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癌掲示板..>末期肝臓がん患者 家族の立場から

1 名前: ばばのしん 投稿日:2006/04/06(木) 08:06
治療のすべのない母を半年間自宅で介護していましたが、先日葬儀を
終えました。
別スレで意見交換していましたが、テーマからずれてきましたので、
こちらに新スレを作りました。
家族の立場からいろいろ意見交換できれば・・と思います。
別スレからの続きになりますので、わかりにくい点あるかもしれません。
肝臓がんの治療は・・・をご参考ください。

何から書いたらいいのかわかりませんが、この一ヶ月、もうだめかもしれない
という思いを何回も繰り返しながらも復活し、でも、少しずつ衰えていきました。
意識レベルがさがり、問いかけには何かを答えようとするのですが、言葉がでて
こなくなったり、混乱したり、水を飲めなくなったり・・。
ただ、最後まで本人は諦めることなく、努力の人でした。
本人のつらさがなくなるのなら病院に・・との思いでしたが、病院での処置と
自宅で過ごすことを天秤にかけながら、迷いながら、結局は最後まで自宅で
過ごしました。迷い続けた日々でしたが、今はベストだったと思っています。
最後の半日は、特に最後の一時間ぐらいは本人もきつかったと思います。
私は、自宅での家族の世話で、最後の瞬間は立ち会うことができませんでし
たが、父と叔母二人に見守ってもらいながらの旅立ちでした。

母とは生き方が違い、つらくあたった時期もありました。
ただ、いよいよ状態が悪くなっての半年で、母の介護をさせてもらえることで
今までの親不孝を少しでも償えるよう時間を作ってもらえたように
思います。
自分のためというよりも、家族のためにがんばってくれた母に本当に感謝しています。
また、介護の時間の中では、母の気持ちを尊重するあまり、とにかく父とぶつかりま
したが、母が亡くなるときにいろいろな思いも持っていってくれたようで、不思議
と父に対する気持ちもすーっと楽になったようにも思います。
改めてすごい人だと思います。

家族皆、悲しいというよりも、家族のために頑張りすぎるほど頑張った母に
やっと楽になれてよかったね・・という気持ちのほうが大きいです。
みな極限の状態でしたので、今日は少し体を休めて、また歩きだそうと
思います。

多分別スレからお付き合いいただいている方々も多いと思います。
うれしいお知らせも、心強い支えも、私の励みでした。
本当にありがとうございます。

また、新しくご覧になった方々へ。
決して決まったメンバーでの閉鎖的なスレッドではありません。
同じ立場を共有するものとして、体験したものしかわからないこと、
また情報があります。
少なくとも私は、とてもつらい状態のときに、そういうスレッドを
探していました。お互い支えあって、大切な家族が少しでも幸せな
状態が続くように心を尽くしましょう。
そういう祈りをこめて・・・・。


201 名前: はこ 投稿日:2006/06/01(木) 22:55
由布さん、ばばのしんさん、ありがとうございます。
私も言わないメリットの方が大きいと思っています。
本当は本人の望むとおりにしてあげたいのですが、こればかりは聞けませんからね。
明日も良いお天気でしょうか。お日様パワーでガンバ!ですね。


202 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/06/01(木) 23:00
はこさんのお父様いい状態で本人も希望を持って過ごされて
いるんですね。
わざわざ悲観的にさせたくないですものね。

私の母が亡くなる前の1ヶ月前位 お腹にこぶのようなものが
出来てだんだん膨らんできました。
(最終的にはこれが破裂して昏睡状態に入って亡くなってしま
いました)本人は ガンがこぶになって膨らんできた、と不安
で絶望状態でした。主治医がとっさの一言で「人工肛門のせい
で腸が動いて膨らんだのかな。だいじょうぶ。がんじゃないで
す」って。
このあと母が泣きながら喜んでいたのを今でも忘れる事ができ
ません。うそをつくのは嫌ですが でもあのときの一言が 母
びっくりする位元気にさせました。
残された時間が限られているって思うと悲しいです。
でも少しでも希望がもてるように 大事な時間をお過ごしくだ
さいね。辛いばかりじゃなくっていい時だってあります。
(お邪魔してすみませんでした。皆さん頑張ってね)

203 名前: 富ママ 投稿日:2006/06/01(木) 23:13
202さん。お邪魔だなんていわないでください・
皆情報を待っているし 経験も聞きたい。
今後ともこのページの皆様も応援ください。お願いします。
はこさん。
告知との駆け引きになるのでしょうか。。。
本当に我が家は46日の入院でしたので何とも言えませんが
年齢。体力。本人の一番の希望。
慢性肝炎でインターフェロンした時、高熱、鬱、それが何ヶ月も続き
「これでいいの?」なんて心配しました。
まだ、酷い状態ではなかったので乗り切るトコが出来ました。
少しの時間考えてみてください。家族会議も!!!
明日も良い日でありますように!!!

