がんの早期発見に威力を発揮【PET検査】

秘密厳守の郵送血液検査

癌掲示板..>末期癌と介護について

1 名前: かず 投稿日:2001/10/04(木) 00:17
はじめまして。末期癌宣告を受けた母(68歳)の介護について、
どなたかご助言いただければ幸いです。
(生活保護を受給中です。)

手術でも救えない・・・という事から、放射線療法を続けてきましたが、
“杖をつけば5分程度はゆっくり歩行できる”ところまで回復した為、
一時退院をすることになりました。

現在、要介護2の認定を受けていますが、これまで通り(2時間×週3回)の
訪問看護では、3度の食事や入浴などが行えず、自立できぬままの退院に
不安を抱いています。

「一人暮らし」という事情もある為、家族のフォローとあわせ、ヘルパーさんの
訪問頻度を増やしたいところですが、末期癌の場合、介護保険ではなく、
医療保険の適用で対応という情報を耳にしました。

いずれにしても、介護認定度の見直しが必要との事ですが、
認定度があがらなかった場合の対策を考えると、とても不安です。

どなたか、似たような境遇の方、あるいは末期癌患者の介護について、
何らかの情報があれば、ご助言いただきたくお願いいたします。

訪問介護を受けながら、別途有料でヘルパーさんを手配することも
考えています。何卒、宜しくお願いいたします。

201 名前: 親不孝な17の一児の母 投稿日:2005/06/20(月) 17:29
昨日、母が血を吐きました。それを今日の朝、父からの電話で知りました。(昨日お見舞いに行った時にはとても元気にしていたのに…。)私はまだ母の状態がわかりません。
病院へ行って母の状態を自分の目で見て確かめたいんですけど、どうしても病院へ行く勇気がでません。

202 名前: なお◆MeiFiwsU 投稿日:2005/06/20(月) 19:24
>>201さん、今、行かなかったら一生後悔するんじゃないかな?
怖い気持ちも解りますが、勇気を出して行きましょうね。
お母様は、きっとあなたを待っていると思いますよ。


203 名前: 親不孝な17の一児の母 投稿日:2005/06/21(火) 18:57
今日、病院へ行ってきました。母は意識がはっきりしたり、もうろうとしたりしていて会話が成り立ちませんでした。
モルヒネを使っているせいか、幻覚をみたりしているようでした。
食道や肝臓の近くに静脈りゅうができていて、今度それが破裂して大量に出血したら助からないと言われました。

204 名前: なお◆MeiFiwsU 投稿日:2005/06/21(火) 20:27
親不孝な17の一児の母さん、つらいですね。。。
お母様の意識がはっきりしている時に優しく話し掛けたり、手を握ったり、さすったりしてあげて下さい。
悔いのないように、出来る限り全力で、今のあなたの思いをお母様に伝えて下さい。
悲しむのは、後でも出来ます。
頑張って下さいね。

205 名前: 親不孝な17の一児の母 投稿日:2005/06/23(木) 17:07
今日、病院に行ってきました。母をずっと眠っていました。心電図などの機械につながれていました。

母が吐血した次の日。とてもショックなことがありました。
それはおばからの1本の電話でした。
「今日、病院にいきなさいよ。お母さん、部屋移されたから」とここまではいいんですが…『お母さん、亡くなったらどこに連れてくの?家だったらちゃんと片づけておきなさいよ。どうするかちゃんとお父さんと相談しなさいね。もうダメだから』と。

おばは、母に面倒なことをなんでもおしつけてきていました。その母が今、何もできない状態になったからといってそんないいかたをするなんて…。すっごくショックでした。

206 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2005/06/23(木) 18:47
おばさまはお母さまの御姉妹ですか?おばさまだっておばさまの立場で辛いのだと思う。
けど大人になるとはお母さまのために、そう言う事も考えなければならないと言う事です。
お母さまは今眠っていらっしゃるように見えるけど、あなたの声は聞こえていますよ。
話し掛けてくださいね!
お母さまのぬくもりを焼きつけてね!!

今悲しみの中で必要な感情は怒りではなく愛です。

207 名前: 親不孝な17の一児の母 投稿日:2005/06/23(木) 19:22
おばは父の兄弟です。
告知を受けた時から、いつかはと覚悟をしていました。
だけど、おばのことばはあまりにも無神経過ぎると思いました。


208 名前: なお◆MeiFiwsU 投稿日:2005/06/23(木) 21:04
今のあなたにとって、そういう言われ方は確かにショックかもしれませんね。
私も、義父がいよいよ危ないと言われた頃、義母が「今、私が倒れたらちゃんとお葬式が出来ないから眠っておかなくちゃ」とか「お父さんの遺影の写真をそろそろ選んでおいた方がいいかしら?」とか言うたびに「なんて事言うんだろ!」って思ったけれど、でも実際いよいよの時が来たら本当に悲しんでいる暇などないくらい家族はバタバタ忙しくなります。
決めなくちゃいけない事が、山ほどあって・・・。
悲しいけれど、現実的な覚悟も必要かもしれませんよ。

でも、それよりも、今はお母様のために出来るだけそばにいて優しくしてさしあげて下さい。

209 名前: 親不孝な17の一児の母 投稿日:2005/06/24(金) 00:38
私がショックでおばを許せないと思ったのは、『もうダメだから』という一言でした。
母は生きようと病院のベッドで頑張っているのに、もうダメと言ったおばのことばは許せません。

210 名前: なお◆MeiFiwsU 投稿日:2005/06/24(金) 01:37
そうだね。。。そんな言い方は、ないよね~。許せない気持ち解ります。
今あなたは、お母様の事で悲しみを抱えてるのに、そんな人のせいで嫌な気持ちでいるのもばからしいじゃない?
もう、そんなデリカシーのない人の事なんか気にせずに(とりあえず忘れて)お母様に気持ちを集中してあげてね。

でも、あとのことを考えるのも、悲しいけれど必要だと思う。
頑張ってください。

211 名前: yumi 投稿日:2005/07/16(土) 02:17
私は先日母から父が肺癌になっている事を聞きちょうど七夕の日に一緒に病院に行って先生の
お話を聞きました。父は糖尿病

212 名前: yumi 投稿日:2005/07/16(土) 02:56
すいません。途中で途切れてしまいました。
父は糖尿病と2年前に脳梗塞で入院しており、後遺症が少し喋るときに出るぐらいだったのですが
最近せきがずっと続いていたので現在通っている病院で見てもらったところ右の肺に11センチぐら
いの癌と同じ肺の中で心臓に近い部分に転移、あと左の肺にも転移、腎臓にもという事でした。
今腰が痛いといっているのでたぶん調べれば骨にも転移していると思うとの事でした。
この話は糖尿病の薬の事で私と母で先生とお話するからと父には言って診察室の外で待っていて
もらったので本人に告知していません。もう手術ももちろんしても意味がないし、抗がん剤の治療も
半年間ぐらい寿命を延ばすのが精一杯で申し訳ないがこれが現在の癌治療の現実だと説明されました。
15日も付き添って病院に行って来たのですが本人は至って元気で、とてもステージ4の末期癌とは
思えないのです。色々先生を交えてお話をしてきたのですが、(また父にはロビーで待っていてもらって)
母としては父に告知はしないで抗がん剤も使用せず残りの時間をなるべく家族と過ごせるように
したいと言い、先生も糖尿病があるし、抗がん剤の治療をすることで余計に身体に負担がかかるので
その方がいいでしょうということでした。私も本人が辛い思いをするのならなるべく残りの時間を
穏やかに過ごさせたいと思いました。そしてここを見つけたのですが、正直言って最初読んでいるうちに
涙が止まりませんでした。痛み止めのモルヒネのために起こる症状とかその他いろいろなことを知って
本当に告知しないで抗がん剤もしないでいいのだろうかと・・・
実は母はその病院で准看護婦として長い事務めており、老人病棟でのヘルパーの経験もあります。
今はもう退職しているので、父の事は自分で最期まで面倒を見るつもりなのです。
でもそれがどんなに大変な事なのかとても不安ですし末期癌と知ってまだ一週間しか経ってないので
私の気持ちの整理もついていません。今の気持ちや現状を書き込むので精一杯です。


213 名前: なお◆MeiFiwsU 投稿日:2005/07/18(月) 12:21
yumiさん、ご心配ですね。
私は告知推進派(?)ですが、yumiさんのお父様の場合「病名告知」=「余命告知」という事になりかねないので、難しい選択かもしれませんね。
お母様は長年そういう方を数多く診て来られたので、色々考えるところがあるのでしょう。
お母様とよく相談されて頑張って下さい。

いちおう下記が参考になるかもしれませんので貼っておきます。
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/life/li2a1301.htm

214 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2005/07/29(金) 20:47
末期がんの母が一時退院することになりました。
主治医からは「これが最期のチャンスだろう。どこか温泉にでも連れて行ってあげてください」
と言われています。
母の希望で関西より北海道に連れて行ってあげたいのですが、体力も落ちていて普通のツアーや
ガイドブックに載っているような回り方はとても無理だと思われます。
そう言った人向けのツアーの紹介や役立つ本・サイトなどをご存知の方がいらっしゃいましたら、
教えていただけませんでしょうか・・・
どうぞよろしくお願いいたします。


215 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2005/07/30(土) 18:46


216 名前: 長男の嫁 投稿日:2005/08/01(月) 22:06
ごめんなさい。
何か私のほうが気がおかしくなりそうで、愚痴こぼさせて下さい。
義母の入院中にパジャマがどこかになくなり、病院内あっちこっち探したけど、
見つからず、入院中のパジャマが4枚しかない為、洗濯が忙しいから枚数を増やしてほしいと
お願いしても、頂いたパジャマでも気に食わないと一切きてくれないんです。
やれ柄が嫌だの、色が悪いだの、形が嫌なので・・・・
おまけに毎回糊付けしてアイロンかけなくてはいけなくて、仕事をしている私もこの暑さで
アイロンがけが億劫になっています。
病気がワガママにさせていると思いつつ、最近は買い物を頼まれるのが
辛いです。
病院内で履くサンダルを買ってきてと頼まれたのですが、
お気に召さなかったらしく、ああいうのはなかったの?
サイズはこの下がよいのだの最初言ってたことと変わってきて、
もう私自身限界に近いかもしれません。
皆さんこういう時ってどうされてますか?



