がんの早期発見に威力を発揮【PET検査】

秘密厳守の郵送血液検査

癌掲示板..>末期癌と介護について

1 名前: かず 投稿日:2001/10/04(木) 00:17
はじめまして。末期癌宣告を受けた母(68歳)の介護について、
どなたかご助言いただければ幸いです。
(生活保護を受給中です。)

手術でも救えない・・・という事から、放射線療法を続けてきましたが、
“杖をつけば5分程度はゆっくり歩行できる”ところまで回復した為、
一時退院をすることになりました。

現在、要介護2の認定を受けていますが、これまで通り(2時間×週3回)の
訪問看護では、3度の食事や入浴などが行えず、自立できぬままの退院に
不安を抱いています。

「一人暮らし」という事情もある為、家族のフォローとあわせ、ヘルパーさんの
訪問頻度を増やしたいところですが、末期癌の場合、介護保険ではなく、
医療保険の適用で対応という情報を耳にしました。

いずれにしても、介護認定度の見直しが必要との事ですが、
認定度があがらなかった場合の対策を考えると、とても不安です。

どなたか、似たような境遇の方、あるいは末期癌患者の介護について、
何らかの情報があれば、ご助言いただきたくお願いいたします。

訪問介護を受けながら、別途有料でヘルパーさんを手配することも
考えています。何卒、宜しくお願いいたします。

401 名前: ピエロ 投稿日:2006/10/11(水) 00:08
つーとんさんありがとうございます。お願いに行った医大病院は定位放射線治療(?)に使う機械があるらしく、そういうのも期待してお願いに行ったのですが、副作用の事もあり、期待薄じゃないかと思います。今度、東大の件も調べてみます。たけさん、以前聞いた話しでは、点滴は栄養剤らしいです。それとムカつき止め(?)も入ってるらしいです。在宅の事も考えたのですが、親父が高血圧持ちで膝痛の調子が悪い日もあり、なかなか難しい面もあります。恥ずかしい話、家も広くはありませんので。幸いに、現在癌のとう痛らしきものはあまり無く、声は出せずともこちらの言うことは理解できるみたいです。もう少しの頑張りがあれば、一緒に散歩したりできる日が来ると信じています。頑張ります!

402 名前: しん 投稿日:2006/10/11(水) 01:24
ピエロさん、
私が考えていた以上にお母様の状態は良くない様ですね。口から食べる事ができず、声もはっきり出せないという状態ですと、日に日に痩せて起き上がるのも大変なのではありませんか?これから治療のために転医する体力がありますか?私の母はそういう状態で数回外泊をしましたがとても移動に疲れました。抗がん剤の副作用はとてもくるしいそうです。知り合いの身内が肺癌で亡くなられましたが、その副作用がある間は本人はもちろん、看ていた家族も本当に苦しかったそうです。私には医学的な知識はありませんが複数のお医者さんが無理と判断されるのでしたら緩和ケアをしてくれる病院で残された時間を過ごされたらいかがですか?

403 名前: とおりすがり 投稿日:2006/10/11(水) 22:50
ピエロさん
治療は時として、副作用をともなうこともあります。
体力が著しく低下した患者さんには、たとえ注射の針1本でも、大変な苦痛となる場合もあります。
誰のため、何のための治療なのか、よく考えられた方が良いかと思います。
緩和ケアに移られて、痛みのコントロールが改善され、一時的にせよ体力面で回復される患者さんもいらっしゃいますよ。

404 名前: ピエロ 投稿日:2006/10/11(水) 23:55
しんさん、とおりすがりさま、貴重なご意見ありがとうございます。母にとって、一番負担の少ない緩和治療を考えるのが良いような気がします。残された時間を大切にしたいと思います。ありがとうございました。

405 名前: つーとん 投稿日:2006/10/12(木) 07:14
ピエロさん、緩和ケアにはいるためには早くてをうたないと、人気がある病院では半年まちとかみたいですお母さまと一日一日大事な時間を過ごしてください。

406 名前: つーとん 投稿日:2006/10/13(金) 22:44
しんさん、どうおすごしですか?今ぐらいにいろんな疲れがでてくると思いますが元気をだしてがんばってください。

407 名前: しん 投稿日:2006/10/14(土) 23:54
つーとんさん有り難うございます。母が入院した時はつーとんさんとタケさんにいろいろ教えていただいたり、励ましていただいて苦しい時を乗り越える事ができました。
今は無事葬儀も終え、仕事にもどりました。異常な眠気と食欲に数日前から襲われています。辛い数か月でしたが息子たちは自立することを学び、また私の頑張りを尊敬してくれ、体を気遣ってくれました。
台所に立ち入らなかった夫は手伝ってくれるようになり、これまでは不満だらけでしたが家族の絆は深まった気がします。
ふと病室の臭いや苦しんでいた母のすがたを思い出しますが、得たものもありました。本当に有り難うございました。


408 名前: つーとん 投稿日:2006/10/30(月) 01:04
のっぱらさん、どうおすごしですか?

409 名前: しん 投稿日:2006/11/14(火) 16:16
つーとんさん、タケさんお元気ですか?いろいろ有り難うございました。先日義母の49日法要を無事すませました。早いものですね。お体に気をつけて下さい。

410 名前: つーとん 投稿日:2006/11/15(水) 04:10
しんさん、だいぶ落ち着かれましたか?私のほうは母の年金とかで忙しいです。亡くなって半年以上たつのにて怒られましたよ。しんさんもお体に気を付けてください。

411 名前: しん 投稿日:2006/11/21(火) 01:26
つーとんさん、有り難うございます。変な事をお聞きして申し訳ありませんが、喪中の時の年始はおせち料理や、お餅などは用意しないで普段どおりにすればいいのですか?


412 名前: つーとん 投稿日:2006/11/22(水) 01:06
しんさん、その辺のことはよくわからないです。世間の常識とかはよくわからないですが、私を正月の用意をして母に安心してもらおうと思っています。淋しいお正月ですが

413 名前: 通りがかりの者 投稿日:2006/11/22(水) 09:22
生意気かもしれませんが。
お正月料理の件ですが、親族で別居でしたらあまり深くかんがえなくても。
同居してた場合は、生ものは避け精進料理に近い物が望ましいと、
これはあくまでも私のかんがえです。
参考になれば幸いです。

414 名前: しん 投稿日:2006/11/22(水) 20:24
有り難うございました。とても参考になりました。
分からない事ばかりです。喪中のはがきも早く書かないといけないですよね。親しい人の場合でもハガキには一言書き添えない方がいいのでしょうか!?

415 名前: 通りがかりの者 投稿日:2006/11/22(水) 22:08
おせっかいとは思いましたが・・・
現在家族が闘病中で、掲示板は見せていただいています。
今日念のため、ご主人を(何年か前になりますが)無くされた友人にきいてみました。
お餅なども良いようです。親しい友人には淋しいからハガキだけは頂戴と書き添えたそうで、
あまりこだわらなくても、心がこもってれば良いのでは。
出すぎてすみません、黙って居れない性質でついついでしゃばってしまいました。

416 名前: 通りがかりの者 投稿日:2006/11/22(水) 23:20
しんさん、一度で事足りず失礼します。
喪中心得の本を開いてみました。
鏡餅、しめ飾り類は、駄目のようでした。
喪中にもかかわらず、年賀状が届いた場合には、すぐ返事をださずに、
正月が過ぎてから、賀状のお礼と共に寒中見舞いを出すと良いようです。
例ー寒中お見舞い申しあげます
   昨年0月0日0000を亡くし服喪中でございますのでお年賀を遠慮
   させていただきました。
以上であとは何か添え書きをするとよいでしょう。とのことです。

417 名前: しん 投稿日:2006/11/23(木) 14:27
つーとんさん、通りがかりさん、本当に助かりました。このサイトに書く内容ではないのにあまりにも不謹慎でした。ごめんなさい。ご親族が闘病中の方にこんな事聞いてしまい御免なさい。 

418 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/11/23(木) 23:46
しんさん、そういうこと無いですよ。
分からない事はおたがいさま。私もサイト違いとはおもいましたが、
これぐらいは良いんとちがいますか。お互いが納得すれば・・・・
サイトを乱したわけでもないので、みなさん大目に見てくださいね。

419 名前: 投稿日:2006/11/24(金) 11:22
はじめまして。
主人が今年の2月、胃を原発として肝臓、リンパ節に転移している癌とわかりました。
手術をできる状態ではなく、ずっと抗癌剤治療を続けてきました。
こちらの掲示板でいろいろ情報をいただいたり、大変なのは私だけではないんだと自分を奮い立たせたり、お世話になっています。
今は、白血球の値が悪いので治療できず、先週思い切って在宅療養にしました。
癌が胃の幽門部にあるため、食べても腸まで届かず、バイパス手術しましたが食べられたのはしばらくの間でした。
抗癌剤や痛み止めの副作用もあるのか、食べ物を見ただけで吐き気が襲ってきます。栄養剤の点滴を外すことができないので、退院はムリだろうとあきらめていたのですが、
私が点滴の交換をできればいいと言われ、なんとか覚えました。
退院して10日になります。
できれば新年を一緒に迎えたいと願っていますが、ここ2~3日は日中もウトウトと寝てばかりいます。
やはり連れて帰ったのは間違いだったのではないかと思うようになりました。
幸い、主治医は誠実な人で聞いた事には丁寧に答えてくださるし、「ムリだと思ったらいつでも病院に戻るように。すぐ入院できるようにしてあります」と言ってくださっています。
48歳ですが、特定疾病なので介護認定も受け、ケアマネージャーも相談に乗ってくれます。
でも、やはり同じ経験をしている人のお話が何よりの励みになります。
長くなって申し訳ありません。書き込みは初めてだし、この先も書く時間が取れるかはわかりませんが、毎日目を通すようにはしていますので、よろしくお願いします。





