仕事の方もがんばってくださいね。

eさん。
本当にお辛いですよね…
私もりんりんさんやるかさんが言われるとおり、そんなご主人のために人生を投げだすなんてもったいないと思います。
ここに来られる方はみんな思っているはず…早く病院へ行って治療をなさってください。
本当にお願いです。


73 名前: e 投稿日:2006/09/28(木) 00:22
りんりんさん るかさん とんさん  皆さんありがとうございます☆見ず知らずの私をそうやって心配して頂けること嬉しく思います。

74 名前: e 投稿日:2006/09/28(木) 00:34
るかさんへ  
るかさんもすごく苦しまれたのですね↓
妊婦さんや赤ちゃんを見て『なんで自分が…』と思われた事でしょう。。。でも、るさかんは『まだやる事がある』と前向きにやって来られているのですね☆るかさんの癌が早く良くなりますように(願)

75 名前: 無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/10/01(日) 23:39
新米夫さん、奥様お元気になられて本当によかったです。とても大変な状況ではありますが、新米夫さんやお母様、お子さんがいらっしゃるのは奥様にとってとても心強いことと思います。
今の状態を長く維持できればいいんですよね。お仕事の件は難しいですが、今よりも短時間で同じ位の収入が得られるお仕事をゆっくり探してみるのはどうでしょうか・・。
でも日中はお母様がいらっしゃるから奥様も不安定になることは少ないのではないでしょうかね。母の力は又、偉大ですし。

とんさん、いつも励ましのお言葉有難うございます。あれからも泣いて泣いて眠れぬ夜を過ごしましたが、一念発起して社会復帰しました。
母のことを忘れる事はありませんが、少しでも気が紛れる時間があってもいいかな、と。母のことを息子が忘れてしまうのではと思っていましたが、
息子は毎日‘ばぁば’のお話しをしてくれます。母を想って涙するのも母を愛し続ける気持ちですから悪いことではないですよね。

るかさん、とてもお辛いですね。そしてなんて前向きに頑張っていらっしゃるのでしょう。
ご病気のことだけでも苦しいのに周りの方の言葉や周りに対する気遣いでさぞお疲れでしょう。
でもご自分の事を最優先に考えてお元気になることがるかさんのためでもあり、お母様やお友達の喜びでもあります。
人は皆、やり遂げなければいけない「仕事(カルマ)」を持って生まれてくるそうです。
私はまだみつけられませんが・・。るかさんの『やり残している事』きっとみつかると思います。
頑張りましょう。お母様のためにも!

eさん、私も皆さんと同じ意見です。eさんのお母様がどんなお気持ちでおられるか、考えると辛いです。
初めて記しますが、実は私も5年前に早期胃癌の手術を受けています。その一年後に父が肝癌で亡くなり、今年母を亡くしました。
2人共、私の病気が心労で発病したのかもしれません。私は早期でしたので命に別状はなかったのですが、早年性だったので、母は心労で精神を病んでしまいました。
母自身が病気で苦しんでいる時でさえ、人生で一番辛かったのは私の病気の時だったと言いました。
父は言葉にはしませんでしたが、術後の私を抱きかかえてくれたり、寝ている足下にそっと電気毛布を敷いてくれたり、
「もう働かなくていいよ」と言ってくれたり、父の気持ちも痛いくらいに伝わっていました。両親に申し訳なくて悲しい体験でした。
eさんのお母様もご自分の事以上にeさんを心配なさっている筈です。治療を始められたら少しはお母様も落ち着かれるのではないでしょうか。
病気は孤独です。でも人の心はすべて繋がっています。どうかお母様の為にも生きて下さい。

76 名前: よーちん 投稿日:2006/10/01(日) 23:40
すみません、上記、名無しになってしまいました。

77 名前: e 投稿日:2006/10/02(月) 02:18
よーちんさん
ありがとうございます。掲示板を読み涙が出てきました。。胸が痛いです。
よーちんさんのお母様は苦しむ事なく亡くなられたのですね。(過去の掲示板を読みました)ご冥福をお祈りします。よーちんさんのご両親はとても優しい方だったんですね。そんなご両親に育てられたよーちんさんもきっと優しい事でしょうね☆
私は6年ほど前、肺の膜が炎症する病気(胸膜炎)で入院し(原因不明でした↓)母をすごく心配させました。毎日お見舞いに来てくれ、病院の食事を食べず痩せて行く私に好物を作って来てくれていました。 今回私が子宮体癌になった時も『なんでアンタが…。私が(母)なれば良かったのに↓』と言っていました。 母というものは偉大ですね…。
これ以上母に心配をかけてはいけませんね。


78 名前: e 投稿日:2006/10/02(月) 02:32
りんりんさん るかさん とんさん よーちんさん 皆さんありがとうございます。病院に行く事を前向きに考えてみようかと思います。この掲示板を見つけて皆さんからメッセージを頂き感謝しています☆

79 名前: りんりん 投稿日:2006/10/02(月) 10:56
eさん、やっと決心していただけましたか!!
お母さんのためにも一日も早く受診なさってください。
まだ初期であることを祈っています!!