217 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2005/08/01(月) 23:48
長男のお嫁様
僣越ながら推測させていただきますが、
お母様はパジャマやサンダルがお気に召さないのではなく、
不安な気持ちがそういうかたちで吹き出ているのではないでしょうか。
すべて言うとおりにしてあげれば満足されるという訳ではなさそうな気がいたします。
不安は素直に口に出せる方もいれば
表現してしまうことに抵抗や恐れを感じる方もいらっしゃいますよね。
そのようなことが続くと御家族もまいってしまわれるでしょうが、
お母様の言動の端々にヒントが隠されていないでしょうか。
毎晩痛みを訴える患者に一杯の熱いコーヒーを炒れ、
ゆっくりと話を聞き不安な気持ちをはき出させたら
痛みを訴える回数が減ったというお話がある本に載っており
とても心に残りました。
それにしてもお母様思いのお嫁様で羨ましいくらいなのに、
お心を痛めていらっしゃる御様子で心配です。
愚痴はこちらでどんどんはき出してどうかご自身もお心を労ってください。

218 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2005/08/02(火) 09:55
長男のお嫁様
私も実母との関係がまさにそうだったので、お気持ちよくわかります。
どういうものがよいかもう一度聞き、すぐに交換に行ったり、「ないものはない」
と言いきったりと何度となく致しました(苦笑)

217さんのおっしゃるとおり、お母様も慣れない生活で不安・不満がたまり
慢性的にイライラしていらっしゃるのでしょうね。
私も毎日病室を訪れた途端に何か文句を言われるような状態だったので、
文句を言われたら病室を出て、飲み物を飲んだりして頭を冷やしていました。

パジャマについても同じような感じだったのですが、
「洗濯が間に合わない」と素直に話して、病院で洗濯を頼むようにしました。
お仕事をお持ちなら可能だと思うので、一度看護師さんに相談されてはいかがでしょう?
洗濯がなくなったおかげで、私はかなりストレス減りました。
病院にもお母様にも受け入れていただけるといいですね。

そしてグチはどんどん吐き出してくださいね。
「これは言いすぎかな?」と思うようなことでも、案外みな同じような思いを
抱えていたりしますから。

お仕事と看護、お忙しいでしょうからどうぞ216さんがお体壊されませんように・・


219 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2005/08/02(火) 15:25
長男の嫁様

認知症や、せん妄などの可能性もあるので、
主治医の先生にご相談されてはいかがでしょうか。
場合によっては専門医にみていただいた方が良いかもしれませんよ。

220 名前: 長男の嫁 投稿日:2005/08/02(火) 16:31
みなさん、いろいろとありがとうございます。

本人のストレスのはけ口がなく、私に来ているんだと思っています。
ただ残念なことは、こんな状態の義母のところにほとんど来ない娘の
義妹です。
私も母であり、娘ですが、私の母ならもっと時間をとってくるのに
義母の母娘の関係ってそんなものかと思っています。
仕事で忙しいからではなく、趣味のバレーボールの試合があるから・・・
いくら嫁が頑張ってみても血には勝てないんですけど、
義妹のことを思う義母の気持ちを思うとかわいそうな気がして
しかたありません。


221 名前: なお◆MeiFiwsU 投稿日:2005/08/02(火) 20:13
長男の嫁さん、大変ですね。。。
うちの義父も「あれが食べたいから買って来い」だの「明日はもっと早く来い」だのと色々振り回してくれました(^_^;)
きっと、病気への不安と入院生活のストレスから自分を持て余していたとは思うのですが、対応する方は疲れますよね。

うちの場合は義母が『お父さん、そんなワガママいってはいけませんよ!』とたしなめてくれたので多少、楽でしたが、怒られている義父が少し可哀想に感じる時もありました。
母がいない時はできるだけワガママを聞いてあげて、足を揉んだり体をさすって、ゆっくり話を聞いてあげた時はワガママが少し収まったような気がします。

妹さんの件ですが、ザックバランに話が出来る間柄なら、現状をよく話して『あなたが来てくれるとお母さんも喜ぶだろうし気持ちも落ち着くと思うから来てくれない?』とお願いしてみてはどうかな?

長男の嫁さんも、今はつらい時ですね。
ご自分の仕事も家庭のこともやらなければいけないし、看病に通う毎日は、どこかに吐き出さないと自分が病気になってしまいそうでしょ?私もそうでした。
今振り返ると、精神的にいっぱいいっぱいだったと思う。

うまく言えないけれど、上手に気分転換をして体に気をつけて頑張って下さいね。
応援しています。

222 名前: 長男の嫁 投稿日:2005/08/03(水) 21:43
なお様いつも暖かいお言葉ありがとうございます。

義妹のことですが、私も義母の病気がわかった時から、
ずっと「たまにはお母さんに会いに来て」いい続けてますが、
ほとんど来ないんです。
でも自分にとって楽しいことはすぐ飛んでくるんですが・・・

やっぱり長男の嫁がいろいろするのは当たり前と義母が思っているので
娘には言わないのか?
それとも、私と実母の関係と違いクールなのかと思います。

今実母にふりかえてみると、私ならできるだけ行ってあげたいと
思うし、できるだけのことをしてあげたいと思うのですが、
その気持ちが逆に義母には辛くなってしまうのかもしれませんね。




223 名前: 214 投稿日:2005/08/08(月) 00:59
旅行に連れて行ってあげたかったのですが、すぐに再入院となりました・・

肝機能の低下とモルヒネのせいなのか、今はせん妄状態にあります。
私以外にはまだ比較的普通のやりとりをしていますが、私に対しては非現実的な要望をしてみては
その要望が叶えられない!と怒っているような状態が多いです。
「1ヶ月はもたない」と言われているので、何かしてあげたいのですが、何をしゃべりかけてあげればいいのかも
わからなくなってしまいました。
先生にはマッサージなどのスキンシップをすすめられますが、いろいろすると「構われるのは嫌だ」
と怒ってしまいます。

私はどういう風に接すればいいのでしょうか?
もう母のせん妄がとけることはないのでしょうか・・


224 名前: 長男の嫁 投稿日:2005/08/27(土) 23:04
久々にお昼にそうめんの差し入れをしてきました。
土曜日に行くと主人がわざわざ言っていたのに勘違い、
少し遅くなったらお昼ご飯食べていました。
なんか気のせいかもしれないけど、話していてピントがずれてきたような・・・
主人が昨日話したことをまた聞いたり、
脳転移の影響か、それとも入院生活が長いので少し認知症?
これから、進行すると嫁の私はターゲットかな?
本人も元気な時、どうやらぼけると嫁のことを悪く言う人が多いらしいと
言っていました・・・


225 名前: ともゆき 投稿日:2005/09/23(金) 01:30
母が大腸癌原発で肝転移です。医師によると一ヶ月もたないそうです。もう何の手も無く、医師も投げやりです。無理に国立医大に転院するのですが、それまで生きられない可能性も…。出来る事なら代わってあげたい。優しかった母を思い出し今も涙しています。きっと苦しいだろうに、痛いなんて口にもせず我慢しています。助けてください。どうしたら良いのですか?完治なんて我が儘は言いません。癌と共存して数年でも生かしてあげたい。何も方法が無いのなら、私の母が、痛まないよう、苦しまないよう、安らかに眠れるよう、祈ってやってください。お願いします。

226 名前: りんご 投稿日:2005/10/10(月) 20:51
私の母は、1年前に胆管癌ステージ3と診断され、10時間にも及ぶバイパス手術を行いました。そして1年後の今リンパ節転移が見つかり、3週間前まで抗がん剤投与を行っていました。ですが、腫瘍マーカーはわずかに減りましたが、今では肝臓へも転移し、抗がん剤の副作用でほぼ1ヶ月食事もまともに取れない状態であったために、体重は激痩せ。
体は骨と皮だけです。その為に、体力がなくなり歩行も困難で自力で起き上がることさえ難しくなりました。癌は末期と診断され、冬を越すのは難しいと言われました。今は、痛みを抑えるためにモルヒネや、精神安定剤等を服用していたために、少しせん妄の症状がみられます。毎日、癌の痛みと戦い、何故こんな病気になってしまったんだろう・・・
と涙する母を見ているのがとてもつらいです。私は今、妊娠中で来月出産予定です。母は、孫の誕生をとても楽しみにしていただけに、早く孫の顔を見せてあげたいし、母の手に抱かせてあげたいです。

227 名前: ともゆき 投稿日:2005/10/12(水) 11:35
225で書き込みをした者です。うちの母は近いうちに緩和病棟のある病院に転院が決まってます。痛み止めはまだ使っていませんが、もう一人では起き上がれない状態です。何の治療も出来ないまま逝かせたくはないですが…大学病院での診断ですから、先生の診断をそのまま受け止めています。りんごさん、丈夫な赤ちゃんを産んでお母さんに見せてあげてください。

228 名前: yukousyou 投稿日:2005/10/12(水) 15:58
私の父も胆管がんで、余命2~3ヶ月と宣告されてから7ヵ月半
がんばってくれました。痛みのコントロールが上手くいくといいですね。
私の父も痛みのコントロールが上手くいくようになってからは、
安定剤や睡眠薬も飲まなくなり、精神的にも安定して過ごせました。

229 名前: りんご 投稿日:2005/10/12(水) 16:39
ともゆきさん、yukousyouさんありがとうございます。
今は、まだモルヒネを使わないと痛みに耐えられないために、
精神状態もよくはありませんが、昨日から食事が半分程度はとれる
ようになりました。今は体力をつけてもらって、できれば家に帰して
あげられるまでに回復できたらと思います。
そして、1日でも長く生きててほしいです。

230 名前: とも 投稿日:2005/11/06(日) 02:56
はじめまして。62歳の末期胃がんの父のことですが…
6月に余命半年と言われ手術はできず、仕事を続けながら
抗がん剤TS1を飲んだこともありました。家族が心配する中
やせ細った体で昨日まで仕事に行きました。そして昨日倒れ
ました。
ほとんど何も食べられないので今日入院しましたが、
父も家族も早く家に戻りたいと考えています。在宅IVHにしよう
と考えていますが、高カロリーの輸液は逆に苦しくしてしまうこと
もあるでしょうか?できるだけ苦しい思いをさせたくありません。
どなたかアドバイスお願いいたします。



231 名前: おちゃ 投稿日:2005/11/07(月) 20:17
悪液質という状態になると、いくら栄養を入れても体で使えなくなります。
工場が働かないために材料がうずたかく積み上がる状態です。
それを排出しなければならないので、腎臓に負担がかかったり、ひどい時には
意識障害の原因にもなります。
一般的に、かなり痩せてきたにもかかわらず食欲がないような状態など、この
ようなものが考えられます。
高カロリー輸液は輸液量が多くなるため、あふれた水分により腹水/胸水/ひどい
むくみ/肺炎の原因にもなります。また恋点滴のためにかえってのどの渇きがひど
くなったりします。

もしこの状態であれば、無理やり栄養をいれても延命にならないことははっきりし
ています。肺炎などでかえって寿命が縮まる危険性も指摘されています。少量(多くても
1日1L以内、500ml推奨)のほぼ水分のみの点滴で十分であるとされます。

いちどどのような状態にあるか、主治医にお尋ねください。


232 名前: とも 投稿日:2005/11/07(月) 22:09
おちゃさん、アドバイスありがとうございます!!
父は入院3日目で脱水が改善され、少し活気がでてきました。
少しですが、食べ物を口にすることができました。
IVHのポートを埋め込んで退院する予定ですが、おっしゃるような
余計な負担とならないようDrと相談したいと思います。
できるだけ在宅で、と思っています。大変なことでしょうが…
とても参考になりました、ありがとうございました。

233 名前: ともゆき 投稿日:2005/11/10(木) 01:32
母が他界しました。 
最後はセデーションで意識レベルを落として眠らせましたが、
眠る直前の母は何かを言い残したかったようです。
苦しみを取ってあげられはしましたが、私自身はセデーションが
正しい選択だったか・・・わかりません。
母さん、いっぱいいっぱいありがとう。
そして、ごめんなさい。
いつの日か生まれ変わる日が来たら・・・
また俺を産んでくださいね。
献身的な介護で最後まで尽くした妹も産んでください。
また会えるよね、母さん。