420 名前: つーとん 投稿日:2006/11/24(金) 22:21
Yさん、旦那様が大へんな状況ですね。毎日が大変だと思います。旦那様とともに一日一日を生きてください。

421 名前: 投稿日:2006/11/25(土) 21:23
つーとんさん、ありがとうございます。
昨日、尿の出が悪くて心配になり、オロオロしてました。
こんなに早く具合が悪くなるなら、病院にいたほうが良かったのかと、かなり落ち込んでました。
でも、つーとんさんに言われて思い出しました。
残り少ない日を一緒に過ごしたいと思ったのは私なんだと。
今病院に戻れば、利尿剤を使って導尿するぐらいしかできないそうです。
ギリギリまで家でがんばることにしました。
今日は一日中体をさすってます。こちらも腱鞘炎になりそうで少々イライラ気味ですが、体を触ってもらうと安心するのだと看護婦さんに言われました。
孤軍奮闘の気分だったので、励ましていただいたこと、とてもうれしく思います。

422 名前: yuk 投稿日:2006/11/25(土) 22:13
Yさん、大変な毎日だと思います。後悔することが少ないよう、一緒に家に入れる時
を大切にしてください。私は父を自宅で看取りました。
末期と言われ自宅に帰り、本当に大変な日々でした。
私もYさんのように父の体をさすり続けました。
病院ではなく、自宅で過ごすことができる事は、ご主人にとっても、
よいと思います。何もできなくても、自分の家のにおいをかぎ、
自分の家の音を聴き、そこにずっと家族がいる、その空間に身をおけること
それだけでも何よりの幸せだと、私は思います。
Yさん自身もお疲れだと思います。ストレスを何かの形で解消できるとよいですね。
ほんの少しの時間でも、外にでるだけでも違います。
ご主人以外の誰かと話をすることでもちがいます。
ご主人のためにも、Yさん自身が心と体を大切にしてください。

423 名前: しん 投稿日:2006/11/26(日) 02:26
Yさん、はじめまして。天然ボケのしんです。
ご主人の若さに驚きました。本当にお辛いですね。
在宅の介護の準備も完璧のようですし、先生も優しい方に恵まれて良かったですね。これからはYさんの体力が頼りです。どんなにつらくてもしっかり食べて下さいね。まる2日、一睡も出来ない、おにぎりぐらいしか食べられない様な日もありますので、お体にはお気をつけください。私の唯一の息抜きはここで皆さんに励まされ、いろいろ助けて頂いたことでした。
これからも宜しくお願いします。


424 名前: 投稿日:2006/11/27(月) 11:01
つーとんさん、しんさん、ありがとうございます。
孤軍奮闘と書いてしまいましたが、うちは6人家族です。
ただ、主人の両親は82歳と78歳。病状を話すことをためらったのですが、隠し事を嫌う性格だし、県外に住む主人の姉も、「何でも話したほうが両親のためだ」と言うので、最初から全てきちんと伝えています。
が、自分たちもほとんど病気知らずだったしその周囲にもこんな病気になった人はいないので、相談相手としてはあんまり頼れないのです。
(今まで20年間のあれやこれやもあって、素直に頼れない私もかわいくない嫁だとは思いますが・・・)
経済的な面では助けてもらうことも多いので、その点ではとても感謝しています。
高2の長男、高1の長女もいますが、何かと忙しく、入院している頃は見舞いに行く事もほとんどなかったので、今は学校から帰れば父親がいる、というのがいいのかなあ。
昨日は私が買い物に出かけている間に、主人がおしっこをうまくできずパジャマを汚したのですが、息子が着替えを手伝ってくれていました。
ありがたかったのですが、これが娘だったら、親子の間に気まずいものがあっただろうかとちょっと考えています。
思春期の子どもに、だんだん弱っていく父親を見せることはどうなんだろうと・・・
自分の中の父親のイメージを崩してしまいそうです。

みなさん、私の体を心配してくださっていますが、申し訳ないくらい元気です。
近所の友達にも「とてもそんな大変な事情を抱えている人には見えない」と呆れられています。
食事もしっかり食べてます。10年前に母を大腸がんで亡くしたのですが、その時も、姉と「しっかり食べて体力つけとかなきゃ!」と食事だけは欠かさず摂っていたら、危篤から葬儀を終えるまでの1週間で二人とも1キロずつ太ってしまっていたくらいです。
友達とランチやお茶をするのが息抜きでしたが、今はそんなこともしていられないので、ここを息抜きの場にさせていただきます。


425 名前: つーとん 投稿日:2006/11/28(火) 03:13
Yさん、お父様お母様に伝えることは大変だと思います。私も母が胃癌の末期で私は末っ子なんですがそのことを兄姉に伝えるのが一番大変でした。息子さん娘さんたちに偉大な父親の背中をみしてあげてください。応援してますがんばってください。

426 名前: はるな 投稿日:2006/11/29(水) 02:25
Yさん、はじめまして
父親の弱っていく姿から得れるもの それは生きるということ
生きているその事がどれだけ大切なことか・・
父を癌でなくした私が、最期に父から教えてもらったことです。

在宅介護は大変でしょうが、子ども達にしっかり知らせてくことは
この先の人生感を育てていくものだと、思います

427 名前: 投稿日:2006/11/29(水) 09:46
初めまして。Yさん、同じような者がここにもいますよ。
主人は57歳。私は43歳。胆管癌で14時間の手術を2月16日に行いました。
リンパ節も46個中17個に転移がありました。予後は7~8ケ月が平均と言われたので
頑張ってくれてます。胃が殆んど機能せず、食道の幽門部付近に再発があり、ステントをいれました。
唾液も流れないほどでした。今は反対に逆流してくるのでベッドを起こしています。
フルカリック2号を毎日8時間してます。11月20日に退院して自宅療養中です。介護保険はまだ申請してません。
むくみが出たので、利尿剤を飲んでます。足をさすってあげてたら、だいぶよくなりました。
私は一人っ子。愚痴がこぼせずギリギリ状態。22歳の息子と19歳の娘に少し愚痴ってます。高2の息子はなかなか・・・
でも、お父さん凄く痩せたね。と心配してます。
今は「うつ」になり、そちらのケアが大変です。精神科でみてもらい大分落ち着いてきましたが、
一時は地獄のようでした。
とにかく母は強し、お互い悔いの無いように努力しましょうね。

428 名前: 投稿日:2006/11/29(水) 11:16
みなさん、ありがとう。
夢さん、はじめまして。
ここでの書き込みはほとんどの方が親御さんの相談ですよね。大切な人が・・・という点では誰であってもみんな一緒な思いだとはわかっているのですが、やはり同じ境遇の人のがんばる姿は励みになります。
抗癌剤を使っている間は、副作用のつらさに、「こんな薬やめればいいのに」と思っていましたが、今思えばあの薬のおかげでここまで来れたんだとわかりました。
身体的な疲れより、会話が成り立たないことの寂しさがつらいです。眠っているかボーッとテレビを見ているか、話しかけてもピントのずれた答えが返ってくると「こんな人じゃなかったのに」と思ってしまう。
いずれそうなるとは思っていたけれど、1ヶ月2ヶ月後のことと軽く考えていたから。
でも、夢さんのように本人が苦しんでいるのを見てるのはもっとつらいですよね。
介護保険は申請してから認定されるまで、結構時間がかかります。認定だけでも受けておけば、使いたい時にすぐ頼めますよ。
うちは今、電動ベッドとエアマットをレンタルしています。エアマットのおかげで床ずれが消えました。

429 名前: くるみ 投稿日:2006/12/09(土) 23:23
はじめまして。母が癌を患っておりときどき拝見していました。
どうしてこんなことに、と思い悩むことが多かったので、
同じような状況の方がいらっしゃることがとても励みになります。

母は昨年、腎臓癌からの脳転移で手術をし、約1年後に数箇所に再発しました。
今年の9月に体調が悪くなり入院し、その時には余命3週間。
放射線も既に限度いっぱいにかけた後だったのですが、脳の壊死覚悟で
さらに放射線治療を行いました。そのおかげか体力も回復し、
10月に退院の許可がでました。先生は病院にいても、自宅に帰ってもどちらでも
良いということだったのでとても迷いましたが、家庭の事情で毎日病院に通うことが
できないため自宅で看病することにしました。
右半身麻痺が起きていたため、介護が必要な状態でした。
準備期間がなく、初めてのことばかり。本当にきつかったですが、
役所の方、ケアマネの方に助けられました。

退院してから少し良い状態が続いたのでこのまま治るのかと勘違いしそうなくれいでした。
でも現実には少しずつ悪くなってきました。
退院したばかりのころは、なんとか自分でトイレまで行くこともできたのに、
今はオムツが必要。
いろいろ話もできたのに今はほとんど声を発しなくなり、
家族のことも認識できているのかわかりません。
こちらが笑いかけるとにっこりすることがあるのが救いです。

Yさん、夢さんは旦那様ということでまた違う思いなのかもしれませんが、
会話ができないのは本当に悲しいです。
元気なころとは180度違う人になってしまったようで、
イライラしたり、こんな状態だったらいっそのこと早く・・・
と思ってしまったことが何度もありました。
でも、今は後悔しないようにできるかぎりのことをしてあげようと思っています。



430 名前: つーとん 投稿日:2006/12/09(土) 23:55
くるみさん、お母様大変な状況ですね。私も母の介護を3ヵ月間やりました。自宅で介護する人の大変さご苦労はわかります。お母様とご一緒に一日一日を大切に過ごしてください。

431 名前: 投稿日:2006/12/10(日) 18:19
相手が誰であれ、大切な家族を介護するというのは大変なことだと思います。
私の先日の書き込みは、親御さんの介護をされている方に失礼だったと反省しています。
ただ、時々この先の生活を考えるとどうしていいかわからなくなってしまうことがあります。
今はそんなことより、目の前の現実を第一に考えなければいけないと、自分に言い聞かせるのですが・・・

主人は一時期昼夜逆転のような状態になりましたが、今はまたほとんど一日中寝ています。
痛いとか辛いとか言わないだけでも良しとしよう、と思うようにしています。
紙おむつを使うのは嫌がっていたし、私も極力がんばってきましたが、おとといからどうしようもなくなって、使うようになりました。
申し訳ないとは思うけれど、体力的にはかなり楽になりました。
でも介護に関しては素人なので、なかなかスムーズに換えられないこともあります。
大変な時は、主人の両親も巻き込んでの大騒ぎになります。「我が子のことだから気にするな」と言ってくれた時は、やはりありがたかったです。
でもやっぱり高齢でもあるし、今、腰を痛めてもらっても困ります。
なにかコツがありましたらどなたか教えていただけませんか?