80 名前: e 投稿日:2006/10/02(月) 13:33
りんりんさん
ありがとうございます!
また報告しますね☆

81 名前: るか 投稿日:2006/10/03(火) 15:03
eさん  治療を前向きに考えてくださるとの事、書き込みを見てほっとしました!
恥ずかしいけど・・私の夫も優しくないんです。(でも人前では優しいの!腹立つ~!)
2年前に別の病気でオペ入院したときも「お前のおかげで寿命が5年は縮んだ」なんて言うし、
私が副作用や後遺症が辛いというと「代わってやれないんだから仕方ないでしょ」だって・・
今なら、彼も不安だったこと、どうしていいのか分からなかったからそう言ったと解るけど
ほんとうは、このスレッドの皆さんが励ましてくれるみたいにして欲しかったな!
病気や不自由と付き合うのは患者本人にしかできないけど、家族には程よく?甘えたい。
特別扱いは要らないけど、否定しないで話を聞いて欲しい・・・eさんはどうかな?

eさん、web上でよければ私たちが話聞くから安心してください。
私もがん歴1年目、がんサバイバー同級生として一緒に乗り越えていきましょう。




82 名前: るか 投稿日:2006/10/03(火) 15:51
みなさま
まず、スレッドの題名から脱線した書き込みをしてしまったことをお許しください。

よーちんさま、ご自身もお辛い時期なのに、優しい励ましのメッセージありがとうございます。
実は、仕事仲間の友人たち(医療係です)にも同じ事(自身の回復に集中すべきの意)言われてます。
わずか十数行の書き込みで弱点?を見破るとは・・嬉しく恥ずかしいです。
しばらく前からとんさま、よーちんさま、三女さま、東さま、新米さまの書き込みを
私も(おそらく)eさんに近い気持ちでROMさせていただいていました。
読みながら「もう泣かないで・・」と思いながら一緒に泣いていました。
泣くことで自分の行き場のない感情を発散し、もっと辛い患者さんもみんなも頑張っている、
私なんてまだまだ頑張れる、そんな勇気を勝手にいただいてました。
りんりんさま、他のスレッドでも頼りになる助言をなさるの見て尊敬しています。
レスも、そして同病の同志としても応援しています。

みなさんに感謝しています。
病気でいろいろ失ったけど、それまで見えなかったものが見えるようになりました。

明後日から化学療法入院、目標2泊3日!行ってきます♪

83 名前: 投稿日:2006/10/14(土) 00:37
お久しぶりです
先日母を自宅に呼んでみました、離れているためなかなか実現できませんでした
孫の運動会を観戦して帰宅
2泊でしたが羽毛布団がかなり気に入ったらしく
「こんなにぐっすり寝れたのはいままでなかった」と言われ、お土産にそのまま
布団もあげてしまいました
ゆっくり話もできまして、、、
お互い割り切ってましたので
母 「あと、どのくらい生きるかね」
私 「まあXXXじゃないのかな?」
とりあえず体は動いて元気でしたので孫にご飯を作ってくれました。2日間とも
味見ができないので私がしましたけど
嫁に母をおくってもっらた後に新幹線で実家を訪ねましたが布団が重いといわれてしまいました
これからの季節も考えて厚めの布団をもっていったためですね
こんな感じで母の外泊は無事にできました
かなりおなかの張りも少なく調子がよかったみたいです

ここまでは私の最近の報告です
eさん、まずは決断しましょう、治療は大切です
新米夫さん、仕事が嫌になったのを家族のせいにしているように感じます
私は母と共有できる時間はわずかですが、少ない中で自分ができることを
していこうと思います

出すぎたことをいいましたが、個人的な気持ちです、聞き流してください



84 名前: よーちん 投稿日:2006/11/26(日) 07:46
ご無沙汰しています。
るかさん、治療なされてからその後体調は如何ですか?
容易いことではないけれど、気持ちを前向きに持って治療を受けられる事、嬉しく思います。
経過が順調であることを願っていますが・・。
私は母が亡くなってから2ヶ月以上が経ちますが、やはり想いでいっぱいです。
死は生と繋がっていることを実感し、死を身近に感じるようになりましたが、やはり生きてこそです。
東さん、お母様孝行されていますね。でも頑張って下さるお母様は子孝行でもありますね。
でも私の母は長生きしたいとは思っていないと常々言っていました。
ここに書き込みされている皆さんはそうではない。
病気と向き合って必至に生きようとしている方達です。
新米夫さんは自分のパートナーの重いご病気ですから気持ちを強く持つことは大変なことですよね。
でも病気は誰でも発病する可能性があるし私もそうでした。特別な悲劇と思わず、先のことを案じ過ぎる事なく
いつでも『今』だけ乗り切れれば・・なんて思ったりします。
難しいです。適切な言葉をみつけるのも。皆さんのお気持ち痛いほど分かるだけに・・。