204 名前: はこ 投稿日:2006/06/02(金) 10:08
202さん、本当に貴重な体験談をありがとうございます!
私も父に絶望的な気持ちになって欲しくない。最期まで希望を持ち続けて生きてほし
いと願っています。
お話聞かせてもらってとても嬉しいです。みなさんのひと言でたくさん元気をもらう
ことができます。本当にありがとう。

205 名前: るいるい 投稿日:2006/06/02(金) 10:58
こんにちは。初めて書き込みさせていただきます。
彼のお父さんが2月に肺癌の末期と診断され、秋まで持てばいいかなという
状態だそうです。(告知されています)
抗がん剤と放射線の治療をして今は退院されてます。
お母さんがパニックになってしょっちゅう電話してきます。

彼は一人っ子で親元を離れて暮らしていますが、可能な限り家に帰ってあげてと
言うと「金かかる」と言い(大阪〜博多)、お母さんからの電話には「人間は必ず
死ぬんだから仕方ない」とか、理屈だらけの説教ばかりしています。
彼は、「将来僕だって家庭を持つんだから、父が居なくなってもひとりで
生きていけるようになってもらわないと困る、そう導くのが本当の愛だ」と言うのです。
そしてその「説教」でご両親は納得していると言っています。
しかし、お父さんのブログを見ると、とても納得しているとは思えません。

また、彼に抗癌剤や放射線をやって効果はあったのか聞いても「知らん・・・」と
他人事のように言われました。答えたくないのではなくて、本当に知らなかったみたいで
気にならないのかと驚きました。
私はご両親とは面識はないけれど、年賀状や手紙を数回やりとりしたことがあります。
私は学生の時に父を癌で亡くしていて、お母さんの不安や恐怖心、お父さんの
切なさ等が痛いほどわかります。

数ヶ月悩みに悩んだのですが、闘病中に父が喜んで飲んでいた水と、私が癒された
本を手紙を添えて送らせていただきました。
お父さんの少しでも体が楽になりますように、そしてお父さんもお母さんも
絶望的で暗く苦しい毎日をただ過ごすのではなく、たとえ病気でも、幸せと
感じていただきたいという願いを込めて送らせていただきました。

彼には「手紙送るよ」と言ったけど、何も返事はありませんでした。
届いた後も何の連絡もありません。
ご両親からも何の音沙汰もありません。

私は大きなおせっかいをしてしまったのでしょうか・・・。
かえってご両親を傷つけるような失礼なことをしてしまったのでしょうか?
父の闘病中、父の体を気遣って私の友人知人が色々なことをしてくれて、
私も母も嬉しかったのですが、それも人によるのでしょうか・・・。

皆さまのご意見をお聞かせいただけたら嬉しいです。
よろしくお願いいたします。
スレ違いだったらすみません・・・。

206 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/06/02(金) 23:20
るいるいさん・こんばんは
貴女が真心こめて送ってくれた手紙、本ご両親には通じるとおもいますよ。
今はパニックで息子さんに逢いたい一心で他人事ではないのかもしれません。
彼が言うように、将来自分の家庭が・・・・・当然のことですね。
でもどんな親でも、自分の子供の幸せを願わぬ親はいません、我が子のためなら
命も辞さないのが、親というものです。仮にも自分を生んで育ててくれた親
海千山千の恩はあるはずです。ましてや余命も告知されてるとか、
父親として息子に言い残しておきたい事、いろいろあるでしょうに・・・・・
意識が混乱して行っても、後悔先にたたず、(墓石に衣もかけられず)
元気な内に行ってあげたいとは考えられないのでしょうかね。いろんな相談に
のってあげ、お母さんを励ましてあげれば、お母さんもどんなにか心強いか、
ご両親がかわいそう。なんと薄情な息子さんだろうとかんじました。
自分の家庭が大事=自分だけが大事、におもえます。
一泊でも良いから是非行くように進めてください、それでこそ貴女の存在かんが
評価されるとかんがえますが、私の考え間違ってたらごめんなさい。