234 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2005/11/10(木) 23:34
会えると思います。私は会いたい人に会えると信じています。
お母様の看取り、お疲れ様でした。
妹さんとお二人、心と体を大切になさってください。

235 名前: 投稿日:2005/11/12(土) 00:44
なおさんへ
お元気ですか?お変わりございませんか?
本当に久しぶりにここに来ました。
以前、自分が書き込んだレスを見て、あの頃の気持ちに戻り涙しちゃいました。
早いものでもうすぐ1周忌です。
昨年のこの時期は父の一進一退の状態にバタバタしている中
ここを見つけ色んな人に、励まし・アドバイスを頂きなんと心強かった事か・・・。
あっと言う間の1年です。
父の居ない生活に慣れましたが、まだ何処かで信じていない自分がいます。
TVで親子物をやってるとポロポロ涙が・・・。駄目ですね!!
私事を書いちゃってごめんなさい。

介護・看護している皆様、寒くなって来ました。
何事も体力勝負です。
自分自身が倒れてしまったら、もともこもありません。
何卒健康管理には気を付けて下さい。
生意気な事いってすみません。

236 名前: なお◆MeiFiwsU 投稿日:2005/11/16(水) 12:46
ペさん、ほんとにお久し振りです。
最近こちらを覗いていなかったので気付くのが遅れてごめんなさい。

ほんと、もう1周忌ですね。
ぺさんのところも準備されているかしら?と思っていました。
クリスマスイブが命日なんて、毎年思い出しちゃうじゃない(涙)・・・って感じですよね。
私も、折りに触れ父のことを思い出します。

でも、今は、義母の認知症が始まり、毎日いろいろです。。。
あたしは、嫁として苦労する運命なのね(ーー;)なんて落ち込みそうだけれど、なんとか頑張って自分らしく生きようと思っています。

ぺさんも、若くしてお父様を亡くされて心細い時もあると思うけれど、一度きりの人生、前を向いて歩いて行きましょうね。
こちらでお互いに励ましあった時間は忘れません。
ありがとう。

こういう出会いの場を作ってくださった、管理人さんに感謝です。

237 名前: UB40 投稿日:2005/11/18(金) 04:26
はじめまして
11月14日 父が息をひきとりました。享年73才でした。
父が9月に入院してから毎日この掲示板を読むようになり
いろいろ参考にさせてもらいました。
11月になって父が「家に帰りたい」と切実に訴える
ようになったのですが、父が衰弱していく進行が早い
こと 私(息子)自身が所帯を持っており父と別居し
ている状況なので高齢の母ひとりでの介護になってしまうこと
を考えるととても自宅介護に踏み切れませんでした。
それから1週間もたたぬうちに話すことさえもできなくなり
結局、父の訴えを受けとめてやることができませんでした。
ぺさんやなおさんような身をなげだして父を受け止めてやろ
うという気持ちよりも今ある仕事や妻と子供の生活を維持し
たい気持ちがのほうが強かったのが本音です。

私は喪主でしたので葬儀等の段取り等で忙しく悲しみにひた
っている時間もなかったのですが、忙しさから開放された途端
むなしい気持ちになりました。
父の自宅へ帰る夢を奪ったことで生きる希望をなくしてしまい
死期を早めたのではと考えてしまいます。無力な自分がなさけ
ないです。
・・・・・・・・

ぺさん なおさん いろいろな情報を記載してくれてありがとう。
とても参考にさせてもらいました。またいろいろ書いてください。 


238 名前: なお◆MeiFiwsU 投稿日:2005/11/18(金) 21:39
UB40さんへ。
そんな風にご自分を責めてはいけませんよ。。。

大人になればそれぞれの生活や事情があるのだし、自宅介護のお母様の負担や、もしかしたらUB40さんの奥様にも負担をかけてしまったかもしれないし・・・。
その時点の決断は仕方なかったんじゃないかな。
入院生活が長くなると誰もが家に帰りたいと願うけれど、病状やその他の事情で帰れない人の方が実際多いと思うし、ここの掲示板を読んでも、誰もが最後を自宅で迎えられるわけではないし。

してあげたくても、どうしてもしてあげられない事ってありますよね。
大切な人を失なった時『もっと、こうしてあげればよかった』と悔やんでしまうのは、みんなそうです。

今は、お父様を亡くされた悲しみ、悔しさでいっぱいでしょうが、天国で見守って下さるお父様に安心してもらう為にも、立派で幸せなご家庭を築かれて下さいね。
親にとって子供は、その存在だけで幸せをもらえるもの。
UB40はきっと、お父様に幸せな思いを充分あげられたのだと思います。

あまりご自分を責めずに、お父様に育てられた誇りを持って生きてください。
お父様のご冥福をお祈りします。

頑張って下さいね。

239 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2005/11/18(金) 22:46
UB40様 心よりお悔やみ申し上げます。
亡くなったお父様のためにも ご自分の家族を大事にして
幸せになろう、って思うこと、それから残されたお母様を
力づけてあげてくださいね。

なおさん 久しぶりのなおさんの登場でなんだか嬉しいです。
こうやって時々たずねてくださいね。
なおさんのレスで励まされた人が たくさんいるんですよ。

これから寒くなってきます。介護する方もされる方も無理しすぎ
ませんように。

240 名前: 投稿日:2005/11/20(日) 00:46
なおさんレスありがとうございました。
何事にも前向きで、努力するなおさんを尊敬します。
239さんじゃないけど何回励まされ、前に進むことが出来たか
感謝・感謝です。
他の皆さんの意見・経験も大変参考にさせて頂きました。
介護をする準備などは一人だったらどう行動したらいいか、まったく
解らなかったでしょう。(結局、介護は出来ませんでしたが)
お義母様の事は大変ですね。頑張りすぎてダウンしない様にしてください。
何もアドバイス出来なくてごめんなさい。
UB40さんへ
お悔やみ申し上げます。少し落ち着きましたか?
私は独身で自由になる時間があったので動くことが出来たけど、
家庭に入っていたら、UB40さんと同じ事考えてたと思いますよ。
なので、あまり気を落とさないで下さい。
何をどれだけしても「後悔」は必ずと言っていいほど残ります。
もうすぐ1年経つのに未だに良かったのか解らない事が沢山あります。
239さんの言う通り、家族とお母様を大切にして行く事が
大切だと思いますよ!(生意気ですね。ごめんなさい)
悲しい気持ちは時間が解決していきます。もちろん全てじゃありませんが。
此処には同じ悲しみを持った人、頑張ってる人が沢山います。
私もここで救われました!!お互い頑張りましょう!!



241 名前: UB40 投稿日:2005/11/21(月) 02:59
なおさん 239名無しさん ぺさん

貴重なご意見、そして励ましのお言葉 ありがとう
後悔は、やっぱり残ってしまうし、自分の決断は正しかったとは言えない
けれど みなさんからの暖かい言葉をいただけただけでもありがたことだ
と思っています。

そして、なおさんのような実際に介護する立場にある方 本当にたいへん
なことだと思います。月並みな言い方しかできませんが頑張ってください。
私は、父に対して漢方を買ってきたり、好きな食べ物を取り寄せたり、孫の
顔を見せたりといった物的な支援しかできませんでしたが、直接介護すること
は一番たいへんではあるけれど、一番崇高な支援であると思っています。

それにしてもみなさん掲示板の文章を拝見する限り、本当にしっかりした方
ばかりで 関心する限りです。そしてありがとう。








242 名前: ももすけ 投稿日:2005/12/01(木) 21:31
はじめまして。
父(73歳)が小細胞肺癌と戦って1年9ヶ月、先生からは
年内は難しいと言われながらも食欲もあり、“このままいけば
年越せるかもしれませんね”と先生に余命の訂正までして
頂いていたのに・・・急に孫の顔も判らないほどの猛烈な痛みに
襲われ、自宅療養中救急車で病院に運ばれ、そのまま眠らされて
います。今日で入院一週間、ここ数日が限度と言われショック
で涙が止まりません。

自宅に残っていた父の日記には 前向きな事だけが書かれていて
最後のコメントは“さあ、今週も頑張るぞ!”でした。
そして私たちの前でも元気そうに振舞っていました。

でも、介護の方がつけていた記録にはしびれ始めた左手を
何度もベッドにたたきつけていた”とか、“かなり辛そうな
様子”等記入されており、まだ先があると思い、自分の
都合を優先していた私は悔やんでも悔やみきれません。

フロア違いで同じマンションに住んでいるのだから
もっと足をさすってあげたり、溺愛していた孫を頻繁に
会わせてあげればよかったとか、痛がっていたであろう時に
他の部屋で何で笑ってしまったのだろうとか・・・後悔ばかり
しています。

父の孤独な気持ちに気付いてあげられなかったことに
今頃気付き、苦しいです。
ごめんね、じいじ。

243 名前: 千春 投稿日:2005/12/01(木) 23:08
ももすけさん。今悔やんではダメです。
ももすけさんの書き込みを拝見して、もし私がももすけさんのお父さまだったら……
腫れ物を触るような接し方をしないでくれた、前向きな気持ちを持続させてくれた
ももすけさんに感謝をすれど、謝ってなどほしくない。

それに今お父さまはここにいるのです。
この数日間と言われたなら、この数日間に出来るだけの親孝行を精一杯して差し上げてください!
暖かい手を握ってさすって差し上げてください。
言葉をかけて差し上げてください。
意識が無いように見えても最後まで聴力はあると先生はおっしゃっていました。
私自身の経験でも、子供の頃急患で運ばれた時、
周囲は意識混濁と思っていたけれど、
自分は研ぎ澄まされた聴覚と清廉な意識の中にいました。
周りの人の言葉が明瞭に聞こえていました。
お父さんには必ずももすけさんの声が聞こえていると思います。

後悔はいつでも出来ます。
でももしかしたら今が人生最後の親孝行の時!
がんばって!!