85 名前: 宇佐美 投稿日:2007/10/29(月) 07:42
こんにちわ私生きたい死にたい両方の間で悩んで居ますどうしたら良いか教えて下さい

86 名前: MM 投稿日:2007/10/29(月) 15:01
宇佐美さん
具体的にどのようなことで悩んでいらっしゃるのですか?


87 名前: 無しさん@癌掲示板 投稿日:2008/01/31(木) 02:42
子宮体ガン再発転移で、抗がん剤治療1クール済ませた母が、
小さくなったので残りの二カ所を取る手術を、しました。

結果、腸と腹空の癒着が酷く開腹出来ず、リンパ切除できませんでした

大丈夫だからと、手術に踏み切ったのに、いざこう言う事もあるのですね…

また、抗がん剤と放射線治療を始める予定だそうです

抗癌剤治療だと、どこの病院も一緒だという話も聞いたんですが
病院を移ったほうがいいんでしょうか?

本人はこの手術で採ってしまって治すと意気込んでいたぶん
切なくて切なくて
開腹すると、癌が飛び散りやすいとも聞いてますし…

本人には言いませんでしたが
お医者さんからは、腹膜炎の恐れもあるなんて言われました

身体中から管を通して、抗がん剤で全く変わってしまった母の手を摩ったり
タンの始末をしながら、母の事、僕に出来る事、ずっと考えていました

本人はまだ、同じ病院で抗癌剤治療を始めるつもりで居るようで
セカンドオピニオンにも乗り気じゃないみたいで

やりたいようにやるのも本人の為ですが、
息子の立場ではもっとどうにかしてあげたいのですが

毎晩、毎晩そんな事ばっか考えています
そんな夜はとてつもなく長いです。

なにかよい方法はないでしょうか?
僕には、もう、浮かばなくって

88 名前: 無しさん@癌掲示板 投稿日:2008/02/04(月) 00:33
何かの参考になれば…
 http://plaza.rakuten.co.jp/sukirususupport/

89 名前: norisio 投稿日:2008/04/07(月) 11:10
皆さんはじめまして。
又、突然の書き込み申し訳ございません。
嫁が卵巣がんによる癌性腹膜炎と腸閉塞で現在入院しています。
最初の癌が発見されたのが一年半ほど前。結婚して半年後の事でした。
最初は肺癌と診断されたのですが、後日卵巣が原発とわかり卵巣と子宮を
摘出し、抗がん剤治療を開始しました。治療法はおなかにリザーバーと
いう小さいタンクを埋め込みそこから直接おなかに抗がん剤を入れるという
治療法でした。そのせいでしょうか嘔吐はそれなりでしたが、髪の毛はさほど
ぬけませんでした。それからしばらく安定してたのですが最近おなかがはって
食べたものを戻してしまう状態で病院へ連れて行ったところ癌性腹膜炎に
よる腸閉塞との診断でした医者からは「もう緩和ケアを受けたほうがいいですよ。」
とゆうあっけない言葉。医者ってこんなもんなんですかね。
自分はまだあきらめたくありません。嫁も良くなろうとがんばってるのにここで
「治療やめて家帰ろう」なんて言えません。
もし、よい方法、経験談がございましたら教えていただけませんでしょうか。
なにとぞよろしくお願いいたします。

90 名前: とん 投稿日:2008/04/07(月) 23:46
norisioさん。
私の母も同じような状態でした。
下記のサイトの方に以前相談しY先生のセカンドオピニオンを受けた際
「一年前に診せてもらっていたら手術できたと思う」と言われたことを
母が亡くなった今も後悔しています。
奥さまがどんな病状かはわかりませんが
一度相談されてはどうでしょうか。

http://plaza.rakuten.co.jp/sukirususupport/

少しでも良い方へ向かうことを祈っています。

91 名前: norisio 投稿日:2008/04/09(水) 01:04
とんさん。
はじめまして。
先ずはお母様のご冥福をお祈りいたします。

昨日までモルヒネの影響で意識がもうろうとしていましたが、今日
は意識がしっかりしておりました。ですがやはりおなかの張りが
気になるそうです。主治医からおなかの水を一度抜いてその抜いた
腹水から蛋白質のみを取り出して血中に戻せばおなかの水を
減らすことができるかもしれないとのことでさっそくお願いしてきました。
うまくいってくれるといいのですが・・・
早速サイト訪れてみようと思います。
貴重なご意見ありがとうございます。