432 名前: くるみ 投稿日:2006/12/10(日) 23:24
つーとんさん、ありがとうございます。これからアドバイスなどいただくことがあると思いますが、
よろしくお願いします。
Yさん、失礼なんてことはありません。お互いがんばりましょう。
私の母も昨日くらいからほとんど寝てばかりの状態です。
痛さを訴えたりしないので、同じように少しばかり気持ちが楽になります。
うちの場合はおむつを使うようになったのは4日ほど前です。
本人の意識がはっきりしていたら絶対に嫌がっていると思います。
実際、ぎりぎりまで自分でたちあがろうとしていました。
この点でも意識があまりないのでよかったかなと思っています。
母はわりと体格がよく、今は体を動かすのも自分ではできないので
やはりオムツ変えは非常に大変でした。
これはプロに聞かなくては、と思いケアマネさんに相談し、
ヘルパーさんに1日1回きていただくことにしました。
また訪問看護の看護師さんも同時に通ってくださることになったので、
コツなど教えてもらうことができました。
うちの場合はテープ止めのオムツは1日1回ヘルパーさんに交換して
もらい、パッドを入れておき、私はパッドだけを交換するようにしています。
汚れがひどいときなどは、オムツ交換が必要かと思いますが、
便秘で便もでていないのでそういったことはまだないです。
オムツ自体の交換ですが、ヘルパーさんはオムツを半分くらい縦に折って、
体を横に起こし、オムツを置いて、体を戻して反対からひっぱり出していました。
言葉での説明はなかなか難しいです。
1度だけでもヘルパーさんにお願いしてみてはいかがでしょうか。



433 名前: yuki 投稿日:2006/12/12(火) 11:15
男性用の尿とりパットを陰茎に巻くようにして使うと、お小水のときは
それだけを取り替えれよいので、交換も簡単です。使い方は、男性用の
尿とりパットの袋の裏などに書いてあることが多いいです。
上手くいかない場合は、三角に作られている、尿とりパットも売っています。
排尿の大体の間隔をみながら、1回か2回で交換すると、もれる前に変えられ、
パットの交換だけですむと思います。

434 名前: 投稿日:2006/12/12(火) 13:33
ありがとうございます。
ごめんなさい。言葉が足りなかったようです。
おしっこは、yukiさんがおっしゃるようにしてとっています。
うちも、くるみさんのお母様のように、ずっと便が出ていなくて、何も食べてないからもう出ないだろうと勝手に考えていたら、土曜に、思いがけず、大量のゆるい便が出てしまったんです。それはもう突然だったので、家中大騒ぎで取り替えました。
それから紙おむつにしたのですが、その後もゆるい便だと、一人で体を支えて拭き取ることができなくて、何とかならないかと思ったのです。
昨日訪問看護師さんがいらしたので相談したら、「こういう場合は、頼める人を総動員してでも手早く換えたほうが、本人さんのためにも貴方のためにもいいよ。」と言われてしまいました。
随分やせてしまったと思っていたけれど、抱える、支えるとなるとかなり大変ですね。横に向けてベッドサイドの手すりをつかまらせても、力が入らないのでダランとなって戻ってしまいます。
50キロの人形と格闘しているようなものです。

435 名前: yuki 投稿日:2006/12/12(火) 15:46
何も食べていなくても、不思議と排便はあるものですよね。
ゆるい便が続くと、仙骨やお尻の周囲の皮膚のトラブルにもつながりますものね。
ベット柵につかまっていられない時には、やはり、横向きにして、他の人に肩と腰骨あたりを
支えてもらいながら、背中側からきれいにするのがよいかと思います。
拭くだけでなく、お湯で洗い流して、よく拭いて湿気を残さないようにすると
いいと思います。具体的には訪問看護師さんのやり方を見て、コツを教わるといいですよ。
人の体を動かしたりするのには、力よりも、コツです。
無理に力だけでしていると、介護している側が腰や関節を痛めてしまうものです。
ぜひ、コツを教わって。少しでも、Yさん自身もご主人も負担が軽くなりますように。
私も父は180センチ近くあり、痩せたと言えども、大きな大きな父の介護をしてきました。
Yさんの言うように、話がつじつまが合わなくなり、寂しい気持ちを感じたこともありました。
それでも、一緒に過ごせるということは、本当に幸せなことです。
今の時間を大切に、よいときを過ごしてください。

436 名前: 投稿日:2006/12/15(金) 16:54
yukiさん、ありがとうございます。
おっしゃるようにして、汚れた時は母に手伝ってもらいながらなんとかがんばっています。

先日ケアマネージャーさんが様子を見に来て、「最期まで自宅で」という気持ちに変わりがないか、確認されました。
自宅で息を引き取った場合、すぐなら救急車で病院まで行けるけれど、時間が経った場合は救急車には乗せられない、場合によっては警察が検視をするという話を聞きました。
開業医なら、往診に来て診断書を書いてもらえるそうですが、主人のかかっているのは総合病院で、「何かあったらいつでもおいで」とは言ってくれますが、往診はしてくれません。
いろいろなことを考えて、もう限界かなあとも思いましたが、両親とも相談して、やはり自宅で過ごすことにしました。
気持ちだけではどうにもならないことってあるんですね。『鉄の胃袋・鋼の心臓』を自慢していましたが、さすがにここ2~3日は睡眠不足です。
でも今私が倒れるわけにはいかないので、もうひと踏ん張り、がんばります。

437 名前: yuki 投稿日:2006/12/15(金) 18:36
Yさん。
私も父を自宅で看取りました。
Yさんと同じように、私の父の病院も同じことを言われていました。
結局は近所の個人医院を探し回り、往診をしてくれて、最後も家で
看取る事を了承してくださる医師を探しました。
訪問看護は初めの病院から来てくれていましたが、主治医は個人医院の
医師に変更する形でしました。
初めの病院の医師も家族の気持ちを話し、納得し、快く今までの経過等
記録して、資料も貸してくれました。
大変でしたが、訪問看護のかたがたや、個人医院の医師、色々な協力を得て、
最後まで家で頑張ることができました。



438 名前: くるみ 投稿日:2006/12/15(金) 23:52
私の母もずっと大きな病院に通い、治療を続けていましたが通院ができなくなったので、
ケアマネさんにお願いして訪問看護をしてくれるクリニックを紹介してもらいました。
平日毎日、先生と看護師さんに来ていただいています。
Yさんと同じように最期はどうするかの確認をされました。
私としては家で、と思っていましたが、正直、本人が苦しんでいたりしたら
救急車を呼んでしまいそうです。
先生もいざとなると家族も迷いがでてしまう、とおっしゃっていました。

今は目はあけるけれど、意識はなく、栄養は点滴だけの状態です。
静脈から、または鼻からチューブを入れて栄養を入れたりするそうですが、
その意味があるのかも考えてしまいます。
とにかく本人が苦しくなければと思います。


439 名前: つーとん 投稿日:2006/12/16(土) 01:58
これはあくまで自分の経験なんですが、私の母は在宅医療になったんですが、痛みがとれづ、介護してたのは私と姉だったんですが、このままでは三人とも倒れてしまうと思い、病院に入院させました。最後まで母はいやがったんですが、説得して入院しました。みなさんの先生が最後まで責任もってくれるなら病院のほうがいいかもしんないですが、看護士さんとかはあまりいいようにはしてくれませんでした。もし在宅ホスピスとかで探してきてくれるならそちらのほうがよいのでは?あくまで自分の経験なんでおきにさわりましたらすいません。

440 名前: 投稿日:2006/12/17(日) 10:18
やはり皆さんいろいろ経験されているのですね。
私たちも、①近くの開業医に頼む、②早めに入院する、③最悪の場合も覚悟して、このまま自宅で、
を考えました。①は、今まで健康だった主人にかかりつけの医者がいなく、今から主治医を替えることに抵抗があったのと、主治医を替えると頼んでいる訪問看護も頼めなくなるのでやめました。
②は、まだ血圧も安定しているし、意識も呼びかければ返事をするので、この状態でまた1ヶ月も入院生活を送るのはかわいそうじゃないかということで、結局今までどおりに家にいます。

金曜の午後から「だるい。つらい。痛い。」と言うようになりました。
痛み止めのテープを貼っていますが、あまり効いてないのかな。効いていても、だるさまでは解消してくれないし。
昼も夜もエンドレスで「つらい。どうにかしてくれ。」とうなっています。
主人の祖母を自宅で看取った母は、「最期はみんなこんなもの」と言って、だるさはずっと寝たきりだからだと言います。
それなら病院に行ってもしょうがないのですが、私はこのだるさが病気から来るもので、入院してなにか点滴でもすれば和らぐというのなら入院させようかと思います。
月曜に訪問看護師さんが来られたら聞いてみます。


441 名前: 投稿日:2006/12/27(水) 19:40
皆さんにいろいろ励ましていただきながらがんばってきましたが、21日朝、主人が旅立ちました。
最期は本当にあっけないくらい静かに息を引き取りました。それがせめてもの救いです。