207 名前: デニ◆tuYFJisJD6 投稿日:2006/06/03(土) 00:00
るいるいさん、こんばんわ
私は少し違う意見を言わせてもらいます。(るいるいさんの行動を否定してる訳じゃありませんので)
まず彼の行動ですが、家族の絆って他人から見たら全然違うように見える事ってあると思います。
傍から聞いてると冷たく言ってるように聞こえても、十分に気持ちが伝わってる事も
あるんじゃないでしょうか? 彼は一人っ子ということですが、普通なら甘えられて育ってるので
すぐにでも駆けつけるんじゃないでしょうか? でも行かないのは、今が危篤の状態じゃないから
今の状態(大阪での生活)のしがらみを考えてのことかもしれません。
お父様のブログを見ていませんし、彼がどのような生活を送ってるのかわかりませんので、
勝手なことを言わせてもらってますが・・・
昔、私の母が肝炎から肝癌になり、会話も出来ない状態の病床に兄弟が集まった事がありました。
それまで顔すら見せなかった親族が最期に集まって、声も出せない母にイロイロ話してるのを見て
ほんと人間ってバカやな〜と感じたものでした・・・。
(206さんが言われるように、後悔先にたたずです)
ダラダラと話がそれてしまいスイマセン、ただ、彼の行動が当時の親戚と重なってしまって
ついつい書き込んでしまいました。。。
(こういう私も、言うほどの孝行息子ではなかったんですけどね・・・)

208 名前: 富ママ 投稿日:2006/06/03(土) 00:47
るいるいさん。こんばんわ!初めまして。
悩めるところですよね〜〜〜考え方はみな違うので気にしないでください。
我が家だけのお話しです。
 旦那は母親が大腸癌で手術してICUに入ってる時でも
「ここにいても何も出来ない」と言って外にでてしまいました。
心配はしていると思うのです。でも、性格もあるので素直に表面に出さない人もいるし。
 親に対しての行為は私は嬉しいですが 何処まで貴女を受け入れてくれているか・・・・
多分大丈夫だと思います。九州の人は旦那の親もそうですが。。。。。
地方の考え方により何ともいえません。
私の元旦那も福岡です。性格むずかしかったです〜〜〜これはその家族です。
結果は置いて 貴女が彼の家族を思う気持ち十分に伝わります。
後は、彼に「どうなの?」って聞くより、喜んでくれたカナ〜とのんびり待ってはどうですか?
あまり表現してくれない家族かもしれませんね!
ところで一緒に2人で暮らしてるの・・・・ですよね!
心配ですね  迷わず力になってあげてください。
そして 親を立てる可愛いお嫁さんになってね!!!

デニさん。初めまして。
これからも宜しくお願いします。

209 名前: ばばのしん 投稿日:2006/06/03(土) 07:04
202さん、お邪魔なんてみんな思ってませんよ。
そう感じさせる雰囲気があったら、ほんとに申し訳なく思っています。
みんな同じ立場で、書き込みを心待ちにしているので、とてもうれしい
発言です。
これからもよろしくお願いします。

るいるいさん、はじめまして。
一生懸命考えて行動したことは、相手に必ず通じると私は信じています。
大変な最中にあって、るいるいさんを思いやる余裕がないのかもしれませんね。
家族の関係はなんだかんだいっても、その中に入らないとわかりません。
冷たいように感じても、実際、本人たちはそう感じていなかったり・・・。
やっぱり血のつながりってすごいなぁ・・と思うこともあります。

ちなみに、私だったら、息子の彼女からなんて、とても嬉しいですよ。
自分を思ってくれたという以上に、こんなに温かい人が息子の嫁になってくれる
のなら、息子は大丈夫・・ということで、とても安心します。
なんだかんだいって、自分の身より、息子の心配をしていると思うので・・。
彼氏のきつい時期をしっかり支えてあげてくださいね!

210 名前: はこ 投稿日:2006/06/03(土) 08:53
るいるいさん、初めまして。
みなさんのおっしゃる通り、あなたの優しい気持ちを彼のご両親も嬉しく思ってらしゃると
思います。ただ今はそれを表現する心の余裕がないのでしょう。
彼にしても本当は飛んで帰りたいと思っていても、誰かから言われると強がって心にもない
ことを言ってるのかも知れない。そういうことってあると思うんです。
彼も必死で自分の感情を抑えて耐えているのかも・・・
そんな彼を見守って理解してあげてください。
富ママさんの言うように、のんびり待つような感じでいる方が彼も素直になれるような気が
します。勝手に解釈して書いてしまいました。気に障ったらごめんなさいね。