92 名前: 無しさん@癌掲示板 投稿日:2008/04/20(日) 22:25
癌性腹膜炎というのは、大変厳しい状況ですが、胃がん原発ではなく、卵巣がん原発なら、違う抗がん剤を使うことにより、まだまだ病気と闘うことは可能だと思います。簡単に緩和ケアと言うところから判断して、現在治療を受けているのはがんセンターか大学病院なのだと思いますが、その様な状態から立ち直ってもう一度元気になった方々も多数います。とにかく諦めずに、調べる、聞く、訪ねる、行動あるのみです。99%の代替療法は無効ですので、腸のバイパス手術と抗がん剤治療に絞って調べて医師と相談しましょう。情報量と熱意が生存率を決定します。

93 名前: norisio 投稿日:2008/05/27(火) 23:19
お返事が遅れまして大変申し訳ございません。
貴重なご意見誠に感謝いたします。
今のところ妻の病状も安定しております。
ただ、現段階では、体力が減退している為、手術も抗がん剤もやるには
厳しい状態ですので主治医の先生も色々文献等を調べて策を練っておられる
ようです。

94 名前: 恵子 投稿日:2008/06/11(水) 17:58
肛門聾は早く死んだりしますか?

95 名前: ひろ 投稿日:2010/10/31(日) 00:44
もう少し教えてください!人工透析患者で腹膜播種による腸閉塞を起こしてい
る母(73歳)の場合、すぐにでも治療を行うことはできないのでしょうか?
腸閉塞の手術から1ヶ月も経たないうちに新たな腸閉塞が分かり、8月2日か
ら病状がよくなるどころか徐々にひどくなっている状態で、母自身も父も、私
たち家族も重たい空気に包まれています。治療環境を変えたいという希望もあ
ります。「TS1とタキソール」で腹膜播種の治療が変わろうとしている」とい
う記事を見つけました。サンドスタチンという緩和剤があることも教えていた
だきました。(セカンドオピニオンを受けた病院で)母を何とか助けたいと切
に願っています。効果的な治療法や転院して治療を受けることについてのアド
バイスをお願いします。どうぞ宜しくお願いします。


96 名前: はな 投稿日:2013/04/19(金) 21:13
45才。女性。
昨年7月に胃がんがみつかり摘出はしましたがすでに腹膜播種ありと診断され、
抗がん剤もやりましたが、効かなくなり使える抗がん剤がなくなったので抗がん剤を中止。
他の臓器への転移はなくリンパ節もいくつかは摘出しましたが今のところ転移なし。
昨年までは普通に食べることもでき普通に生活していましたが、今年に入り、ガン性腹膜炎による腸閉塞を起こし嘔吐したため、入院しました。

約2週間、病院でフェントスとサンドスタチ投与、エルネオパの点滴でサンドスタチンを一旦終了しましたが再び嘔吐したため、再度、サンドスタチン投与。

その後、ホスピス病棟へ転院。
転院後、フェントステープ、サンドスタチン、一日200mlの点滴でホスピスで治療中。

現在は痛みもなく腸閉塞は完全に塞いでいるわけではなく、便交じりの粘液が少しずつ
漏れ出てくる程度ですが、経口摂取は水分のみ。
ホスピス入院後約2カ月になります。意識はしっかりしていますが、体力は日々落ちる一方で
ここ一週間ほど、体力のなさかカラダが動かず、この数日とくに体力もなく、今では歩くこともやっと、
トイレに立つだけで一日ベッドで横になって過ごしています。
自分のカラダが動かず、一人で出来るはずのこともできなくなってしまい、
戸惑っています。

水分も摂るには摂りますが腸管をそのまま通過し、下へ流れている様な感じです。

ここはホスピスなので、積極的な治療はしませんが、最低限の生命維持の状態です。

一週間ほど前には先生からの提案で一日1000mlのエルネオパを数日点滴したこともありましたが、
腸管の状態も変わらず、時折、気分が悪くなり吐き気が少し出たりすることもあり、
体力的には何も改善が見られず、点滴時間が長くなるだけだったので、エルネオパ中止し
また一日200mlのみの点滴、サンドスタチン投与の状態です。

正直、この状態がとても辛いです。

何も改善も変化する見込みもないものでしょうか?

毎日、トイレへ立つだけだけがやっと。
何もせず時間だけが過ぎていきます。

家族も、もう私は帰って来ないものと受け入れながら私のいない生活をし始め、それぞれに生活しています。

何か、改善なり、可能性なり、がないものかと・・・

このままでは、意識だけはしっかりしてますが寝たきりの状態に近づいてきています。

こういう場合、あとどれくらいこの様な状態が続くのでしょうか?

どうぞよろしくお願いします。








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