今日なんとか初七日の法要を済ませました。
まだまだ会社の退職手続きやら保険の申請やらで、ゆっくり悲しんでいる暇もない状態ですが、かえってそのほうがいいのかもしれません。

こちらのサイトを知って、いろいろなスレッドから情報をいただきながらがんばることができました。
厚くお礼申し上げます。
今も病気と闘っている患者さんやご家族が、一日でも充実した時を過ごすことができますように・・・
ありがとうございました。


442 名前: つーとん 投稿日:2006/12/27(水) 23:58
Yさん、お悔やみ申し上げます。がんばりましたね忙しいことはいいことですよね悲しんでる暇なんかないほうがいいですよね。お疲れさまでした。

443 名前: yuki 投稿日:2006/12/28(木) 16:55
Yさん、頑張りましたね。しばらくは色々な雑務があり、忙しい日々だと思います。
Yさんのお体も大切に。
落ち着くと、また色々と思うこともあるかと思いますが、Yさんの頑張りが、いい思い出となる日が来ると思います。
本当に、お疲れ様でした。


444 名前: みのり 投稿日:2007/01/11(木) 22:33
72歳の母の癌が再発し、抗がん剤を打ってましたが、昨年暮、腸閉塞になりました。色々考えた末、緩和病棟のある病院に転院しましたが、自宅から90分の距離と仕事で今までのように毎日病院へ行けなくなりました。平日は本人が何か不自由してないか、今日の様子はどうなのかと、気になるとともに、時間があとどれくらいあるのかととても切なくなります。同じような環境の方、緩和病棟にご家族のいる方と日々の不安や通常の日常をメールで話せたらと思って投稿しました。
よろしくお願いします。

445 名前: Si 投稿日:2007/02/27(火) 01:03
癌や介護について知識がほとんどなく、失礼かと思いましたが相談させてください。
今私は姉夫婦の家に2年前から居候しています。姉の旦那がもう5,6年前に胃癌の手術をし、手術後は普通に働いていたのですが3年位前に再発しました。
余命一年の宣告をされてちょうど2年位経ちました。再発してから尿の管を左右と肝臓からの管をつけていて、昨年人工肛門になりました。
人工肛門の管理は自分でしているのですが、尿の管の洗浄やお風呂前の防水?など1日置きで姉がしています。
姉夫婦は結婚して7年位ですがずっとうまくいってなくて、離婚を考えた頃の再発でした。
旦那は思いやりの欠けた人で実の両親ともうまくいってないようで、普段も感謝の様子がなく冷たいです。
両親も遠くにいて半年に1度位しか家に来ません。
私は毎日姉の話を聞いたり、旦那の様子を見ていて姉が可哀想でなりません。
姉はまだ35でこれからがあるのに・・(旦那は39です
旦那の見た目は管をつけている以外元気そうです(本人は苦しいのでしょうが。。)
姉は見捨てることが出来ないみたいで、あと3年も5年も掛かったらと思うと姉が可哀想でなりません。
管の洗浄だけで訪問介護など来てくれるのでしょうか?
それさえあれば姉と一緒に家をでていくのに・・・・

みなさん家族の病気のことで悲しまれているのに、こんな内容で申し訳ありません。
死を願ってはいけないと何度も心で唱えています。
下手な文章ですみません。ただ愚痴りたかっただけかもしれません。



446 名前: つーとん 投稿日:2007/02/27(火) 16:59
si様大変な状況ですね洗浄についてはわからないんですが、市役所区役所などの介護福祉かにいって相談してみてはいかがですか?40歳からだと末期癌に介護保険が適用されると思います。通ってる病院に相談事務所があればそこに相談してみるのもいいと思います

447 名前: 拝啓 投稿日:2007/04/09(月) 21:03
まず、落ち着いてください。お母さんどうしたいか聞いてください。結局、お母さん自身が受けるのですから。それから、ケアマネジャーがついていますか?ケアマネさんが、ついているならお母さんをまじえて話し合いをしてください。もしかしたら、役にたたないかもしれませんがこれ、しかいえません。

448 名前: りん 投稿日:2007/08/23(木) 12:49
叔母の夫が癌と宣告されて3ヶ月、それから叔母は、殻に閉じこもってしまい、連絡をとっても、大丈夫だから…と私たちに心配をかけないように、何もいってきません。叔父は自営業を営んでいるため、叔父がもし何かあったら先行きが重く、まだ中学生の子供もいるため、叔母はすごく苦しんでいるようです。

449 名前: りん 投稿日:2007/08/23(木) 14:45
みなさんにご相談したいことがあります。3ヶ月前、叔母の夫が癌と宣告されて、それから叔母は、殻に閉じこもってしまい、連絡をとっても、大丈夫だから…と私たちに心配をかけないように、何も話しません。
叔父は数年前、脱サラして自営業を営んでいるため、もしものことがあったら先行きが暗く、まだ中学生の子供もいるため、本当に不安な毎日だと思います。
癌ということだけは知っているのですが、どこの癌なのか叔父が今どういう状況なのか、全くわかりません。叔母の精神状態からも良くないことだけは察知しています。
叔父叔母は私にとって小さい頃から親のような、兄姉のような存在で、どうにかしたいのにできないでいます。叔母の心情を考え今はそっと見守っています。
最近、どこかの宗教にも入ったようです。
2日前に叔母に会いたいとメールをしたのですが、その時の返事は『私たちは今別の世界にいるような感じです。現実の世界に戻るのは心身ともにきついです。心配してくれてありがとう。』とつづられていました。
私と会うことによって現実に引き戻ってしまうのだと思います。
宗教に入ることは今叔母にとって心の支えになっているようなのでその点は安心しているのですが、それだけに頼っているようにも見えます。
でも何もできないでいる自分が無力に感じ、嫌になります。やはり見守るのが一番なのでしょうか。

450 名前: りん 投稿日:2007/08/23(木) 14:45
みなさんにご相談したいことがあります。3ヶ月前、叔母の夫が癌と宣告されて、それから叔母は、殻に閉じこもってしまい、連絡をとっても、大丈夫だから…と私たちに心配をかけないように、何も話しません。
叔父は数年前、脱サラして自営業を営んでいるため、もしものことがあったら先行きが暗く、まだ中学生の子供もいるため、本当に不安な毎日だと思います。
癌ということだけは知っているのですが、どこの癌なのか叔父が今どういう状況なのか、全くわかりません。叔母の精神状態からも良くないことだけは察知しています。
叔父叔母は私にとって小さい頃から親のような、兄姉のような存在で、どうにかしたいのにできないでいます。叔母の心情を考え今はそっと見守っています。
最近、どこかの宗教にも入ったようです。
2日前に叔母に会いたいとメールをしたのですが、その時の返事は『私たちは今別の世界にいるような感じです。現実の世界に戻るのは心身ともにきついです。心配してくれてありがとう。』とつづられていました。
私と会うことによって現実に引き戻ってしまうのだと思います。
宗教に入ることは今叔母にとって心の支えになっているようなのでその点は安心しているのですが、そ

451 名前: りん 投稿日:2007/08/23(木) 14:51
みなさんにご相談したいことがあります。3ヶ月前、叔母の夫が癌と宣告されて、それから叔母は、殻に閉じこもってしまい、連絡をとっても、大丈夫だから…と私たちに心配をかけないように、何も話しません。
叔父は数年前、脱サラして自営業を営んでいるため、もしものことがあったら先行きが暗く、まだ中学生の子供もいるため、本当に不安な毎日だと思います。
癌ということだけは知っているのですが、どこの癌なのか叔父が今どういう状況なのか、全くわかりません。叔母の精神状態からも良くないことだけは察知しています。
叔父叔母は私にとって小さい頃から親のような、兄姉のような存在で、どうにかしたいのにできないでいます。叔母の心情を考え今はそっと見守っています。
最近、どこかの宗教にも入ったようです。
2日前に叔母に会いたいとメールをしたのですが、その時の返事は『私たちは今別の世界にいるような感じです。現実の世界に戻るのは心身ともにきついです。心配してくれてありがとう。』とつづられていました。
私と会うことによって現実に引き戻ってしまうのだと思います。
宗教に入ることは今叔母にとって心の支えになっているようなのでその点は安心しているのですが、宗教だけに頼っている気もしています。大好きな叔父叔母なのに何もできないでいる自分が嫌になります。
見守ることが今は一番なのでしょうか。




452 名前: りん 投稿日:2007/08/23(木) 15:01
みなさんにご相談したいことがあります。3ヶ月前、叔母の夫が癌と宣告されて、それから叔母は、殻に閉じこもってしまい、連絡をとっても、大丈夫だから…と私たちに心配をかけないように、何も話しません。
叔父は数年前、脱サラして自営業を営んでいるため、もしものことがあったら先行きが暗く、まだ中学生の子供もいるため、本当に不安な毎日だと思います。
2日前に叔母に会いたいとメールをしたのですが、その時の返事は『私たちは今別の世界にいるような感じです。現実の世界に戻るのは心身ともにきついです。心配してくれてありがとう。』とつづられていました。
私と会うことによって現実に引き戻ってしまうのだと思います。
宗教に入ることは今叔母にとって心の支えになっているようなのでその点は安心しているのですが、宗教だけに頼っている気もしています。大好きな叔父叔母なのに何もできないでいる自分が嫌になります。
今は見守っていることが1番良いのでしょうか。
助言をお願い致します。

453 名前: 王子の母 投稿日:2007/12/02(日) 13:50
とうとう治療のすべがなくなり、家族は再入院しました。
今年の春から少しずつ様子はおかしかったのですが、副作用もずっとつらいのに我慢していたようです。
今は貧血もひどくいろいろ内臓に転移、いつ急変するかわからない状態です。
自宅に戻ってお正月を迎えられればよいと祈るばかりです。
自宅の介護は難しく引越しをと考えていたのですが、間に合わなかったんです。
本人の意思を尊重するのも大切ですが、不可能なことを可能にするのは限界があるのだと切実に感じました。
なんとか自宅で介護する方法を考える手だてを考えています。

454 名前: ちょうも 投稿日:2007/12/04(火) 01:05
私は肺癌Ⅳ期(H19.10受告)です。
11月18日に退院し自宅療養・外来で抗癌剤点滴治療中です。

お役に立てるかどうか?
私の自宅での対策の内、2点だけご紹介します。

退院して気付いたのは、癌には寒さが大敵ということです。
私は電気式の遠赤外線マット(胸に巻くタイプ)を購入し、
自宅では可能な限りONにしています。ただし温度設定は最低にしてます。
来客などでこれをOFFにすると、しばらくすると咳が止まらなくなります。
遠赤は自然治癒力も改善するのでは、というのが使用実感です。
抗癌剤の副作用が無いのもこの影響でしょうか。言い過ぎ?