244 名前: なお◆MeiFiwsU 投稿日:2005/12/02(金) 01:54
ももすけさん、はじめまして。
お辛いですね。。。

でもお父様は、ももすけさんご家族の前では元気そうに振舞っていらしたのでしょう?
きっと苦しむ姿は見せたくなかったのかもしれないし、ももすけさん家族の幸せそうな様子を見て、そこから頑張る気力を貰っていたのだと思いますよ。

悲しむのは後からでもできます。
今は、ももすけさんのお父様への思いを、素直に話し掛けて伝えてあげて下さい。
もしかしたら残り少ないかもしれない最後の時間を、お父様が幸せな気持ちで過ごせるように、手を握り体をさすって安心させてあげてください。
頑張ってくださいね。

245 名前: ももすけ 投稿日:2005/12/02(金) 22:18
千春さん、なおさん、優しいお言葉ありがとうございます。

入院してからどんどん意識レベルが低くなり、深い眠りに
入っていると誰もが思っていたところ、今日朝から父の目が
頻繁に開くようになりました。
私たちの問いかけにもたまに頷いたり、うーっと唸るような
声を出したり手をあげようとしたり・・・おかげで父に対する
心からの想いを伝えることが出来ました。
父は涙を浮かべていました。

こんなことってあるんですね。
こんな素晴らしい機会を与えてくださった神様に心から感謝します。
そして残された時間をより大切に過ごしていきたいと思います。



246 名前: なお◆MeiFiwsU 投稿日:2005/12/02(金) 23:28
きっと、ももすけさんの思いが届いたのかもしれませんね。
看病する側も色々と大変ですが、ももすけさんご自身もお疲れが出ませんように。。。

247 名前: 千春 投稿日:2005/12/02(金) 23:34
良かったですね!!
羨ましいなぁ・・・。
私もセデーションに入ってから1度だけでも短い時間だとしても、
無理とは分かっていても父とせめてあと一言でも言葉を交わしたかったです。
ももすけさん。めいっぱいの父親孝行なさってくださいね!
父親不幸だった私の分までも。

248 名前: ももすけ 投稿日:2005/12/05(月) 22:33
なおさん、千春さん、ありがとうございます。
やはり、同じ経験をされている方々のお言葉は
本当に私の心に染み入ります。

父はその後、病状は悪いながらも安定しており、
目も覚ますことが多くなりました。
しかし、こちらの言葉に答えたくてもうまく話せない
もどかしさを感じているようです。
また、意識が戻ることによって自分の運命をはっきり
悟ってしまった父を見ているのも辛いです。
あんなに前向きだった父なのに・・・。

今日は昨日より起きている間痛みが辛そうだったので
その度に痛み止めを増やしてもらいました。
きっと数日のうちにもっと深い眠りに入るような処置を
していただくことになると思います。
その時はきっともう父と意思の疎通はできなくなる
のでしょうね。 

でも父の意識が戻ったお陰で今までで一番、家族として
温かい時間を過ごせている気がします。
ちょっと遅すぎましたけど。
まだまだがんばります。


249 名前: 静花 投稿日:2005/12/13(火) 00:15
始めまして。
私の父(69歳)も、大腸癌から1年10ヶ月の闘病生活になります。
現在、肺、脳にも転移し、先日病院に行った時には、白血球が1100で
肝臓も機能しなくなってると言われ、今日の夜にでも急変してもおかしくない状態で
即入院となりました。
できれば、短い余命を病院ではなく、自宅で看取りたいと考えております。
アドバイス等ありましたら、よろしくお願い致します。


250 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2005/12/24(土) 23:03
すみません、今日旦那が余命1ヶ月を伝えられた者です。

旦那というか、親が反対して籍は入ってません。
それでも彼は5年間ずっと私と一緒にいてくれました。

今度は私が彼といてあげる番だと思ってます。

でも骨転移から肝臓に転移した今、足のしびれや痛み、放射線の副作用がひどいです。

あんなにいっぱい食べる人だったのが、だんだん食欲もなくなっています。見ててつらいです。

でも一緒に話していても途中意識が朦朧としたり、肝臓転移のためすごく疲れるみたいで…
そばにずっといたら無理して起きあがろうとします。ものすごく痛いのに…

なんか私が行くと無理して落ちる瞼を開こうとするので、あまりいたら疲れてしまうから…
と最近はすぐ帰ってきます。

本当はもっと長くそばにいたいです。

でも彼はやさしいから、すごく辛くても我慢して私に合わせる人で…

本人の負担になるから、あまり行かない方がいいのでしょうか…

でも次行った時ますます痩せていたら…
と思うとずっと彼を見てないと心配で仕方ないんです。

どうしたらいいかわかりません。

すごい負担でも絶対口に出す人じゃないし。

どうしたらいいでしょうか。

また痛みや副作用で食べられない人でも、食べられそうな物って何かありますかね…

251 名前: ももすけ 投稿日:2006/01/10(火) 00:03
ごぶさたしております。
こちらでは皆様には色々励ましていただき本当に
ありがとうございました。
昨年12月30日、父が癌との闘いを終えました。
11月24日に入院した時は主治医から長くて一週間
と言われましたが人並みはずれて心臓や他の臓器が
強かったそうで、病院の関係者は驚いていました。

しかし、主治医に母が“こんなに体力が残っているなら
(先生に)出来ないと言われた最期の抗がん剤、出来たのでは?”
と聞くと、あっさり“できそうでしたね”と言われました。

本人は一日でも長く生きたいと強く願っていたのに・・・
最後の抗がん剤がうまく効いたらあと半年弱は最愛の
孫と過ごせたのにと思うと悲しくてたまりません。
最期は眠るように逝ったのでそれが救いです。

今は父と会って話がしたくて仕方がないです。
絶対出来ないと思うと却って願望が強くなるのでしょうか。
早くこの悲しい気持ちから一つ抜け出したいです。

じいじ、ありがとう。また絶対会おうね。











252 名前: 千春 投稿日:2006/01/10(火) 11:07
ももすけさん
今このスレが上がっているのを見て、
ももすけさんからのメッセージが入っている予感がしました。

もう傍で肌のぬくもりを感じる事が出来ない、
「こんな時はどう言ってくれるか…」想像するだけで直接意見が聞けない会えなくなった悲しみは、
残された者に『もしもあの時』と言う形で想いを募らせますね。

でももしもあの時、最後の抗癌剤をして苦しめる事になったかも知れなくて…
『もしもあの時』の思いは現実にはないだけに心の中で反芻し続けるものですね。
きっと残された誰もが皆・・・。

ももすけさん、お父さま、お疲れさまでした。
こちらで読ませて頂いている中だけでも、
ももすけさんがどれだけ愛に囲まれてお育ちになったかがうかがえました。

優しかったお父さまの御冥福をお祈り致します。

253 名前: なお◆MeiFiwsU 投稿日:2006/01/10(火) 23:00
ももすけさん、お父様は旅立たれたのですね。。。本当にお疲れ様でした。
葬儀やら何やらであわただしかったでしょ?

大切な人を失った時、ひとは悲しみと共に怒りの感情を持つそうです。
主治医さんの「できそうでしたね」のひと言は確かに配慮を欠いていたかもしれないけれど、でも結果論であって、その時点での判断は仕方なかったと考えるしかないのかもしれませんよ。
末期の時は何が起こるか分からないし、抗癌剤を使えたとしても苦しむだけだったかもしれない。。。

千春さんがおっしゃるように『もしも・・・』は誰もが思うことだと思います。
「もしも違う病院だったら、もっと最先端の治療ができたのではないか?」
「治験薬でもなんでもいいから試してみるべきだったんじゃないか?」とか・・・。

残念ながら時間は戻ってくれませんから、あと数日と言われたお父様がここまで頑張ってくれた事に感謝して、何とか自分の心と折り合いをつけて納得するしかないかもしれません。
最愛のお父様の不在を受け入れるのには時間がかかるかもしれないけれど、『時の流れ』という薬が悲しみを癒してくれます。

あとは天国から見守って下さっているお父様に恥じない生き方をして、ご家族を守って行って下さい。
頑張って下さいね。

お父様のご冥福をお祈りいたします。

254 名前: ももすけ 投稿日:2006/01/10(火) 23:08
千春さん、本当にありがとうございます。
そうですね。もしもあの時・・・と考えても過ぎた時間は
どうあがいても戻ってはこないのですからなるべく
考えたくはないのですがつい・・・。いけませんね。

長い間父の病気と一緒に闘ってきて徐々に弱々しくなって
いく父を見てそれなりに心の準備をしてきたつもりだった
のに、遺影の元気な父を見ると父の病気の事を忘れて以前の
生活にふと戻れるような錯覚をしてしまうんです。
なので会えないことが信じられないというか。

とても淋しいですが、私はともかく、考えていた以上に
落ち込んでいる母をサポートしなければいけないと
思っています。

ここにお邪魔させていただき、本当に精神的に楽になることが
できました。
心から御礼申し上げます。



255 名前: ももすけ 投稿日:2006/01/10(火) 23:45
なおさん、ありがとうございます。
ごめんなさい、書き込んだ後に気付きました。

父が亡くなった後、知人の医師や癌を経験した方等に
“その最後の治療はひどい、気の毒だ”と言われ、
余計にあの時こうしていれば・・・という気持ちが強く
なってしまいました。
でもそんなマイナスなことばかり考えても何も解決
しませんよね。

余談ですが、実は父がお骨になって帰宅した翌朝、父の部屋に
入ったとき父のリクライニングベッドが2度に渡って勝手に
動き、直角になってしまったんです。
母は怖がっていましたが、こういうことって本当にあるんですね。
ちょっと驚きましたが父が無にはなっていない証明のような
気がしてとても嬉しかったです。

まだまだ当分寂しい日は続くと思いますが、なおさん、
千春さんのお言葉が本当に心の支えになっています。
感謝、感謝の気持ちでいっぱいです。


256 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/01/18(水) 20:43
先日旦那をなくしました…
最後に家に帰してあげたかった…車椅子買おうかと真剣に考え、介護ベットのレンタルとか、真剣に家に迎えるつもりでした。

しかし思いついて間もなく、旦那はあっというまに逝ってしまいました。
家に帰りたがってたのに…
最後までそれがすごくひっかかっていました。

しかし先日警察官をしている親戚から話を聞くと、万一家でなくなってしまった場合、行き先は鑑識になってしまうそうです。
いわゆる解剖です。
なくなってまで切り刻まれる事を考えたら、まっすぐ家に帰った旦那は、結果的良かったのかなぁ…と。
そう思う事にしています…

257 名前: yuki 投稿日:2006/01/19(木) 14:46
自宅でなくなった場合でも往診していた医師などにより、24時間以内に医師の
確認があり、亡くなるような経緯が明らかな場合(末期がんなど)
検視などの対象にはなりません。不審な点があるような場合に検視になるので、
癌などで在宅療養している場合には検視などになることはほとんどありません。

258 名前: アッタカママ 投稿日:2006/02/05(日) 00:51
皆様、初めまして。

うちの母も、大腸癌がわかり、肝臓まで転移をしてしまっていて・・・。わかったのが、昨年の11月、それから腸閉塞を起こさせない為の手術(大腸やリンパ節の癌もできるだけ採りました)をしました。肝臓の方は手をつけれない位癌が広がっており、化学療法しか道がないと言われました。私が幼い頃に両親が離婚をし、それから母は一生懸命に頑張って私を育ててくれました。病気知らずで今まできたので、おなかが痛いと言い出した時はただ事ではないと本当に思いました。まさかこんな事になっていたなんて夢にも思いませんでした。医師からの告知の時もまるでドラマのワンシーンを観ているようで・・・、未だに信じられないでいます。だめですね、私が頑張らないとだめなのに・・・。
年末に血小板が減少し、化学療法どころではなくなり、輸血をしなければいけなくなり、もう駄目かと思い、これが最後のチャンスかもと言われ、抗がん剤をするか判断を迫られ・・・、悩みに悩みましたが、抗がん剤をすることにしました。本当に緊張の毎日でしたが、薬が効き、副作用らしいのも殆どなく、徐々に食事も取れるようになってきたのです。そんな母が3日に退院をさせていただけるくらいにまで回復をしました。まだまだ予断を許さない状況でいますが、家で過ごせる今までは当たり前であった生活を一日でも長く過ごせていけるように・・・、そんな想いでいっぱいです。

前向きに、母を信じ・・・頑張って生きていこうと思います。
最後まで読んで下さってありがとうございました。
また、カキコさせていただきます。

259 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/02/05(日) 15:25
258さん、頑張ってくださいね!
今までお母さんからしてもらったように、今度は258さんがお母さんについていてあげる番ですね。
癌とわかって、お母さんもすごく孤独な気持ちと戦ってると思います。258さんがいつもそばにいてくれるだけで、育てて良かった、と本当に心から思えるのではないでしょうか。
それだけで充分親孝行になると思います。

今は抗がん剤もいいものができて、副作用も以前よりだいぶ軽減されてるみたいですね。
うちの母も大腸をやって抗がん剤6クールやりましたが、髪も抜けず、吐気もそんなひどくなかったですよ。
合う合わないがあるでしょうが、多分相性が良かったんだ、と思って、前向きに頑張ってくださいね!