211 名前: るいるい 投稿日:2006/06/05(月) 11:40
206さん、デニさん、富ママさん、ばばのしんさん、はこさん。
お返事本当にありがとうございました。
皆さんが書き込んで下さった通り、私の想いはご両親に通じたみたいで、
昨日速達でお礼の手紙をいただきました。
私のした事でご両親が嫌な想いをされていなかった事には安堵しました。

しかし、今回の手紙は病気のお父さんが直々に書いて下さったもので、
こんな事は初めてだなぁと思いながら読んでみると、5月の連休明けに
夜中に気配を感じて目を覚ますと、お母さんが枕を包丁で刺していた
そうです。
お父さんの声でお母さんはハッと我に返ったそうです。
精神科を受診させ、今は何とか落ち着きを取り戻しているそうです。

彼からは何も聞いていなかったので驚きました。(一緒には住んでいません)
そんな状態でも「甘やかしてはいけない」と帰らなかったのが
信じられません。1人で生きていけるように強くなって欲しいと言うのは
正論かもしれません。でも、今言うべき事かなと思います。
今必要なのは家族がいたわり合う事ではないでしょうか。
お母さんの不安や恐怖心、痛いほどよくわかります。
1人で耐えているお母さんのことを思うと涙が出ます。

彼とは今後どうなるかわかりませんが、彼のご両親という関係ではなく、
肉親を癌で亡くした痛みを持つ者として、これからも関わりを持ちたいと
思います。
お父さんの病状で、これからますます厳しい現実がやって来ると思います。
でも、私は奇蹟も信じています。奇蹟が起こらなかったとしても
やはりご両親が「夫婦になれて良かったね」と穏やかな気持ちで過ごして
いただける事を祈ります。

212 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/06/05(月) 23:14
るいるいさん・貴女って本当に気持ちの優しいおかたですね。
先回は親の立場からで、少しきつい事を言ったと後悔していました。
一人息子ってどうしても自分本位に物事を考えがちですよね。
私が親だったら、貴女を頼りにするかもしれません。
私達夫婦も、ご両親とは年上とおもいますが、旦那が肝臓癌になり
かなりたちます。私も自分から心療内科にいきました、とても正常では
居られません。薬の力を借りています。
お母さんにどうか優しい言葉をかけてあげてくださいね。
自分で何をいいたいのか、支離滅裂でごめんなさいね。
とりあえず、親の立場から書き込みしました。

213 名前: 富ママ 投稿日:2006/06/06(火) 00:04
るいるいさん。
先日は少々きつい書き方になったかな?なんて心配しておりました。
気持ちを受け入れてもらえてよかったですね!!!
でも、  お母さん。極限の様子。
それを冷静にみているお父様の気持ちは どうでしょう。
彼の気持ちも必要ですが 今後お父様とお話し出来るなら お母様の
心の介護も必要かとおもいます。
今は お父様がお母様の心配をされています。
お互いがきついですよね!!!
一言。彼にお伝えしたら 貴女はお父様と一緒に治療しながらお母様の心の支えになってあげてください。
個人的な意見でごめんなさい。
お母様 もって行き場がないんですよね!!!



214 名前: るいるい 投稿日:2006/06/06(火) 00:10
212さんへ
212さん=206さんですよね!?
前回、全然きつい事を言われたなんて思いませんでしたよ。
私はとてもありがたくて、励まされました。

私の父も肝臓癌でした。
父には奇蹟は起こらなくて、私はこの数年間当時の事を無意識に
封印していたみたいです。
今回、彼のご両親を通して、父と向き合う時を持たせて頂いています。
当時は自分の心の中の恐怖や不安と戦うのに精一杯で父や母や兄弟の
気持ちも周りの方々の支えも全く考えたり気付く余裕がありませんでした。
しかし、今は全て受け止める事ができるようになり、当時関わって下さった
方々に申し訳なさと感謝の気持ちで一杯です。
そして、父の事がもっともっと大好きになりました。

212さんのお辛い気持ちも、看護の大変さもよくわかります。
でもどうか希望を持ち続けて、お体を大切になさって下さい。
ご主人様と212さんに沢山の愛と勇気と希望の光が降り注ぎますように
お祈りいたします。
ありがとうございました。

215 名前: るいるい 投稿日:2006/06/06(火) 08:48
富ママさんへ
ありがとうございます。
前回、全然きついとは思いませんでしたよ。地方独特の風土と言うか、
考え方もあるんだなぁと勉強になりました。
また、皆さんが書いて下さった「家族の絆」とか、「家族は外から
見ているだけではわからない」と言うのもとても納得しました。
やはり自分が基準で、その物差しでしか見てなかったし、
考えられなかったなぁと反省しました。