食事はスーパーで売っている「きのこ」類を努めて食するようにしています。
参考URL(漢方薬局のURLで済みません)
http://www.ookinaki.com/cancer/ikegawa.html


455 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2007/12/04(火) 16:17
>ちょうもさん
さすがにこのインチキサイトを貼りまくるのはやめにしませんか?

456 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2007/12/14(金) 01:38
王子の母様自宅での介護は覚悟を決めてやらなければいけませんし、在宅医療の先生もさがし訪問看護なども探したほうがいいと思います

457 名前: 王子の母 投稿日:2007/12/21(金) 22:03
>456さんへ
アドバイスありがとうございました。
じつは在宅看護をしないうちに入院してあっという間に旅立ちました。
今思えば、夏のあたりから本人の調子は悪く、痛みにも耐えていたようでした。
家族としてはあの時こうしてあげればよかったと思うこともありましたが、
本人はぎりぎりまで仕事をし、よかったのではないかと思っています。


458 名前: なお 投稿日:2008/01/10(木) 20:51
祖母が大腸癌手術しました。半年くらいで転移性肝癌と診断されました。肝癌は4つあり場所がバラバラにあるため手術は高齢(80)なので無理でしょうと言われました。今はTS1を服用してます。どなたかアドバイスお願いします!

459 名前: はげちびスケベ 投稿日:2008/02/02(土) 06:58
助けて下さい!チンこが癌です

460 名前: HORI 投稿日:2008/02/16(土) 02:00
質問です。
今日出来事があったんです…
祖母がトイレで転倒し口を切るくらいですんだんですけど、
発見が遅くなり口腔内に血の塊があったんで30分以上たって
見つけたんで大変でした…
祖母は、70歳代で、夜寝れず睡眠薬とアルコールを毎日
飲んでいます。
今もそばにいるんですがずっと昔のことを話しています。
お酒を飲んだときだけです…

こういう状況で介護ケアはどうしたらいいのでしょうか…???
あとトイレや廊下の手すりや床をたいらにする費用はいくら
かかるか教えて下さい。
介護ので申請できるんですか???

緊急で教えてください。
体験談でもいいので…




461 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2008/02/16(土) 17:43
>460 ここは“癌掲示板”の“癌”末期の介護スレです。
老人介護については直接最寄りの役所に聞くのが早いと思います。
眠剤とアルコールを同時に飲んではいけません。

462 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2008/02/16(土) 17:45
>460
ここは、「癌」掲示板です。

とはいうものの・・・
市区役所・町村役場の福祉の担当箇所に相談するのが、
一番、早道かつ正確です。

463 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2008/02/17(日) 23:11
母が癌です。すでに他の臓器に転移してしまい手術出来ない状態です。
母をどうやって支えたら良いのか解りません。
年末から食欲が落ちて、体力も落ちてしまい抗がん剤が使用できない状態で今は自宅で対処療法をしています。
本人も食べなくては!と思っているのですが殆ど食事を採る事ができません。
どんなものを食べさせたら良いのか・部屋の環境はどのように整えたら良いのか、色々助言して頂きたく書き込みをしました。
「もうダメなんだ!」と言われてしまう度に何も言えなくなってしまいます…
あと、父が知人の方から「スクアマリン」という健康食品を頂いて来る(本人は「貰った」というので…)のですが、インターネットで探しても見つかりません。(美肌用の健康食品のみがヒットします。)
父が言うには「これを飲んでがん細胞が無くなった人がいる」というのですが。。。この知人の方というのが以前、某大学病院で働いていたという人で、研究の結果も出たと言っているのですが。。。(あくまで父から聞いた話です)
父の母を想う気持ちの事を思うと「詐欺なのでは?」とはとても言えません。
どなたかこの「スクアマリン」という健康食品についてご存知の方、情報をお願いいたします。

464 名前: 千春 投稿日:2008/02/18(月) 02:33
>463さん
http://www.cancerit.jp/NCIinfo/publications/when_someone_you_love/page1.html
http://www.hospat.org/manual-7-1.html
http://www.hospice.jp/oyakudati/ganmokuji.html
http://nippon.zaidan.info/seikabutsu/2003/00119/contents/0028.htm
http://www.netwave.or.jp/~wbox/0gam000.htm

既にお読みになったところも多いかも知れず尚且つ重複する内容もありますが、
もしも少しでもお役に立てれば・・・。

『食欲』は生きる力になりますが、無理にまで食べることは大きな苦痛でもあります。
お母さまの食欲不振をお母さまがストレスや焦りに感じぬよう、
「食べたくない時は体には足りているのだから、
 食べたい時に食べたいものを食べればいい。」
と思っていただく方が私はいいような気がします。
生きると言う中で勿論食べている時間は大切ですが、
他にも沢山大切で気持ちを和ませてくれる事はありますものね。

(特に患者家族においての)健康食品についての私の考え方は、
食品板→フコイダンって?スレッド(現在一番下に落ちました)→644・647
に記しました。(辛辣に思われるかも知れませんが正直な私の考えです。)
こちらの板及びスレッドで『健康食品』についてのお話しはルール違反になりますので、
個々の食品については食品板でするべきですが、
“癌細胞が無くなる効果”のある健康食品は存在しません。
お父さまはお母さまの現在の状況を認めたくないのですよね。
みんなそうですよね。お気持ちは痛いほど分かるのです。
しかし現実を直視せずとも時間は待ってはくれません。
でも今この時は紛れもなく463さんとお父さまが愛して止まないお母さまは、
お話しも交わせ手を握り合える近さにいらっしゃいます。
今のこの素晴らしい何よりも尊い瞬間瞬間に、
しっかり向き合い大切にしていただきたいのです。
お父さまにそれを分かっていただけたら…と他人の私ですが、心から思ってしまいます。

私も父が亡くなる前に、
「僕はもう死ぬかも知れない。死にたくないな…。」
と言われ何と返してよいか分からずに、
「そんな…死ぬわけがないじゃないの!」
と言ってしまいました。
自分のその腑甲斐なさが今でもずっと心の刺になっています。
しかし、ではあの時父は何と答えて欲しかったのか……?
もう20年も前から考え続けている事なのに私には答えが見つけられません。

結局はアドバイスにもなっていない素人のレスになり申し訳なく思います。

463さん。お近くに相談に乗ってお話しを聞いてくださる専門家はいらっしゃいますか?
もしもいらっしゃらなければ、こちらの掲示板(掲示板内に新しいURLが貼られています。)
の先生は緩和医療の専門家ですし
http://park1.wakwak.com/~pocky/cgi-bin/sbbs.cgi?id=kotaroworld

こちら等もあるようです。
http://www.jcancer.jp/soudan/index.html

難しい事とは存じますが、どうぞ全てをお独りで抱え込まれませんように・・・。

465 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2008/02/18(月) 08:47
体力回復目的の栄養補給なら保険適用の『エンシュアリキッド』か『ラコール』あたりを主治医と相談して飲ませるべきです


466 名前: 463 投稿日:2008/02/18(月) 20:23
千春様

暖かいお言葉ありがとうございます。
「癌細胞が無くなる健康食品は無い」とは解っているのですが。。。
>こちらの板及びスレッドで『健康食品』についてのお話しはルール違反
とは知りませんでした。ご指摘ありがとうございました。

実は先日、主治医の先生に不信感を持ってしまい(本人が言うには「はっきり(現状を)言ってくれない・複数の薬を毎回毎回処方される」というので」)がんセンターに行きました。本人も私たち家族も「がんの専門病院なら…」と思って期待していたのですが…現状は変わりませんでした。
その時、本人の希望で「あとどれくらい生きられますか?」と本人が先生に聞いてしまったのです。軽卒でした。本人も私たち家族も。告げられたのは余りにも辛い現実でした。
「確かな事は言えないけれどあと1年です」と…
最初は「お母さん、頑張るから」と言ってくれていたのですが。。。今では毎日のように泣き崩れています。精神的に不安定になってしまいました。突然、泣き出し「自分はもうダメだ!助からないんだ!!」と叫びます。
余命の事は本人が希望しても聞かせるべきではなかったと今ものすごく後悔しております。
もちろん、1年なんて信じませんし1年で死なせるつもりはありません。でも当の本人が。。。
「あと1年なんて…生きるのももう嫌だ。。。」と。。。
このままでは気力がなくなって更に体力が無くなってしまって1年ともたないのでは…と思ってしまいます。
父は「(あの健康食品を飲んでいるから)大丈夫だ!」と言ってなだめています。。。
精神科(心療内科?)の先生にも相談するべきでしょうか。。。
毎日毎日辛いです。

467 名前: 463 投稿日:2008/02/18(月) 20:27
名無しさん@癌掲示板
ありがとうございます。
今、ネットで癌について自分なりに勉強しているところです。
教えてくださった栄養補給食品の件、家族も含めて検討してみます。
ありがとうございました。

468 名前: 千春 投稿日:2008/02/19(火) 02:50
お母さま、お辛いです。
そしてそんな辛い気持ちのお母さまを見ている463さん、本当に本当にお辛いですね。

余命告知は非常に難しいです。
時としてそれは“余命宣告”と間違われます。
がんセンターの医師の言葉は、
統計から見た「同じ部位の癌の全ての年齢層の生存率の中央値」
であり、お母さまの本当の余命がどれだけあるのかは先生のおっしゃる通り、
「確かなことは言えない」=決して誰にも分からない
事をお母さまに間違えずに分かっていただければいいのですが。
掲示板の本館『余命告知について』スレッド200に書き込まさせて頂いた拙文の通り、
患者の思い込みによる命のカウントダウンにだけはさせたくありません。

気力を失い心が折れた状況を回復させるためには、
家族の根気強い介助も勿論重要とは思います。
しかしおっしゃる通り専門家の介入はより効果的だと私も思います。
その際はがんの心のケアに、より専門的な知識のある経験豊富な腫瘍精神科(又は精神腫瘍科)
への受診は、通常の精神科・心療内科医より有効だとの話しをよく見聞致します。
463さんのお近くでそのような医師がいらっしゃいますか?