自宅にまた帰ってこれた事は、すごく貴重な事ですよね。大切な時間をめいいっぱい過ごしてくださいね。

260 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/02/10(金) 15:16
肝臓から骨に転移して下半身麻痺になってしまい放射線治療してるんですが身体障害者四級なんですげと下半身麻痺は何ヵ月たって麻痺が固定しないと身体障害者あつかいにならないんでしょうか

261 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/02/11(土) 09:24
市役所で聞いた方が早いですよ。
障害者年金が欲しいということなら、確か1級か2級?じゃないと無理だから、基準はなかなか厳しいかと…

262 名前: おちゃ 投稿日:2006/02/11(土) 23:04
260さんへ
原則そうなります。脳梗塞で明らかに麻痺が残りそうだと最初から分かっても、
症状が固定するとわかる数ヶ月を経過しないと決して受け付けてくれません。

がんも同様です。ただ、自治体によって若干対応は変わってきます。
がん+在宅でどうしても生活するための家の改修などが早急に必要ということ
であれば、考慮される場合もない訳ではありません。
退院しない場合はそういった特例の適用も非常に困難です。
障害者が自立するための支援ですので、病気療養の経済支援は別枠だからです。

263 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/02/12(日) 00:36
市役所にきいたら六ヵ月といわれました。すぐ身体障害者あつかいにしてくれてもいいのにとおもいました。ちなみにガンに対しての扱いが日本はもっと制度を考えてほしいですよね

264 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/02/16(木) 16:51
初めて書き込みさせていただきます。
実家の父が先月、末期の肺癌だと診断されました。
もう手術もできないそうです。入院しても何も治療する事が
ないからとのことで自宅にいます。

私も今月の初めに手術をして自宅療養中ですが、
まだあまり動き回れる状態ではありません。
でも父の兄から明日帰ってきてほしいと先程電話がありました。

実家は遠いし、母も私の体を気遣って詳しい病状が
わからないのですが、末期の肺癌だとわかってから
急に容態が悪化することってあるのでしょうか?
先月の中旬に診断されましたが、私が今月入院するまで
毎日電話をかけてきてくれたし、父の兄からも「今までと
変わりなく過ごしている」と聞いていたのですが・・・。

明日朝一番の飛行機で夫と帰りますが、パソコンの色々な
HPなんかを見ていても末期と言われても半年ぐらい皆さん
頑張っておられるのに・・・。すみません、ちょっと動揺して
いますが、教えて頂きたいのは、診断されて1ヶ月も経ってないのに
急変するの?ということです。
それまで、長期間咳が治らないという自覚症状があったぐらいです。
他の場所の違和感とかはなかったみたいです。
よろしくお願いします。

265 名前: おちゃ 投稿日:2006/02/18(土) 10:58
残念ながら、そういうことも可能性としては十分あります。

例えば膵臓ガンは数年前までは診断されてからの平均寿命が3ヶ月でした。
長い人もいる中での平均ですから、3ヶ月よりもずっと短い人もいます。症状の
乏しいまま進行してしまう癌というのもあります。
ただ、病状がよい悪いにかかわらず、近しい方が難しい病気にかかってしまった
時は少しでも早めに、なるべくたくさんお会いできる機会を持つほうがいいと思います。

会っとけば良かった、こうしておけば良かった、と後悔するようなことになると、なかなか
心の整理がつかないからです。

266 名前: ふしゃふしゃ 投稿日:2006/02/18(土) 13:42
264さんへ

265で おちゃさん が書かれている通りだと思います。
いつ何がどうなるかわかりませんし、
こうしておけばよかったと後悔している方も
いっぱいいらっしゃいます。

年末に亡くなった父は、昨年のGW前に肺がんから
脳転移で末期、手術はできないと言われましたが、
めまいなどの症状を軽減する点滴と延命の意味合いでの
抗がん剤で、年末まで持ちこたえました。

入院していることをオープンにしていたので、
親戚は何度もお見舞いに来てくれましたし、
父の元同僚たちも来てくれて、2時間も話したり。
私たちは4回も1泊旅行へ行ったのが、いい思い出です。

父の体が楽なように、気持ちは穏やかなように、
できるなら楽しい気持ちで、をモットーに過ごしました。
264さんも、いい時間が過ごせるといいですね。

267 名前: 264 投稿日:2006/02/20(月) 10:43
265さん、266さんありがとうございました。
昨日の最終で帰ってきました。
父はお蔭様で病名を知らなければ全く普通と変わりない状態でした。
母によると夏を越せればいいかなと言う事でした。
でも、今元気そうに見える父を見ていたらそんな実感がまだわきません。
伯父はいつどうなるかわからないから今のうちに会って欲しかったそうです。
それならそう言ってくれたらいいのに・・・。
不必要な恐怖心と不安でこちらがパニックになっていました。
でも、そうでないときっと帰ってなかったので伯父に感謝です。

本当、265さんや266さんがおっしゃるように後悔しないように、
そして何よりも父に「良い人生だった」と思ってもらえるように
沢山出会いたいと思いました。

まず私の体を早く治してそしてできる限りの事をしてあげたいと思います。
無理してでも帰って良かったです。

ありがとうございました。

268 名前: 希望 投稿日:2006/03/02(木) 22:11
はじめまして。スレを読ませて頂きました。
私の父(59歳)が肺腺がん末期です。
がんの圧迫による嚥下障害があり、何も飲めず食べれずの状態です。
かなり痩せ細ってしまい(点滴のみです)、とうとう2月に予定していた
2クール目の抗がん剤もできずに、もう病院での治療はできないので、
在宅での介護を勧められました。一応介護認定は受ける予定ですが
こんな点滴だけの状態で、自宅に帰されても、どんどん衰弱していくだけでは?と
家族ともどうしていいか途方に暮れています。
父はトイレくらいなら自分で行けるのですが、
この状態での抗がん剤は命を縮めるだけでしょうか?それとも
癌の専門病院(今は父の希望もあり自宅近くの総合病院です)で
セカンドオピニオンを求めたほうがよいのでしょうか?
セカンドオピニオンを受けて、抗がん剤が使えても、
返って辛いだけの延命になってしますのでしょうか?

父も「もう治らないみたいだな」と大変気落ちしています。
また、私はもう家を出ているので、介護できるのは母と弟だけですが、
二人とも仕事をしています。家計的にも、
母も働かないと生活は厳しい状態です。母が昼間仕事(パート)をしながら、
昼間はヘルパーさんにお願いするということもできるのでしょうか?
そのように身内が常に介護しないというのは、無理というか薄情なことなのでしょうか?
私は電車で1時間の場所に住んでおり、子供二人がいるので、週末くらいにしか
行ってあげることができません。春休みには帰る予定ですが、
冷たい娘でしょうか。何もできない自分が辛くて仕方ありません。
もっと、もっと親孝行してあげたかった。真面目に一生懸命家族の為に
働いてきた父。何も悪いことしていないのに。やっと定年でゆっくりして
もらえると思ったのに。私は今何をすればいいのか教えて下さい。

動揺しているので、乱文でいいたいことがまとまらず、すみません。


269 名前: yuki 投稿日:2006/03/03(金) 10:40
希望さん。
私も同じ立場でした。私は嫁に出た娘で父が癌でした。
余命を宣告されてから自宅介護に切り替え、自宅(実家)で父を看取りました。
希望さんの気持ち、痛いほど、伝わってきます。
うまくいえませんが、自宅で少しでもお父様を介護しようという気持ちがご家族になるようでしたら
、まずは介護保険認定の申請を進められてはどうかと思います。入院中でも申請はできます。
最終的に認定がおりるのには時間がかかります。いざ自宅にというときになってから申請していては間に合いません。
前後しますが、一度ご家族全員で話し合ってみてはいかがですか?
自宅で介護するということは、それなりの覚悟と、家族全員の協力が不可欠です。
(もちろん、お父様本人がどうしたいかが大事です。)




270 名前: 希望 投稿日:2006/03/05(日) 22:55
yukiさん、ありがとうございます。
まず、ソーシャルワーカーに相談してきました。認定の方も65歳
以下の癌患者の介護保険が使えるのはいずれにしても4月以降になるので、
まずは医療保険を使うことになるそうです。
父は、病院に「出て行け」と言われたように感じてるようで、
家に帰りたくなったと言ってます。その一方で、
家に帰ったら、もう終わりなのでは?という思いもあるようです。
私に「助けてくれ」「死にたくない」「お前に任せる」と言います。
「大丈夫だよ」と言いつつ、どうしていいのか分からないです。

家のものが働きながら、自宅介護なんて、無理ですかね?
やはり、母が仕事をやめるしかないのでしょうかね。
でも、母も参ってしまわないか心配です。弱い人なので。
それかホスピスか。。でも、ホスピスも自宅から1時間かかるので、
そう頻繁に家族は会いに行けません。
患者本人も辛いでしょうが、家族も辛いです。

271 名前: yuki 投稿日:2006/03/06(月) 09:32
希望さん、お気持ちよくわかります。
私のときと状況が似ていることもあり、、、。
よかったら、直メールください。公共の掲示板では書きにくいこともあるので


272 名前: 希望 投稿日:2006/03/07(火) 09:29
yukiさん、直メールさせていただきました。よろしくお願いします。

273 名前: しろきん 投稿日:2006/03/22(水) 23:32
こんばんは。胆管癌の方でも相談させていただいたのですが
こちらの方でもお願いいたします。
父(56歳)についてご相談させてください。
昨年5月に胆管癌ステージ4の診断を受け、脊椎転移の放射線
治療、ジェムザールの投与、MSコンチン服用を経て現在はオキ
シコンチン、レスキューでオプソと終末期です。
実際、痛みはおさえられてるんですが、ここ何日か強烈な倦怠感
に襲われてるようで(父は地元の病院で入退院を繰り返してます)
「もう楽になりたい。」と漏らしてるとのことです。
何か倦怠感を緩和できる方法はないのでしょうか?
それともセデーションを考えなくてはいけないんでしょうか?
日によっては気分のいい日もあるのですが、日に日に悪い日
が多くなってます。
フェンタニールパッチに変える、もしくはステロイドは有効なのでしょうか?
主治医は残念ながら痛みを押さえてるので倦怠感はどうしようも
ないとの1点ばりらしいです(仕方ないのでしょうか?)
ご助言お願いいたします。
もう1点、最近は心が弱ってしまっているのか生前だと考えられない
事を漏らします。
「俺は何も悪い事してないのに何故こんな目に遭わないといけないんだ。」
と母、妹に漏らしたらしいのですが、そういうときはなんと声を
かけてあげればよいのですか?
すみません、愚痴ですね。