お父さんもつい不満や愚痴、小言を言ってしまってそれが
お母さんを苦しめているみたいだけど止められないと
書いておられました。
しかし、自分の体が大変な状況にあって、それだけ冷静に
自分を見られる事はすごく勇気があるし、立派だなぁと
思いました。
若輩者の私がどこまで力になれるかはわかりませんが、
離れていても一緒に乗り越えさせていただきたいと思います。
ありがとうございました。

216 名前: とんぼ 投稿日:2006/06/06(火) 13:38
るいるいさん、本当に優しい方ですね。私の息子達はまだ幼稚園児ですが、
あなたのような優しい彼女がいたら、とてもうれしいと思います。
お父様もあなたのような方が息子を支えてくれていると思うと、
とてもうれしいはずだと思います。今は自分をどうこうして欲しいというよりも
息子の力になってやって欲しいと思うのではないかな?
私の父もそれまではしょっちゅう実家に帰ってこいって言ってたのに、
癌と分かったとたん、こなくていいと言うようになりました。
自分の事で精一杯というのもあったでしょうが、自分の事で子供に迷惑を
かけたくないという思いもあったのかな?まだ治ると思っていたからというのも
あるでしょうが。
私が思うに、彼も今とても辛いのだと思います。でも男の人って彼女や家族には弱みを
見せたくないのかな?また自分でもどうしていいか分からずに実のお母さんに
八つ当たりしてしまってる部分もあるのでしょう。どこかで逃げてしまっているの
かも知れません。男の人って女より、本当はずーっと弱いのです。
るいるいさんが一緒に帰ってあげることとかはできないでしょうか?(夏休みとか?)
るいるいさんが彼の家族の潤滑油になれるといいですね。
無理はしすぎないように、家族をそっと支えてあげて欲しいです。
家族以外にも、一緒に心配してくれる人がいるって、すごく力になります。
応援していますね。

217 名前: とんぼ 投稿日:2006/06/06(火) 13:54
それとお母様心配ですね。彼には他に兄弟はいないのでしょうか?
お母様1人の肩に、看病やらいろんな決断を迫られるのは
あまりにもきついと思います。私だって1人で決断したり、告知を
受け止められた自信はありません。彼はお母さんの話を聞いてあげて、
一緒に考えてあげてるのでしょうか?彼は「甘やかす」ということと
家族が力を合わせることを履き違えているように思います。
夫婦が助け合うのと同じように、
親の面倒を見るのは子供の務めです。お母さんに「いつもありがとう」
「力になれなくてごめん」と伝えてあげてるのでしょうか?
感謝すること。苦労をねぎらうことは、甘やかすとは言いません。
甘やかすとは、やらなくていいのに、やってあげることです。
今、ご両親は助けを求めているのです。
彼もこれを機に少し大人にならないとなりませんね。
まだ実感がないのかなぁ?


218 名前: はる 投稿日:2006/06/06(火) 21:07
るいるいさんへ
始めましてはるです。るいるいさんのとった行動はとても彼の両親の
励みになり、病気と闘う勇気を与えたものだと思いますよ。
彼にもるいるいさんの気持ちが通じるといいですね。



219 名前: はる 投稿日:2006/06/06(火) 21:35
はるです。なかなかレスする時間がなくって、でも読む事は時折しており
励まされています。
私の父は相変わらず入院してます。治りかけた気胸も再発して、そのために
抗がん剤治療もできずただ毎日をベットの上で過ごすようになってきました。
先週呼吸困難みたいな発作を起こしそれからは、歩く事さえもできなくなり
食べる事もできなくなり、声もかすかすになってしまいました。
1日の殆どを寝て過し、母が毎日泊まりこみで看病してます。

さすがの母も父の余命の短さを感じ、覚悟をきめました。
以前余命の告知の話をしましたが、告知しなくても日に日におとろえていく自分と
向き合うなかで、時間をかけてゆっくり感じていくものなんだなと
思いました。父にも母にも余命の告知はしなかったけど、私は余命を医者から
聞いた時はこんなに元気なのに・・と思い受け入れることができなく
ただいつも頭のすみにありました。気持ちがシャンとせず今まできてしまいました。
その間つらい事・・もやもやな気持ちが父母とも短いぶん 普通のくらしができたように
思います。
告知についてはいろいろな考え方があると思いますが、知っていて知らないふりは
かなりつらいです。母とは衰えていく父をみて今同じ土俵で話すことができるように
なったぶん、同じつらさを共感できお互いに心の支えになっています。