お母さまと主治医のコミュニケーションも出来るだけ良好に保つ工夫をしながら
これについても主治医に相談してみてくださいね。

お母さまの心の安定が早く得られますように。
(こうして他人が言うように簡単には推移しない事は重々承知の上なのですが…
 このようなコメントしか出来ない自分が申し訳なく思います。)

あとこちらなど少しでもお役に立てば。
http://ganjoho.ncc.go.jp/public/qa_links/brochure/download.html#202

469 名前: 千春 投稿日:2008/02/19(火) 06:01
463さん
それと実は>>463の書き込みからずっと気になっていたのですが、
『末期がんの…』に書き込まれていらっしゃるので質問を避けておりましたが、
・お母さまはどちらの部位で何処に転移をしているのでしょうか?
・抗がん剤治療が出来ないわけは、
1)効果のあると予想される(又は保険診療可能な)抗がん剤治療には耐性が出 来てしまった。=効果の可能性のある抗がん剤治療はなくなってしまった。
2)骨髄抑制などの副作用で治療が困難な状態。
3)文面の通り食欲不振のため体力低下で抗がん剤が受けられない。
4)がんの進行に伴う全身状態悪化のための体力低下で
 これ以上の積極的治療を断念せざるを得ない。
のどちらなのでしょうか?

1)や4)でしたらこのスレッドで皆さんからのアドバイスをいただいたり、
おなじ苦しみを持つ家族の方と悩みを交換しながら介護について
情報を得るのが一番大切になりますが、

例えば3)で余命を1年と言われたなら、
ターミナルと定義する段階ではないのではと思います。
(ターミナルの定義として色々な括りがありますが、余命については半年を切る
 場合ではなかったでしょうか。)

食欲低下に関しても全身状態悪化や悪質液が原因の場合と、
例えば精神的な要因やがんの局所的進行などからくる消化器系の不具合又は
抗がん剤の副作用からの口腔内の荒れに伴う場合などとでは、
現状や治療法は大きく変わってくると思います。
後者の場合なら>>465さんのアドバイスなどはとても現実的且つ重要な一つですし、
部位別の板で具体的に有効な対処法も色々アドバイスが頂けるかも知れません。

的が外れたレスでしたら申し訳ありません。

470 名前: 463 投稿日:2008/02/19(火) 15:36
千春様

またまた暖かいお言葉ありがとうございます。
癌は胆のう癌です。既に肝臓・すい臓にも転移が始まっています。。。
本人の希望で私たち子どもたちに自分が癌であるという事を半年程ずっと黙っておりました。実は昨年の8月に癌が発覚し、その時はもう手術不可能だったそうです。両親は私たち子どもたちに「疲労ですい臓が疲れてしまっているので身体がだるくて、調子が悪いんだ」とずっと言っていました。
実際、母はちょっと虚弱体質のような感じ(人ごみが苦手・突然のめまいなど)の人なので最初は鵜呑みにしていました。年末あたりから、「具合が悪い」と言って寝込むことが多くなりただの体調不良ではないとは思っていたのですが、まさか癌だったとは。。。
年末から食欲が落ちてしまったのでこのままではいけないと1月の下旬から10日程入院しました。その10日間の入院は「体力回復」の為の入院だったようです。しかし2日めあたりから急に食欲が落ちてしまい殆ど食べられなくなってしまいました。「病院にいても、薬飲んで寝ているだけだから家に帰ってきちゃった」といって2月の頭に自宅へ戻ってきました。
その後に本人から自分は癌であるということを私たち子どもたちに告げられ、例のがんセンターに行き、そこの先生に丁寧に説明をしていただきました。
「食べられないのは病気によるもの・肝臓が肥大して胃を圧迫しているので余計に食べられない可能性がある」と説明してくださいました。千春様のおっしゃるとおり、「今は焦らないで食べたい時に好きなものを食べるようにしたら良いですよ」とアドバイスもしてくださいました。
まだ主治医の先生とお会いしていないので、がんセンターの先生の見解になってしまうのですが、「今は体力をつけないと抗がん剤は打てません。でも抗がん剤を使用してもその影響で寿命が縮まるかもしれません。僕個人の意見ですけれども僕が同じ立場だったら、治療をしないで(対処療法のみにして)好きなように残りの時間を過ごします。」とおっしゃっていました。
がんセンターの先生の見解どおりだと、3に当てはまると思うのですが、「この状態では手術はできない」とおっしゃっていたので既に4に進行してしまっているのではと思っています。
今月の下旬に主治医の先生に診察していただく事になっていますのでまた結果をご報告させていただきたいと思います。通院している病院に確か精神科があったと思うのでそちらも併せて先生と相談したいと思っています。でも、業務縮小で精神科で診察を行っていないかもしれません。。。(既に婦人科の新規出産などは受け付けてもらえないので。。。)
もっと早く母の異常に気がついていれば…と後悔しています。

今、千春様の教えてくださったページで少しずつですが勉強しています。ほんとうにありがとうございます。


ここの板及びスレッドでお話するべきでは無いと思いますが、例の健康食品の件あまりにも怪しい・私たち子どもたちが言っても耳を傾けないので地元の国民生活センターに相談しに行きます。私がもっと早く母の異変に気がついていればこんな詐欺に遭わずに済んだのに。。。父の目を少しでも覚まさせてやりたいのです。現実を見て欲しいのです。


今日は母も安定していて、ほんの少しですがここ2~3日、毎日食べ物を口にしています!

毎回、長文で申し訳ありません。

471 名前: 千春 投稿日:2008/02/19(火) 18:10
拝見しました。お母さま胆嚢がんなのですね。
私の幼なじみの弟もそうだったのです。
私から絶対的に言えるのは463さん!胆嚢がんを早期に発見するなど、
よほどの偶然が重ならない限り本当に誰にでも(きっと専門の先生にも)無理です。
ですからどんなことがあってもご自分を責めてはなりません。本当に無理なのですから。

友人の弟の場合はとにかく足が早いがんで、
軽い腹痛から紹介されて行った病院で何も質問する間もなく、
「胆嚢がん肝転移で余命1ヶ月」
と言われてしまいました。
その後5-FUとシスプラチンを使って肝動注治療をするも、
画像上は綺麗だった肺にわずか2週間で無数の転移が見つかり、
その頃はまだ適応外だったジェムザールは本人の懇願に対してもしてもらえず、
(あの後ジェムザール、TS-1と保険適応になりました。)
強制退院を余儀なくされました。
しかし、セカンドオピニオンや転院先のお医者さまにはとても恵まれ、
それほど足の早い癌にも関わらず(彼のがんは本当に2週間単位で進行してしまうのです。)、
緩和を完璧にしていただいたお陰で痛みも無く、
余命宣告の3倍、3ヶ月頑張りました。
(彼も最初暫らくの5-FUとシスプラチン後は結果的に積極的治療はしなかったことになります。
 とても体重は減ってしまいましたが随分後までファミレスに歩いて行きお友達と会っていました。)
余命告知の言葉だけに捕まらないでください。
そしておっしゃる通り少しでも食べる気持ちになったお母さまの気力を
一緒に喜び誇りにしてください。
出来ないことを嘆くより出来ることを微笑みに。
胆肝膵板でも余命を大きく超えて日常生活を送られている方々の書き込みを見ます。
あちらの方々なら日常の治療や悩みにも答えてくださる知識をお持ちですから、
是非具体的なご相談がある時にはお伺いするといいですよ。
こちらの掲示板の方々は本当に勉強していらっしゃるし皆さん親身になってくださいます。

ご両親、しばらくお子さま達にも黙ってご夫婦で抱えていらしたのですね。
お父さまもどれほどにお辛かったでしょう。
でも今はこうして自分ではコントロールが出来ない感情を家族にぶつけられるのは、
それを受けとめる家族は辛いですが、
お母さまの心の安定に立派にリハビリになっているのだと思います。
家族で共有するのは家族みんなに辛いですけれど、共有は強力な武器になります。
(そう言いつつも家族それぞれ思いに微妙なズレがあり、
 喧嘩をしたりもするのでしょうが、それが家族なんですよね…。)
専門の精神科医に受診が出来ると何よりです。
主治医の先生にもしっかりアドバイスいただいてください。

463さん。心身共に疲労困憊と思います。
でもこちらの掲示板のみんな、463さんの気持ちは分かっていますから。
そのことだけはいつも忘れないでください。
独りぼっちではないのよ。

472 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2008/02/25(月) 11:51
463さん

私の母は胆管がんです。
胆嚢と胆管では違うかもしれませんが、母も一時期ものが食べられず、本人も家族もとてもつらいときがありました。
食べられない時期に「ちょっとでも食べて」と言ったり、
少しだけ食べられたことを過剰に喜んだりしたことがあったので、本人には精神的な傷がついてしまいました。
機嫌よく食べてもらうことがとても難しくて、母がいないところで涙ぐんだりしていましたが、今では食べられるようになってきました。
少しでもご参考になればと思うので、長文ですが書きますね。