274 名前: yuki 投稿日:2006/03/23(木) 11:26
しろきんさん、お気持ちよくわかります。
私の父も脊椎に転移があり、はじめはMSコンチンとレスキューにオプソを飲んでいました。
父の場合は肝機能が保たれていましたが、この組み合わせの時には
いつもぼーっとしていることが多く、だるそうにしていました。
パッチとNSAIDS(ロキソニンやモービックなど時々変えましたが)の
組み合わせでコントロールされ、オプソを飲まなくなり、かなり変わりました。
また、倦怠感に対しては、一時期はステロイドも服用しました。
しろきんさんのお父様は肝機能はいかがでしょうか。肝機能の悪化からくる倦怠感なのか、
麻薬などの痛み止めの副作用からくるものなのか、原因にも対処法は違うと思います。
痛みだけではなく、本人の色々な不快な症状を少しでも楽にコントロールすることが
緩和医療だと思います。それがきちんとされれば、ご本人の精神状態は違ってきます。
私の父も痛みのコントロールがされてからは、口にする言葉も違ってきました。
患者さんを支える家族も大変だと思います。本人の言動に、なんと声をかけていいのか
わからないことも何度もあります。でも、家族が一緒にいて、体をさする、
そして、話を聞くことはとても大切だと思います。返す言葉が見つからないときには、無理に返さなくても
いいと思います。ただ、うなずいて、合図地をうち、気持ちに寄り添ってあげるだけでも
いいと思います。「辛い」といえば、「辛いね」と、、、。
私の父の場合は最後の最後で痛みのコントロールが聞かなくなった時に、セデーションを
考えました。(結局はしないまま亡くなりましたが)でも、セデーションを考える前に
今されている緩和医療が十分なのか、他に方法は本当にないのか、できる限り調べてみては
いかがでしょうか。私が相談していた元ホスピス医のHPです。http://blog.livedoor.jp/kotaroworld/
他にも色々と読みあさり、主治医に訴えました。
しろきんさんのお父様とご家族がよい時間が過ごせますように、、、。





275 名前: しろきん 投稿日:2006/03/23(木) 18:20
yuki 様
お返事有り難うございます。
サイト教えて頂きありがとうございます。
今週末、地元に帰ろうと思ってます。
なにせ田舎で、家族は誰もパソコンを使えない状況で自分が調べてアドバイス
してるつもりなんですがなかなか電話だと。。
先ほど聞いたところではパッチに変更したそうです(事前に説明も無くだそうです。)
かなり医師にたいして不信感が募り(なんと4月1日で転勤だそうで現在までなんの報告
もなく看護師さんから聞いたそうで更に内科医6人のうち5人が転勤!これは異常なこと
ではないんでしょうか?)とはいえ険悪に成る事はなんのメリットもないのでうまく解決
できたらと思ってます。ステロイドについては更に調べると両極端なことが書いてあるので
やはり主治医の見解が必要かなと考えてます。まずはyukiさんがおっしゃるとおり倦怠感の
原因だと思うんですが、それを主治医にはっきり主張してみます。


276 名前: おちゃ 投稿日:2006/03/25(土) 10:16
緩和領域では、ステロイド(リンデロンという薬で1mgー4mg程度)や、リタリン
というくすりが、倦怠感に対して使われます。
疼痛コントロールは全く関係ありません。

フェンタニルパッチに変えても倦怠感にはあまり関係がないと思われます。

答えの出ない質問に対しては、無理に答えを探そうとする必要はないと思います。
「そうだよね、何でなんだろうね、辛いよね」など、ご本人の気持ちを理解して
いると伝えて、そして側にいてあげることが何よりのことだと思います。


277 名前: アリ 投稿日:2006/03/27(月) 06:33
みんな、がんばれ。
オレも、がんばる。

親父も、がんばれ。
そのときを迎えるまで、がんばれ。
だから、オレも、逃げない。

みんな、がんばれ。



278 名前: しろきん 投稿日:2006/03/29(水) 21:46
おちゃ先生、ご返答有り難うございました。
ステロイドが功を奏してか倦怠感が軽減されたようです。
オキシコンチンからフェンタニルパッチに替えたところ、何日かは朦朧と
していたんですが今日はかなり落ち着いたようで会話の受け答えがはっきりして
ました。しばらくこの状態が続けばよいのですが。。
先週末に実家へ見舞いへ行ったのですが、予想以上に母が疲労しているようでした。
父はまだなんとか歩けるのですが、ふらつくため付き添いが必要で、朦朧としていて何を
するかわからないので常に目が離せなく気が抜けない状態です。
あらためて介護の大変さを実感しました。

279 名前: yuki 投稿日:2006/03/29(水) 22:03
倦怠感が軽減されよかったです。
介護は本当に大変なことです。私や母も実感しました。
しろきんさんのお父様は介護保険の申請はお考えでしょうか。
確か今年の春から末期がん患者(年齢が65歳以下でも)が
対象に加えられるのではなかったでしょうか。
お母様の負担が少しでも軽くなるとよいのですが。

280 名前: のの。 投稿日:2006/04/03(月) 23:34
教えて頂けますか?>なおさん。

昨年11月に肺癌ステージⅣと診断され、なおさんの義父様と同じ病院にて抗がん剤治療を始めました。
なおさんの書き込みを見て、最後は在宅治療をしたい!と思い訪問診療や看護、介護等を参考にさせて頂きひそかに
準備をしていました。
いざ、酸素もレンタルし退院が近づくとあんなに家に帰りたがってた父が退院を拒否しました。
呼吸困難が酷く、帰りたいという気持ちより呼吸困難の不安が大きくなってしまったのです。
抗がん剤治療ができない今、転院をしなければなりません。
父が最後まで抗がん剤治療を希望したのと在宅治療を希望していたので緩和ケア病棟に入る時間はありません。
状態は悪く、食事も出来ず、寝てるだけでも呼吸困難になってしまう状態です。
こんな状態での転院ですので本人も家族も不安で不安で・・・
自宅は東京と千葉の境なのです。
なおさんが親切だったとおしゃってた病院のヒントを頂ければ是非是非参考にさせて頂きたいのですが・・・
失礼なお願いでごめんなさい。よろしくお願いします。




281 名前: SEIJI 投稿日:2006/04/06(木) 01:07
今日始めてこのページに来ました。皆さんの話を聞いて、辛かったり苦しかったりするのは自分だけではないんだと実感しました。
私の父は72歳。3年前にかなり進行した胃がんと診断され、胃を全て取りました。
1年前に肝臓に再発、抗がん剤治療をしてきましたが、効果が現れず、治療法が無い状態です。
現在は入院し痛みのコントロールと、IVHによる栄養剤の点滴を受けています。
以前使用していた鎮痛剤の影響か、幻聴や、ちょっとしたことで涙を流して泣き叫ぶ状態が続きました。
入院による寂しさや、ストレスがあったのかも知れません。しきりに「家に帰る」と主張し、
私と母もそれをかなえようと準備をしている最中です。ここ数日、点滴の針の刺し方や、ポンプの使い方の練習をしています。
最後は住み慣れた家で、心を落ち着けて、安心して永遠の眠りについてもらおうと思います。

そんな中、私の妻がとんでもないことを言ったのです。
・父が帰ってくると母と私が父の看病で騒がしくなる。
・父が夜中に私を起こすような事があると、溺愛している犬が落ち着いていられない。
そんな理由で、妻は犬を連れて出てゆくというのです。
医療系の仕事をしている妻ですから、介護の大変さなどはよく見聞きしていると思うのですが、
今の私には、残りわずかな時間しかない父に、早く家に連れ帰って、たとえ一晩でもゆっくりさせたいという思いが一番です。
仕事を終え、見舞いに行き、病院から帰ってくると、私の帰宅と同時に妻は犬の散歩に出かけます。
まったく理解の無い妻と、「改善する」という希望も持てない父の状態に、私自身精神面の限界を感じています。
涙混じりに「早く帰るんだ!!」と動かない身体を起こそうとする父に、私はどうしたらよいのか分からなくなります。

単なる愚痴になってしまいました。
こんなことでしかうっぷんを晴らす事のできない私をどうかお許し下さい。

282 名前: なお◆E0MeiFiwsU 投稿日:2006/04/06(木) 01:48
ののさん、しばらくこちらに来ていなかったので、お返事が遅くなってすみません。

お父様のこと、心配ですね。。。
うちの義父は、治療法が無くなった時点で在宅ケアを希望したので自宅でケアマネージャさんにお世話になりながら介護をしていました。
最後は足のむくみが酷くなり、千葉県野田市の小張総合病院というところに入院させてもらい、2週間後にそのまま他界しました。
入院中に肺の癌が蔓延して手の施しようがなくなった時点で『このままいくと人工呼吸器を装着しなければならなくなりますが着けてしまうと医者として外す事はできないので、どうしますか?』と優しく聞いて下さり、義母と相談して延命拒否の意思表示をしていた義父の意思を尊重して、延命をお断りしました。
苦しそうな息をしている義父を見かねて、義母がセデーションをお願いし、睡眠導入剤を連続投与してもらい静かに眠るように逝きました。

ののさんのお近くに中規模の総合病院があれば、一度家族だけでも相談に行かれてみてはいかがでしょうか?