点滴の抗がん剤投与のための入院ほんの数日の予定だった
気胸さえなかったら・・
家に帰れたのに・・抗がん剤投与して無くても穴がふさがりません。
癒着手術も体力がなくてできません。
 
せめて後1回だけ・・家に帰らしてあげたい!!そう思う毎日です。
こんな状態になっても生活があるがために、仕事しています。
父と会うのは、ほんの2時間程度・・

とりとめの無い文章ですみません。
お邪魔しました。


220 名前: 由布 投稿日:2006/06/07(水) 20:31
はるさん今晩は、大変な時期をすごされているんですね。 
昨夜、はるさんの書き込みを読んで、なんと返事をして良いやら言葉も 
みつからず、私もこの掲示板に力を貰いながら看病にはげんでいます。
内の場合は、本人も含め全員が、病名、病気の現状を知りながらの看病
です、旦那も覚悟を決めて前向きに治療に取り組んでくれていますが、
子供もも大変だとおもいます。仕事、家族を抱えながらですものね。
でもかけがえのない家族、今を大切に悔いの無いようにすごしたいと
思っています。はるさんも、今をたいせつに、辛いでしょうが頑張って
ください、つきなみですが、心から応援していますよ。

221 名前: 富ママ 投稿日:2006/06/07(水) 22:53
はるさん。
ソファーでゆっくり出来なくなってしまったんですね。
でも、まだ時間はありますよ!!!諦めないでね。
お母さんが1人でずっと泊り込みされているのですか?
 私は仕事を抱え子どもがやはり気になり二日でダウンしました。
はるさん〜お母様大丈夫ですか?
交代で父を見ることにより 随分楽になり自分は満足しています。
まだまだ先は長いです。お父様に出来ること 後悔の無い様にしてあげましょうね!
そして こちらの皆さんと一緒に乗り越えていきましょう。
お邪魔しました。なんて言わないでください。
みんな 貴女と家族を応援していますよ〜〜〜

222 名前: はこ 投稿日:2006/06/07(水) 22:57
はるさん、こんばんは。
出来ることならお母様と一緒にずっとお父様のそばについていてあげたいでしょうに・・・
正直言ってはるさんの立場にまだ立っていない私は実感できませんが、でも自分のことのように
つらいです。たとえ数時間でもお父様と過ごす時間を大切にしてください!
気の利いた言葉が浮かばなくてごめんなさい。
お父様の苦しみが少しでも和らぐようにお祈りしています。


223 名前: ばばのしん 投稿日:2006/06/08(木) 07:26
はるさん、家族みんなきついですね。
少しでも長くお父様のそばにいたいでしょうし、つらいですね。
私はその時期、富ママさんや210さんがいわれていた「病人からのサインを
見逃さないように・・」という言葉だけを考えていました。
聴覚だけはずっと残ります。本人からの発語や反応はなくっても、語りかけれ
ばお父様はちゃんとわかります。
応援しています。

224 名前: るいるい 投稿日:2006/06/08(木) 19:56
とんぼさんへ。
ありがとうございます。
本当に書いて下さった通り、彼は「甘やかす」ということと
家族が力を合わせることを履き違えていると私も思います。
彼は一人っ子、彼のお母さんも一人っ子で、お母さんは相談
したり話を聞いてくれる人が側にいなくて、どんなに心細く、
休みたくても休めず、心身ともにかなりきついと思います。
彼は確かに危機感もないけれど、人の痛みがあまりわからないんじゃ
ないかと思います。

そう言う私も以前はそうでした。
今、ここで皆さんに「優しい」と言っていただいて大変恐縮して
いますが、もし、私が優しい人間になれたのなら、それは父が
身を挺して教えてくれたのだと思います。
父の病気がなければ、私は他人の気持ちを考える事もできないまま、
自分本位の生き方を続けていたと思います。
だから彼の事は責められません。
彼ができなければご縁をいただいた私がさせて頂きたいと思います。

皆さんも大変な状況の中、励ましと元気をありがとうございました。
皆さんの優しさと勇気を心に刻んで、彼のご両親の支えになれるよう
日々精進してまいります。

225 名前: るいるい 投稿日:2006/06/08(木) 20:11
はるさん、大変な状況の中、温かいお言葉を
本当にありがとうございます。
はるさんもお体に気をつけて、お父様との時間を
大切になさって下さいね。
お父様が心身ともに癒されますよう、お祈りしています。

226 名前: あかね 投稿日:2006/06/09(金) 09:32
父が逝って3週間。
日常生活を取り戻しながら ふとした瞬間に寂しさを感じます。
実家に帰ったときに 父が座ってた椅子を見たり、手帳とペンを見たりすると・・・
それを毎日眺めてる母は もっと寂しいんだろうなと思い
できる限り実家に帰っては 母を連れ出して食事に行ったりしています。