食べられなかった頃、何なら食べられるのかと試行錯誤しましたが、総じて匂いのあるものは無理だったみたいです。
おかゆはダメ。味噌汁ダメ。煮物ダメ。
いろいろ試し、カステラ、みかんの汁だけなら食べられるとわかりました。
同じ果物でも、りんごの汁、キーウィの汁はダメでした。
そのうち、やわらかめに炊いた白米が、味付け海苔+醤油で、一口、二口、食べられるようになりました。

しばらくすると、今度はカステラは食べられなくなり、
酢の物、大根おろしの汁にすだちを絞ったもの(大根の繊維は食べられず、汁だけ)が食べられるようになりました。
イチゴ、バナナ、ミニトマト(皮をむいて)も食べられるようになりました。

今では、お肉はダメですがお魚は食べられます。
コンソメスープはダメですが味噌汁はOKです。
お好み焼きや焼きそばといった「ソース系メニュー」もOKです。
煮物も食べられるようになりました。でも煮物を調理している匂いはウッとくるみたいです。
揚げ物、甘い物(ケーキなど)はダメです。

食べられる量は少なめなので、食べられなかった時期に痩せてしまった分を取り戻すほどにはなっていませんが、
食べられることは本人に自信や希望をもたらすみたいで、ホッとしています。

お母様をみられている463さんは大変だと思いますが、メニューをいろいろトライしてみてはいかがでしょうか。
食べれなくても、気を重くさせないようにタイミングを見てさりげなく本人の目から隠して捨てちゃえばいいと思います。


大丈夫、まだまだいけますよ、あきらめずにいきましょうよ。本人よりも家族が先に悲しくなっちゃだめですよ(^o^)/


473 名前: シン 投稿日:2008/03/31(月) 01:28
父と二人暮しの41歳のサラリーマン♂です。
現在父が末期胃がんで闘病中です。
抗がん剤による治療はしていますがすでにがんが全身に転移しており
現在は腹膜に溜まった水をチューブで抜いたり
モルヒネで痛みを抑えたりしています。
こんな状態なので抗がん剤による治療はそろそろ限界のようです。
そこで緩和医療の病院へ入ろうと思うのですが病室に空きがなく
かなり順番待ちをしなければならないとのこと
そこで有料老人ホームのような所に入って介護をしてもらってはどうかと
考えたのですが末期がんの患者さんを受け入れて
きちんとした緩和ケアをしてもらえる老人ホームはあるのでしょうか?
それともやはり順番待ちをしてもホスピスに行ったほうがいいのでしょうか?
アドバイスお願いします。

474 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2008/04/01(火) 18:05
>>473
お住まいはどちらでしょうか?
それがわかれば皆さんもアドバイスがしやすいと思いますよ。
ちなみに私個人は自宅療養がお勧めしたいかな。。。
勿論シンさんが家にいない時は誰かにケアをお願いしなければ
ならないですが。。。お父様も余生は自分の家族と
出来るだけ長くすごしたいと思っているのではないでしょうか。

475 名前: シン 投稿日:2008/04/02(水) 00:46
レスありがとうございます。自分は名古屋に住んでいます。
自宅療養がいいということですが残念ながら我が家は
3階建てで2階に玄関があり寝室は3階で
かなりきつい階段を上り下りしなければならず
介護の必要な人には優しくない設計になっているので
父も自宅療養は考えていないようです。
今の病院は自宅から10分ぐらいのところにあり
私は毎日仕事が終わってから顔を出しに行っている状態です。
今の病院にずっと置いてもらえればいちばんいいのですが・・

476 名前: <削除> 投稿日:2008/05/15(木) 15:53
<削除>
07041470163228_mi.ezweb.ne.jp
http://www.au.kddi.com/notice/manner/gaiyo/bbs_arashi.html

477 名前: まのん 投稿日:2008/05/20(火) 02:17
先週、父が肺がん治療を行っていた病院から、自宅近くのホスピスに転院しました。
ホスピスの待ちができるという話になったとき、元の病院は、ホスピスに移れるまで追い出すようなことはしません、と言ってくれていました。

病棟は何でもいいので早く移してくれと懇願したので(痛みのコントロールが全くできていませんでした)、差額の必要な個室に、割と早く移れました。
最初は個室でいいから、入れてもらって、後から差額の入らない部屋に移してもらうほうが早く入れるようです。

毎晩痛みでのたうち回り、脂汗でシーツまで替えなければならないほどの痛みに苦しみ、体力が落ちて、口もきけなくなり、一日ボーっとして過ごし、食事も母にひと口ひと口ミキサー食を食べさせてもらっていた父ですが、ホスピスに移ったその日に新聞を読み、テレビを見て笑い、翌朝にはベッドに起き上がって自分で朝食を食べていたそうで、その姿を見た母は、驚き泣いて喜んでいました。
これからの痛み等のことを考えると、老人ホームのようなところでは対応しきれないのではないでしょうか。
ホスピスの空きが出るまで、今の病院に置いてもらえるよう頼まれてはいかかでしょうか。

478 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2008/08/14(木) 16:22
まのん様。

老人ホームでは、緩和ケアは望めないと思いますよ。

ホスピスでのお父様の変化・・・。
それまでの病院との違いはなんでしょうか?
お薬など、処置だけの問題ですか?
環境や他の患者さんとの関係、職員の対応なども関係しているのでしょうか?

在宅で看取る、在宅で余生を過ごす、という観点から、
在宅ホスピスへの移行は無理ですか?

ご家族の協力がなければかなり難しいのですが、
いい先生に巡り会えると、
癌センターでさえコントロールが困難だった痛みそのものや、
オピオイド系鎮痛剤の副作用さえも、
在宅でうまく抑えて過ごすことができます。

うちの場合、結局ほとんど私一人で親を看ることとなりましたが、
在宅ホスピスを選択し、いい先生に出会うことができ、
最後まで一緒に親と過ごすことができました。

残念な結果に終わってしまいましたが、よかったと思っています。
必ずしも、どこの家庭でも可能だとは言い切れませんが、
在宅ホスピスのススメ・・・!?
一意見として、参考まで。

479 名前: mi 投稿日:2008/08/15(金) 21:53
大腸癌から、肝、肺、脳に転移して余命6ヶ月と言われた母を
看護しました。
イレウスを取る延命オペを2回して・・抗がん剤を1ヶ月しました。
その後は本人の希望により、家で看ました。
当事私は、妊娠後期から、新生児だった子供がいる中の介護・・
かなり大変で、寝る時間などありませんでした。
脳に癌があるので、まっすぐ座る事もできず、お風呂も入れるのに一苦労。
トイレに勝手に歩いて倒れたり、箸も持つ事すらできなくなりました。
その間に週に1-2度病院通い。
1年半の看護でしたが、最後、意識がなくなり、もう、家では無理なので
病院に連れて行き、2ヶ月意識のないまま亡くなりました。
その間も個室に入れて、9時から9時まで通いました。
差額ベットも1日3万とかかりましたが、借り入れして母に
かけました。
でも、最後まで看て納得して見送る事ができました。
自己満足かもしれませんが、看てよかったと思いました。
今又、一人看護していますが、小さな病院にも緩和ケアがあるところが
あります。ホームページには載っていなかったりしますが
口コミまたは近くの病院などに電話してお問い合わせしてみても
いいかもしれません。
今看て貰っている所は病床が少ないだけによく看てくれます。
ベット代も無料の部屋もあり、行き場所のなくなった癌の人が
半分以上います。
どうしても家に帰りたく、痛みや吐き気があると言う人のために、
週に3回位訪問看護して、疼痛などもケアなどもしています。
そして、大きな病院と違い、あまり知られていないから、ベットが空いていたりします。
辛いでしょうけれど負けないでくださいね。


480 名前: まのん 投稿日:2008/08/21(木) 03:13
>>478
ホスピスに入院してちょうど4週間で亡くなりました。

当初、治療していた病院に「放射線が終わったら退院」と言われており、介護認定を受け、ケアマネージャーと面談していて、ホスピスが近くにあることを知り、その病院に見学させてもらったところ、ホスピスで痛みのコントロールをしてから、自宅に帰っては?と言われました。
父にもそう話し、ホスピスに移ってから、何度も退院を申し出ましたが、Dr.が許可せず、外出で一時帰宅しました。
その晩、容態が急変、一時危篤となり、持ち直したのですが、数日後亡くなりました。
Dr.が許可しなかったのも、とても退院させられるような状況ではなかったのです。
(多発性骨転移と、肝転移です)

治療の病院からそのまま自宅に連れ帰り、在宅ホスピスにすればよかったのではないか、父にうそをついてしまった・・・と自分を責める日々です。
なので、478さんのおっしゃることは、さらにつらいです。

在宅ホスピスのことは、ケアマネージャーからも聞いていましたし、当初はそうしようかとも思っておりました。
ただ、父の前の病院での痛みがひどすぎ、(ベースの痛み止めがまったく足りていませんでした)在宅ではたしてやっていけるのかわからない状況でした。
自宅で父と二人のとき、あんなふうに痛がられたら、もしかすると父を殺してしまったかもしれない(痛みをなくしてやるため)と、母が言うくらいでした。
どうして、そこまで痛みのコントロールができないのかと、前病院には、今でも不満が残ります。
ホスピスに移ってから、ベースの痛み止めを大幅に増やし、レスキューのオプソ等でかなりコントロールができるというのがわかりましたが、当時はわからない状況でした。