家族にとってはつらい最後の時になりましたね。。。
人は結局最後は愛情に支えられると思います。
自宅に帰れないとしても、手を握り背中をさすって感謝の言葉を伝えて差し上げてください。

頑張ってくださいね。

283 名前: なお◆E0MeiFiwsU 投稿日:2006/04/06(木) 02:11
SEIJIさま、はじめまして。

奥様のお話を聞いて、ちょっとショックです。
大事な夫の父親が最後を迎えようとしている時に、犬の方が大事ですか?
奥様にも今までの色々な事情があったのかもしれないけれど、私にはちょっと理解しがたいです。(ごめんなさい)
でも、そういう奥さんを選んだのはSEIJI さんご自身なんですよね。。

でも、もしここで奥様の言う事を聞いてお父様を自宅に帰してさしあげられなかったとしたら、SEIJIさんご自身はすごく後悔するのじゃないかしら?
もしかしたらそのことで奥様を責めてしまうかもしれない・・・。

在宅でも介護申請をすれば介護の補助が出ますし、ケアマネージャーさんに相談すれば夜のあいだずっと付き添ってくれるサービスもありますよ。
奥様が介護をする気がないのなら、奥様になるべく負担がかからないようにサービスをフル活用して頑張るしかないかもしれません。

愚痴はどんどん書いていいんですよ。
書いたことでスッキリすることもあるし、誰かがきっと聞いてくれます。
私もこの掲示板で愚痴を思いっきり書いてずいぶん救われました。
看病している側も精神的にとても辛いですよね。
私も義父の最後の頃は、病状も心配で看病に通わなければいけないし、子供達の面倒もおろそかにできないし、精神的に一杯一杯でした。

最後まで、なるべく悔いのない尽くし方ができるといいですね。
応援していますから頑張ってください。

284 名前: とんぼ 投稿日:2006/04/06(木) 11:57
SEIJIさん、お辛い状況ですね。
私の主人も私が父の介護をすることは容認してくれましたが、やはり自分に直接
迷惑がかかるとなると、どうだったかな?と思います。
やはり血の繋がったものと同じ感情を要求するのは無理があるんじゃないかな?
もちろんここの皆さんのように血が繋がってなくても、家族以上に
思ってくれる方もいますが、少数派なんじゃないかと思います。
元気なときに良好な関係を築けていたかとか、人間の器のようなものが
こういうときに見えるのでしょうね。それにしても奥さんはあまりにも
薄情だと思ってしまいます。もし犬を連れてしばらく家を出るというなら、
出て行ってもらった方がいいんじゃないですか?介護で大変なときに
介護に否定的な人がいることは、余計精神的に大変だと思います。
あと、お父様は精神的に不安定ということですが、薬の影響とは
言い切れないです。これも癌の終末期の症状の一つとも言えますし、
入院生活のストレスからかも知れません。
私の父はそういう精神状態になってから3週間で逝ってしまいました。
うちは自宅受け入れの準備を進めている最中に容態が日増しに悪くなってしまい、
退院できなくなってしまいました。本当に一日でも家に帰してあげたかった‥
SEIJIさんは一日でも長くお父様の願いが
叶えられるといいですね。家に帰ると容態が改善される方が多いそうですよ。


285 名前: SEIJI 投稿日:2006/04/06(木) 21:52
とんぼさん、なおさん、励ましのメッセージありがとうございました。
涙があふれて止まりません。
血縁の無い妻に、私と同じだけの思いを持って看病をしてほしいとは最初から思っていないんです。
もちろん私自身、義理の父・母が同じ状態になったら、どこまでしてあげられるかは悩んでしまいます。
きっと口先では調子のいい事を言っても、実際には関わりたくないと思ってしまうかも知れません。
実の父だからこそ、面倒を見てあげられる。そんなところかも知れません。

退院してくれば家族の負担も増え、事実穏やかな夫婦生活を営めるとは思っていません。
それらを犠牲にしてでも、父を連れ帰り、障子ごしに庭を見ながら、わずかなひと時を過ごしてほしいのです。
直接的な看病はしなくても妻にも色々な負担がかかる事は承知しています。ほんの数日、長くて半月、一緒に父の喜ぶ顔を見てあげてほしいのです。
痛みと、いつ死ぬかも知れないという不安で毎日毎日顔を歪めている父、そういえば私自身、何日も笑ったことがありませんでした。

しかし今日は父も私も一時笑顔になれました。
数日前から練習していたIVHのポートへ針を刺す作業、今日始めて成功しました。
昨日までは恐る恐るの作業で、父が「痛い!」と声を上げるとつい針を持つ手を離してしまい、何度も刺し直す状態でした。
今日は、心を鬼にし、エイッと押し込み、無事成功。
ガーゼでふたをし、点滴が流れ始めると、父は引きつっていた顔を緩めて一言「やっぱり痛い」。
それはそうですよね、素人のしかも父からするとまだまだ半人前の私が父の胸に針を刺す・・・。
やっぱり怖かったみたいです。

とんぼさん>
 状態的には私の父と同じような経緯をとっていたんですね。
 帰宅が叶えられなかったこと、本当に残念ですね。
 皆さんの力をお借りして、父の安心した顔を見たいと思います。
 本当にありがとうございました。

なおさん>
 アドバイス、励ましのお言葉、ありがとうございます。介護認定は申請が遅れ、まだ判定は下りていないのですが、
 幸い、仮のケアマネージャーの方もとても親切で、色々と相談に乗ってくれます。
 私には、なおさんやとんぼさん、それに一緒に苦労しているここのホームページに来ている皆さん、そんな大勢の皆さんに囲まれていると思うと、心強くなってきました。
 また、くじけた時には「活」を入れてください。ありがとうございました。


286 名前: 娘(15) 投稿日:2006/04/07(金) 00:30
こんばんは。見て下さった方はお返事くださると幸いです。私の父は(詳しい病名や余命?などはわかりませんが)癌なんです。半年以上も入院してましたが、近いうちに退院してきます。私の予想だと最期は自分の家で過ごしたいのかと思います。ケアというか父に対しては普通に同情とかそういうのではなくて優しく接して、たくさん笑わせて免疫力を高めてあげたいです。そこで皆さん?に質問があるんですが私は父の詳しい病名やあとどのくらいなのかとか色々と聞いた方がこの先良いのでしょうか?私自身まだ今年で高校一年生なので大人ではありません。だから気の利いた言葉をかけるのは難しいかもしれないです…。未だに父がそんな状態だとは信じられません。普通に一緒にいたのに…考えるのことも出来ません…。
どなたかアドバイスくださると嬉しいです

287 名前: 虎の尾 投稿日:2006/04/07(金) 12:39
はじめまして。娘さん。
お父さんのことご心配でしょうね。
わたしは昨夏に母を実家で(在宅ホスピス)で看取りました。
これからあなたが感じること、苦しむこと、よくわかりますよ。
私は十分におとな(おばさん)ですが、目の前の大切な母が
弱っていくのをみて、胸が張り裂けんばかりの悲しみでいっぱい
でしたから・・・
そんな中でも、元気な私たちは食べたり飲んだりテレビ観たり、
お風呂入ったり、洗濯して買い物行ってご飯作って・・・って
日常の暮らしをつづけなくてはいけないんですよ。
なにが辛いってそれが、日常を続けることが一番辛かった。
あなたはまだ高校生とのこと。最後だと思うのなら、お父さんをお世話
している人(例えばお母さんとか)のお手伝いでも何でもやってみたらどうでしょうか。
病人を家で看るのって本当に大変なこと。体を拭いてあげたり、体位交換とか、
なにかしらできることあるはずです。
家族がひとりの人のために一生懸命になることって大事ですよ。気の効いた言葉とか
って言えないし、言った本人のひとりよがりにもなりかねないから、
自分の気持ちを押し付けず病人の言うことに耳を傾けてあげる。
でも、病人のわがままにムカっとくることもあるでしょう。
だけど、それがありのままだし、家族なんではないかしら・・・
実際私も、弱くなった母とたくさんケンカしました。

お父さんの病名くらいは聞いておいた方がいいかもしれませんね。
これからどうなっていくのかをインターネットで調べることもできるし。
なんのアドバイスにもなってないかもしれないけれど
「頑張るのはお父さんではなく支える周りの家族」
といういことは、私の経験上言えることです。

288 名前: 娘(15) 投稿日:2006/04/07(金) 13:52
虎の尾さん、お返事ありがとうございます。励みになりました。先日TVでがんの実話ドラマを母と見ていると「あぁ、お母さんとこの人一緒だぁ。うんうん、わかる。」と口にしていました。ちょうど親戚の病院の先生から電話がきて20分以上話をした後に涙ぐんで私達(兄)に「手術しないことになったみたい。無理なんだって。」と言いました。その母の姿を見て驚きました。普段は強くて面白い母があんな気弱になるのは見ているだけで辛いです。もちろん父や母の方が辛いと思いますが。私に出来る事があればどんな事もやろうと思います。母も「点滴のやり方覚えてね」と私を頼りにしてくれるみたいなので頑張ろうと思います!!
退院してきたら家族で旅行に行きます。最後かもしれないので楽しんできたいです!

289 名前: SEIJI 投稿日:2006/04/07(金) 22:59
こんにちは娘さん。
15歳で大黒柱のお父さんがご病気との事、大変ですね。
お兄さんと共に、お母さん・お父さんを支えてあげてください。
私の父も残りわずかな状態で、明日、退院してきます。
身体は弱ってきても、なかなか父の最期の時が近づいていることを受け止められず、
やり残してきた事がいっぱいあるように思います。
ですから、お父さんの病状くらいはしっかり聞いて、
何か役立つことを見つけてあげたら良いのではないでしょうか。
どんな些細なことでも良いと思います。
たとえば、栄養のある食べ物を探すとか、
痛みがあるなら少しでも和らげてあげられる方法を調べるとか・・・。
点滴の話が出たので、ひとつ提案です。コンパクトカメラくらいの大きさで
点滴の流れを制御してくれる「カフティーポンプ」というものが有ります。
点滴がうまく流れなかったり、点滴が終わると音声で案内をしてくれます。
取り扱いには看護士さんから数日の指導を必要としますが、とても便利だと思います。
コンセントからも使用できますし、乾電池2本でも動きます。
点滴バックと一緒に入るケースに入れれば、簡単に持ち運び可能です。旅行にも便利ですよ。
もし必要な状態ならば看護士さんに相談してみてください。
家族揃っての旅行、大切な思い出になると思います。
是非楽しんで来て下さい。

私も明日からは父の専属看護士役です。
お互いに頑張りましょう。

290 名前: 虎の尾 投稿日:2006/04/07(金) 23:22
娘(15)さん。
お母さんとお兄さんと三人いれば大丈夫。
私は、今でも「あぁしてあげたかった」「もっとやってあげたかった」
と思うことたくさんあるんです。私も最後の旅行に連れて行きたかったけど
体力的にもう無理でした。ただおうちに帰ったことで、お父さんにもきっと
よい兆候が見られるでしょう。なんてったって家族と一緒にいられること、
住み慣れた我が家で過ごせることほど末期の患者さんにとって幸せなことってないから。
点滴や清拭、最後は、おしものお世話もあることでしょう。しっかりね!!
痛みのコントロールさえ上手くいけば、ある程度の期間はきちんとコミュニケーション
とれますから・・・
お母さんを支えてあげてくださいね。多分わたしあなたのお母さんと同い年くらいかも!
ほんとに応援してます。
今の在宅ケアは、病院の先生も知らなくらい発達していると母の最後の主治医が
言ってました。訪問看護、緩和ケアの質も上がっているそうです。
実際、私の場合もかなり看護師さんに助けてもらいました。
でも、家族でできることってたっくさんあるんですよ。私も点滴の針を抜針したり
麻薬の張り薬(デュロテップ)を張ってあげたり、座薬(ボルタレン)入れたりとかしました。
がんばってね。
ご家族での旅行をぜひ楽しんできてくださいね。いっぱいいっぱい写真とって
ビデオ撮って。思い出を語り合うのもいいし。

ここのレスを読んでて不安そうなあなたの投稿が目に止まったので
思わず私の経験も交えてお話させていただきましたが、
他にもたくさんたいへんな思いや悲しみを抱えているかたが
いらっしゃるので、そういうレスもどうか参考になさってくださいね。
どうかお父さんと良い日々が送れますように。