>はるさん
どんなに会う時間が短くても 一生懸命な思いはきっと伝わると思います。
短時間でもできることをしてあげてください。
私は亡くなる3日前に父の爪を切り 兄は亡くなる前日にひげを剃って上げてました。
それが今は思い出になってます。
でも これは父のためにしたことじゃなくて 
自分たちのためにしたことなんだなって今になって思います。

227 名前: はこ 投稿日:2006/06/09(金) 20:08
はるさん、私は以前のはるさんと同じ立場です。
父はもちろん母にも詳しい話はしていません。
あと半年と言われてからもう2ヶ月以上過ぎてしまいました。
それでも父は元気にしており、7,8,9月と旅行の計画を立てています。
日帰りか一泊のささやかな旅行ですが両親そろって行けるのはあと何回
あるのでしょうか。
先日ICレコーダーを買いました。そして主人の誕生日にと、父にメッセー
ジを吹き込んでもらいました。次に入院する時、母は足が悪くて毎日父の
顔を見に行けないでしょうから、お互いに何か録音して届けたいと思って
います。
母にとっては突然の別れがくるかも知れないから、その時のために何か
残しておいてあげたい そんな気持ちです。

あかねさん、少しずつ落ち着かれてきたようですね。
でも寂しさは増していくのかも・・・ もっと時間が必要だと思いますが
お母様とお父様の思い出をいっぱい語ってくださいね!
ここにはやはりご家族を見送って、まだ悲しみの癒えない方もおられます。
悲しいときはここに来て何でもお話してください。

228 名前: 富ママ 投稿日:2006/06/09(金) 22:44
心のケアでしょうか。。。。
父や兄や そして自分の為。すべて自分が満足もあるでしょうが
今まで乗り越えた事がすべて思いでですね!
たとえ時間がなくても、家族の為に一つでも力になれたら。。。。
よかったですね。
思い出。日増しに辛く感じます。そして残された伴侶。今後が気になりますが
皆さんで応援してくださいね。
今回の皆様の書き込みを読んで 父の偉大さと残された母の今後を
考えさせられました。本当に毎日を大切にしたいですね!!


229 名前: 由布 投稿日:2006/06/09(金) 23:51
皆さん、それぞれの思いを抱え今を頑張って生きて居られるんですね。
うちも、旦那が倒れて以来精神的にすっかり弱ってきたみたいで、昨年
その姿を見ると、わたしまで落ち込み、悲しくなります。本人はもっと
大変なのにとおもっても。。。。。
友達からは、貴女がしっかりしなければと励ましをうけますが、またその
言葉が重荷になり、できない自分がなさけなります。
それでも生きなければ成らない・・・・悔いを残さぬ看病をしなければと
おもいはさまざま、もうどうにでも成れとおもうときもあります。
あの時、年がどうのこうの、看病がどうのこうの、言い訳にはなりませんよ。
は、また傍若無人、恥知らず、はキツカッタ〜〜〜
今となっては、どうでも良い事でしたが・・・・・・・

230 名前: 由布 投稿日:2006/06/09(金) 23:57
すみません上記の文中、昨年は消し間違いです消してよんでください。自分が
それと情けなくなりますの、くがぬけていました。

231 名前: はる 投稿日:2006/06/10(土) 08:05
皆様、温かい言葉をどうもありがとうございます。
とても心に励ましを頂きました。
父ですが、あちこち痛がるようになり、足のむくみも膝あたりまで
むくむようになりました。
しかし食事はほんの少しですが、時々おかゆを口にできるようになりました。
殆ど点滴の毎日ですが・・・

泊り込みは、休日以外は母1人で行っています。
完全看護の病院ですが、やはり看護婦さんの手が少ないのと
できるだけそばにいてあげたいという思いからです。
母が疲れをださないように、私は仕事をはやめにきりあげたり、夜数時間は交代している
毎日です。とはいえ保育園の子がいるので、思うようには動けませんが・・

先日上司に介護休暇の相談をしました。
6月末からならとれそうですので、それまで、それ以上父がもって
くれることを、祈るばかりです。
そのことを父に話したら以前は 仕事は大事だ!って怒ったのに
今は勝手にすればいい の一言でした。
それだけ、身体がえらいのでしょうね・・・