ホスピスでの父の変化は、看護師さんの丁寧な対応で、安心感があったというのがまず第一だと思います。
手厚い対応をしていただく(前の病院では逆)ことで、痛みが来てもすぐ対応してもらえるという安心感だと思います。
口の中には、舌苔がいっぱいで、(父と母でケアはしていたつもりですが、Nsのケアはまったくありませんでした)まず最初に、それを丁寧に掃除してもらったところ、すぐ父が意欲的に話せるようになりました。
また、前の病院では相部屋だったのが、ホスピスでは個室だったので、他人に気を遣う父なので、そのあたりも影響があったと思います。

痛みがひどくなってから、3週間お風呂にも入ってませんでしたが、ベッドのままお風呂にも入れていただき、大喜びしていました。

背骨と腰椎への骨転移のため、前病院で歩行を禁じられていたため、脚力が低下し、立つこともできなくなり、座って前のめりになりかけると、もう身体を支えられない状態でした。

父本人も私たちも、ここまで急に亡くなるとは思っていなかったので、(ホスピスに移ってからの父は、歩けない以外は、本当に元気でしたから)家に帰りたいという希望を持ち続けていました。
退院させられなかったというのが、本当に悔やまれます。

ただ、シンさんの場合は、ご自身のお仕事もおありでしょうし、在宅というのが厳しい状況だと思われたので、やはりホスピス等へ入られるのがいいかと思ったのです。
私も、老人ホームでは緩和ケアはできないと思いますよ。


481 名前: よし 投稿日:2008/10/04(土) 21:32
私の父が今日入院しました。2年前に右上顎道癌になり手術で取りました。その後は私の自宅で療養していましたが(とは言っても本人が頑なに病院に行く事を拒んだためその後は治療はしていません)、ここ最近トイレに行くのも困難になりオシメを使用していました。介護は主として母と私がしていましたが、母も高齢で要介護3で、私も離婚して母子家庭になり仕事をしなくてはいけないので、家族だけで介護は困難になり介護申請をした矢先に今日父が全身の痛みの為どうにもならなくなって救急車で病院に行きそのまま入院となりました。父と母は多額の借金を抱えてどうにもならなくなり私の所に転がり込んで来たので貯金も全くなく、年金もあっても微々たるもので、私も母子で生活が苦しくてこれからの医療費をどうしよう…と悩んでいます。兄弟はいますが、皆遠方に住んでいてまた生活も楽ではなく頼れません。父の痛みは多分癌の全身転移ではないかと思うのですが、検査をしてみないとわからないです。正直父、母には恨みしかなく(幼い頃、借金で夜逃げして私や兄弟は捨てられたので)このまま面倒を見るのは無理です。かと言って病人を放り出す事もできずこのままでは私の家族がダメになってしまいそうで…途方に暮れています。

482 名前: よし 投稿日:2008/10/04(土) 21:33
私の父が今日入院しました。2年前に右上顎道癌になり手術で取りました。その後は私の自宅で療養していましたが(とは言っても本人が頑なに病院に行く事を拒んだためその後は治療はしていません)、ここ最近トイレに行くのも困難になりオシメを使用していました。介護は主として母と私がしていましたが、母も高齢で要介護3で、私も離婚して母子家庭になり仕事をしなくてはいけないので、家族だけで介護は困難になり介護申請をした矢先に今日父が全身の痛みの為どうにもならなくなって救急車で病院に行きそのまま入院となりました。父と母は多額の借金を抱えてどうにもならなくなり私の所に転がり込んで来たので貯金も全くなく、年金もあっても微々たるもので、私も母子で生活が苦しくてこれからの医療費をどうしよう…と悩んでいます。兄弟はいますが、皆遠方に住んでいてまた生活も楽ではなく頼れません。父の痛みは多分癌の全身転移ではないかと思うのですが、検査をしてみないとわからないです。正直父、母には恨みしかなく(幼い頃、借金で夜逃げして私や兄弟は捨てられたので)このまま面倒を見るのは無理です。かと言って病人を放り出す事もできずこのままでは私の家族がダメになってしまいそう

483 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2008/10/05(日) 00:37
ご両親は、よしさんの扶養家族でしょうか。
詳細はわかりませんが、高額医療費だと、自己負担は上限(条件により額が異なります)があります。
先に自己負担分全額支払って、その後上限との差額を払い戻しされる場合と、最初から上限額のみ払う場合(先に手続きが必要かも)があります。
一度、お住まいの自治体の役所へ行かれて相談されてみるといいかと思います。
おそらく、医療費月5万弱、食費の自己負担と合わせて月6万弱くらいの金額になるかと思うのですが、いろいろ違うので、確かめてください。

また、治療がなければ(痛みを治す方法がなく、痛みを抑えることしかできない場合など)、通常の病院は退院させられてしまうことが多いので、今から緩和ケアの病院を探されておくといいと思います。
たいてい待ちがひと月とかになります。
差額ベッド料の必要な個室がほとんどですが、差額の不要の病室もあります。なかなか空きがないですが、あきらめないで、探したり、事情を話して懇願すれば入れてもらえるかもしれませんし、順番待ちに入っておくことです。
今入院されている病院が地域連携室があれば、そこで相談なさってもいいかもしれません。

いろいろ大変でしょうけれど、どうかよしさんまでお身体壊してしまわないように、お気をつけください。

484 名前: よし 投稿日:2008/10/06(月) 07:20
名無しさん、ありがとうございます。両親は私の扶養家族ではありません。今日役所に行って高額医療の手続きをしてきます。後、生活保護の申請は無理でしょうか?私には20歳の娘と16歳の息子がいますが、上の子はほとんど家に帰らず(祖父、祖母の身勝手ぶりに嫌気がさしたみたいで)息子は高校には行かず、今は求職中です。生活保護は世帯で換算されると聞いているのでこの状況だと難しいでしょうか?車も私が乗っている古い軽四がありますが、手放さないといけないんですよね。でも、これが無いと杖をついてやっと歩く母(要介護3です)を病院に連れていくのも困難になります。

485 名前: DO me 投稿日:2008/10/23(木) 14:49
かずさん
まず、介護訪問をやっている事務所なり施設なりを訪ねてみてください。
必ず、ケアマネージャーさんがいらっしゃって、相談に乗ってもらえるはずです。
私も義母の介護用ベッドを借りるために訪問したのですが、丁寧に相談を受けて
くださり、義母も末期癌で61歳ですが要介護3を認定されています。
もちろん、介護保険適用にて、ベッド、車いす、生活援助としてヘルパーさんに
きてもらっていますよ。
まず、役所でもいいから、相談する事お勧めします。

486 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2008/10/23(木) 21:05
>>485
こちらのスレッドを立てた、「かず」さんにレスしているのですか?投稿した日付を、よく見ましょう。
2001年、もう7年も前ですよ。

487 名前: 投稿日:2009/02/18(水) 22:06
あなたは生きようとしている人に失礼です。かなり腹立ちます。

488 名前: ガン遺伝子治療研究会 投稿日:2009/07/19(日) 13:44
ガン遺伝子治療研究会では、がん患者さんご本人やご家族からのご希望を頂き、医療機関様を通じて、
遺伝子治療薬「RT181」の投与、治療を行っていただいております。
この「RT181」は2002年にボストンで開催された
「世界ゲノムがんシンポジウム」で発表されました。
日本には約5年前にはじめて末期のがん患者さんに投与され良好な結果を得ました。
その後多数の患者さんに投与され大変な反響をいただいております。
遺伝子治療薬「RT181」の詳細についてはこちらをご覧下さい。
http://www.ca-opinion.com/idenshi.html
現在、日本では数カ所の医療機関様と提携させていただいております。
この遺伝子治療薬「RT181」はガン遺伝子治療研究会が日本の総代理店をしております。
また多数の患者さんやご家族からの直接のお問い合わせにも対応しております。
今は個人輸入というかたちで遺伝子治療薬「RT181」を入手しておりますが、
一日でも早く国内で生産出来るよう努力している次第です
。今後多くの方々に免疫治療、遺伝子治療を知っていただきたいと思いまして投稿をさせていただきました。
詳しい内容についてはホームページをご覧下さい。

ガン遺伝子治療研究会 
東京都港区赤坂2丁目6番14号 赤坂26ビル
TEL 03-6229-1972 FAX 03-6229-1973
メール info@ca-gls.com
ホームページ http://www.ca-gls.com/


489 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2009/07/19(日) 14:00
ガ○遺伝○治療研○会と称するインチキ治療営利会社さんへ

あちらこちらに、同じものを書き込んでいるようなので、こちらも同じもののコピペで・・・
いい加減にしてね。

----------------------------------------
ガン遺伝子治療研究会 理事長 田*輝宏

過去の投稿より

>ググってみると、田*輝宏氏って佐野*太郎センセイの外科医院の事務長のようですが?

田*輝宏氏は、佐野氏の外科医院の事務長をやめたんですよ。

このツクシフル1というインチキワクチンを広めるために、新しい肩書きガン遺伝子治療研究機関グ*ーンライフスター本部事務局事務局長と名乗っていました。
現在は、その名刺の電話番号も通じないですから、もうやっていないんじゃないですか?

でも、中国人女性は別の医師と組んでやっているみたいです。

皆さん、この詐欺ワクチンに引っ掛からないように、気を付けてください。

http://www.gankeijiban.com/bbs/read.cgi?bbs=ryouhou&key=999438346&st=166&to=166&nofirst=true

そういえば住所は同じだったよな。
看板を変えたのか・・・
------------------------------------------

490 名前: ヨッチャん 投稿日:2012/02/26(日) 15:09
こんにちは
初めまして
民家型デイサービスを運営している者です
私は、自宅で介護されてる方の少しでもお役に立てれたらと思い
登場しました。
みなさんに一般的デイサービスの施設でお手伝いできる事や、何か
希望とか要望が有れば教えてください。
私の父も今から18年前に胃がんで亡くなりました。その当時は、今のように
緩和ケア等がない時代だったので悔やまれます。皆さんの精神的・肉体的苦痛とか負担を
軽減したいので教えてください


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