291 名前: ポーラ 投稿日:2006/04/09(日) 10:09
こんなにたくさんの方々が、癌によって
残された時間の中で苦み悩んでいた、いらっしゃられている。
もっと早くこの掲示版をみつけたかったです。
 私も父が、限界の癌の痛みにより終末期に入り入院したのが1月30日でした。
家族は癌の知識が充分にないまま戦いに突入してしまい毎日が辛くせつないです。
昨日より今日・・・という早い日ごとのペースで衰弱していく父、
すべてやってあげたいことが後手後手にまわっていくのです。
食べたいものを用意したときにはもう経口摂取ができなくなり、
家に戻ってきたときのためにと和式トイレを洋式になおしたのに、
すぐに歩くことができなくなり、おむつになってしまいました。
歩けなくなったときのためにと車いすの準備をしたら、
使ったのは1度だけで、すぐに寝たきりになってしましました。
なおる看護ではなく、看取る看護に気がついたのはこんなときでした。
 残りの時間をよりよく生かせてあげたいという思いでこの2ヶ月
母・妹・孫たちと、何もできないもどかしさの中でも
気が付いたら父を囲んで父のことだけを考えて、
ひとつの温かい空気が生まれている気がします。
父は神様かもしれないとも思える今日です。
 神様に与えていただいた命を、あと数日でおかえししなくてはならない今
痰と戦っています。吸引を嫌がり、大きく肩で息をし、喘鳴をあげています。
小さなやっとの声で、家に帰りたい・・・と何度ももらします。
あと1日か2日か、何をしてあげられるのでしょうか。
 涙がとまりません。

292 名前: 娘(15) 投稿日:2006/04/09(日) 11:34
SEIJIさん、虎の尾さん、ありがとうございます。SEIJIさんが教えてくれた点滴のセット?はもしかすると父が昨日から始めた点滴のと同じかもしれないです。昨日の夜に母がやっているのを見ているとなんだかすごく大変そうでした。私がやると気が遠くなりそうです…でもこんな私にも出来る事を見つけました!!たくさん笑って父を楽しくさせる事。こんなことくらいしか出来ませんが父に対して感謝の気持ちを忘れずに少しでも父にとって良くなるよう生活していきたいと思います!
虎の尾さん、すごく心にしみる言葉をありがとうございます。そうですね、もっと辛く悲しい思いをしている方もいるのでそういう方のレスも参考にしてみたいと思います。そして父と母と兄と私の家族四人で楽しい日々をこれからも送っていきたいです。旅行は今月中に行くみたいなので思い切り楽しんで来ます!本当にありがとうございました。

293 名前: なつ 投稿日:2006/04/11(火) 09:18
はじめまして...
父が入院して10日になります。心筋梗塞の持病をもってるので
倒れた時はそれが原因と思っていました。
でも検査の結果は末期の食道癌でした。肝臓にも転位をしていて
大動脈もリンパも心臓を圧迫して危ない状況でした。
今は落ち着いてますがこれからの事を家族が決めてくださいと言われ
化学療法かなにもしない...選択してと言われました。
とても良い先生なので話はきちんとしてもらってますが、家族としては
なにが一番良いのかわからなくパニックになってるのです。
末期の癌に化学療法が本当に効くのか...苦しくなくだけならやらない方がいいのでは...
因に父は77才です。

294 名前: SEIJI 投稿日:2006/04/11(火) 23:04
なつさん>
初めまして。お父さんがご病気との事、大変ですね。
うちの父も、10年ほど前に心筋梗塞を起こし、3年前に、食堂および胃癌のため胃とその周辺の摘出手術をしました。その後リンパ転移、肝臓への転移が認められ、抗がん剤治療を行いました。
結果、癌の進行はいくらか抑えられましたが、副作用で体力の低下が著しく、食べられなくなり、低栄養と、薬の影響から狭心症を発症。救急車で運ばれました。
体が持たなくては、治療は不可と言うことで、抗がん剤は打ち切り。
その後、昨年末から丸山ワクチンの投与を開始しました。こちらはまだはっきりとした効果が出ていませんが、効いてほしいと願いながらの投与です。
現在、その他の治療法も無く、当人の強い自宅療養希望により、24時間のIVH(中心静脈栄養)と、麻薬による鎮痛剤を使用し、毎日を過ごしています。
退院してまだ4日目ですが、病院にいた頃とは別人のように元気になってきました。病は進んでいると思いますが、精神面はかなり落ち着き、これが今できる最善の治療法と信じています。
父は72歳、残りわずかな状態と言われています。

なつさんも、主治医の先生とよく相談をして抗がん剤の使用・不使用を決めたほうがよいと思います。
一口に抗がん剤といっても、いくつも種類があるようです。
父は2種混合を2パターンしました。1パターン目は副作用はまったく無く、効果そのものも薄かったように思います。
2パターン目は上記のような結果になりました。
人によって効果が上がる人、副作用が強く出る人、色々あるようです。
私も素人なので、良い・悪いとはっきりは言えませんが、無理はしない程度に、いくつかの治療方法を探っていくことが必要に思います。
大したアドバイスもできないので、父の事例をつづってみました。何かお役に立てば良いのですが・・・。

ご家族の不安な気持ちは、お父さんを不安にさせてしまうと思います。
どうか、少し気を落ち着けて、これからの治療に望んでください。
お互いに頑張りましょう!!

295 名前: なつ 投稿日:2006/04/12(水) 14:41
SEIJIさん
お返事ありがとうございます。
先が見えない不安の中、親身になって考えていただき本当にありがとうございます。
SEIJIさんのお父様、今は落ち着いているとの事、良かったです。
心筋梗塞、癌、肝臓の転移...父の病状とあまりにも似ているので人事とは思えません。
今の落ち着いてる状況が長く続く事を祈っています。
父は抗癌剤の治療をやると言いました。
でも...父には癌告知はしましたが、何もしなければ後1~2ヶ月とは知りません。
治療をすれば元気になると信じてるのです。
今は食事もできて回復しているようにみえます。本人も家族も元気になるんだ...と
錯覚してしまうくらいです。しかし実際は...
抗癌剤の副作用の事も医師から嫌というほど聞きました。返って命を縮める事も...
やっても止めてもどちらを選択しても後悔は残ると思っています。
でも今は父が決めた事なので従おうと思います。
治療は来週からなので今週末外泊することにしました。
家に帰ったら何しようかなあ...と楽しそうに話をしています。
父に残された一日一日を大切に過ごさせてあげたいと思います。
私達も頑張ります!SEIJIさんも頑張ってくださいね!



296 名前: のの。 投稿日:2006/04/16(日) 23:34
ありがとうございました。>なおさん
緩和ケアの先生から転院のお話があった後書き込みしましたが、翌日(4日)に主治医から再度呼び出しがあり体調が良くないとの事で転院の話は無くなりました。
週単位の余命で、いつ何があってもおかしくない状態とのことでしたが、6日の明け方に父は他界しました。
電話があってすぐに駆け付けましたが最後に間に合いませんでした。
勝手にもう少し時間があると思ってしまっていたので、心の準備もできないまま逝ってしまいました。
今思えば、死直前の兆候はたくさんあったと思うのですが・・・悔いてなりません。

一度もナースコールを押さなかった父。
最後まで痛いとも苦しいとも言わなかった父。
ドクターストップがかかっても抗がん剤治療をやりたいと言った父。
ひやひやしましたがうちの父カッコイかったんです。
最後まで・・・私達に死を見せないで・・・逝ちゃって・・・。
なおさん、ありがとうございました。
なおさんのお陰でこの数ヶ月温かい気持ちを持てました。






297 名前: なお◆E0MeiFiwsU 投稿日:2006/04/17(月) 02:15
ののさん、お辛いなか書き込みをして下さってありがとうございます。
最後まで治療に意欲を持ち、苦しむ姿を見せなかったお父様は、ほんとうにご立派な方だと思います。
お嬢様からカッコイイと思われてお父様も本望かもしれませんね。

全ての人が最後の瞬間に立ち会えるとは限らないし、悔やむお気持ちも解りますが、ののさんがお父様を自宅で介護したいと考えていらした優しい思いはきっと伝わっていますよ。
葬儀や何やらで忙しかったでしょ?
天国のお父様に安心してもらえるように、これからは頑張って生きましょうね。
お父様のご冥福をお祈りします。

298 名前: UB40 投稿日:2006/05/03(水) 03:44
SEIJIさん

久しぶり掲示板を見ました。
私の父は、末期癌で昨年の11月に亡くなりました。73才でした。
私の父と年齢が似ているのでたぶん同世代かな。

私は、父と別居だったので自宅介護まで踏み切れませんでした。
だからSEIJIさんには、たいへんかもしれないけれど頑張って
もらいたいです。応援します。

私の場合、父が亡くなった後、あの時こうしてやればよかった
とか、もっと父といろいろ話しをしておけばよかったと
後悔することがあります。また休日に子供と遊んでいるとき
急に「おじいちゃんにまた会って遊びたいな」と言われると
なぜか自分が子供だった頃の父と遊んでいたシーンがよみがえって
きます。

うまくいえないけど・・・・安定した気持ちを保ち続けていくこと
が親孝行につながるのかなと思ったりします。

関係ないけど私も以前なおさんに励ましてもらいました。
なおさん 今後もみなさんを元気づけてくれるよう
お願いします。 







299 名前: なお◆E0MeiFiwsU 投稿日:2006/05/03(水) 10:56
UB40 さん、お久し振りです。
『去る者 日々に疎し』と言うけれど、まだまだ思い出してしまいますよね。。。

私は今度は義母の痴呆が進んで、毎日いろいろです。
時々『お父さん、どうしたらいいでしょう?』なんて天国にいる義父に話し掛けてしまいます。

お互い、順番通りに親を見送ったということで、胸を張って頑張って生きましょうね(^^)

300 名前: SEIJI 投稿日:2006/05/05(金) 18:37
UB40さん なつさん とんぼさん 娘さん
色々と御世話になりました。
UB40さんには、せっかくの励ましの言葉を貰っていたのに、メッセージに気づいたのは今日。
そして父は昨日の夕方旅立ちました。

やれる事は全てやる!そう意気込んで望んだ介護でしたが、
最後の3日間は痰がからみ、自力で出すこともできず、度々吸引機を使いました。
気も落ち着いていた父ですが、吸引機のチューブを喉に進めると、もがき苦しみました。
静かに旅立ってほしい・・・そう思っていましたが、苦しむ父の口にチューブを送り込む私が居ました。
動けず無抵抗な父を苦しめている自分が居ました。思い出すと涙が止まりません。。。
痰を取った後は、全身で大きく息をし、呼吸を整えようとしていたのですが、
その日はなかなか落ち着かず、やっと静かになったと思ったら、そのままでした。
いくら酸素を送り込んでも、血中酸素濃度が50%を切り、かったるい、疲れた、苦しい・・・。と
どうにもならないもどかしさで、頭をゆすぶり、弱々しくも腕を振り回し、息苦しいと訴え・・・。
でも何もしてあげられず・・・。
望んでいた「落ち着いた最後」とはかけ離れた世界でした。
私は介護をしていたのでしょうか、最後の最後まで苦しみを与えてしまったのでしょうか、分からなくなります・・・。

ようやく息が落ち着き、自分で少しずつ口の中の痰を舌でかき集め、母がそれを拭い取り・・・
父は旅立ちました。

苦しんだハズなのに、今までに見たことも無い落ち着いた顔で、下の部屋に眠っています。
もう人が苦しむ姿は見たくありません。

ゴールデンウィーク明けには注文しておいた父の点滴と、痛み止めのデュロテップが薬局から届きます。



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