父のために・・と同時にあかねさんが言うように自分達のためでもあるんでしょうね
父との思いで作りみたいな・・自分の自己満足みたいな・・
それでも時折声にでなくても、笑ってくれる父が、嬉しくて・・
精神的にかなりまいるときもありますが、一瞬一瞬大切にしていこうと
思います。

いろんな状況の方が頑張っている
つきなみな言葉ですが、お互い頑張っていきましょうね・・

P・S はこさんICレコーダーとはいいアイデアですね
    私も父の声がよくでてたころに録音しておけばよかったな・・
    病状は悲しいことに少しずつすすんでいきます。
    私の父はずっとよくなると思い込んでました。
    だから旅行も「もう少しよくなったらな、それまでの楽しみ」
    と言ってた父を強引に誘う事はできませんでした。
    変に怪しまれてはいけないと思い・・
    まさか気胸がおこりどこにも行けなくなるなんて思っても
    みなかったことです。父自身もですが・・
    いまさら、私がいうことではないと思いますが、いつ何が
    起こるか本当にわからないです。
    はこさん自信いろいろつらいこともあると思いますが
    はこさんの両親にたいしての思い、応援してます!!    
    


232 名前: とんぼ 投稿日:2006/06/10(土) 12:08
はるさんへ
介護休暇のことですが、もう少し早めてもらったほうがいいかも知れません。。。
私の母もずっと仕事が忙しく、仕事帰りしか病院に寄れなかったのです。
一応責任ある仕事をしていたので、休みたいと言ってすぐ休める状況では
ありませんでした。仕事と介護の両立で母も大変だったと思います。
でも、まさかそんなに急に容態が悪くなるなんて思っていなかった。
どこかでまだ大丈夫と思っていたかったのだと思います。

自宅介護の準備の為、会社の休みがやっと取れた矢先に父の精神状態が
おかしくなり、私達のことも分かってるのかどうなのか?という
状態になってしまいました。もっと早く休みを取っていればと母は悔やんでも
悔やみきれない状態でした。私も「仕事なんか今はどうでもいいから
(お金はなんとかするから)うそをついてでも何でも早く会社を休んで」と言っていたのですが、
責任感の強い母は、なかなか、休めなかったようです。
その気持ちも痛いほど分かるのですが、私は仕事より何より
父の残り少ない毎日を一緒にいてあげて欲しかったのです。
子供より孫よりも母と一緒にいることを望んだ父でしたので。
私も子供達が春休みになったら実家に帰ろうなんて思って
いないで、幼稚園を休ませて、もっと早く実家に帰ればよかった。
本当に歩けなくなったら、あっという間でした。
もし、また元気になったらなったでいいのですから、とにかく
ご自身の悔いのないようにしてくださいね。

小さな子供を抱えての介護は本当に大変ですよね。子供が風邪を引いたり、
自由に動けなかったり。私も子供達がいなければ、もっと父のために何かできたのに。
と思うと同時に「でもこの子達の顔を見せてあげれたことは、
私にできたたった一つの親孝行だったようにも思ってます。

月並みなことしか言えませんが、周りの人の助けをいっぱい
借りて、悔いのないように頑張ってくださいね。
周りの人には、あとで恩返しすればいいのですから。

233 名前: とんぼ 投稿日:2006/06/10(土) 12:15
ちなみに、母の場合、介護休暇の申請をしてる時間はなかった
のと、そういう制度を利用しにくい職場のようで、とりあえず「ただの休暇」をとりました。

もっと、病状によっては「介護休暇」を気兼ねなく、すぐにとれるような社会になって
欲しいですね。

234 名前: はる 投稿日:2006/06/10(土) 14:26
とんぼさんへ
ありがとうございます。
とんぼさんの言う通りだと思います。
父をみていてもそう思います
一応会社には容態がかわったらもう少し早めにとは伝えてありますが
なかなかとれないのが現状です。

休暇下さい は勇気がいりますね
そんなこといってられないくらいだと自分でもわかるのですが・・
仕事っていったいなんでしょう
動けない自分がいます。

もう一度考えて見ます。
アドバイスありがとうございました。


235 名前: 富ママ 投稿日:2006/06/11(日) 23:04
 はるさんへ。
いつもお話してたのですが、我が家には時間がなさすぎて
介護休暇がほしい。と申し立てしたものの二日後には即決させていただきました。
それから10日位だったでしょうか。。。お別れが。。。
もっと早くから、、、でも手続きが間に合わないんですよね!
00日前から申し立てするように!!!
結局 欠勤扱いにしてもらいました。
でも大丈夫ですよ!事務所は書類を出してくださいと言ってくれてましたから!!!
自分の固定の休みをひくと たったの6日。
書類作成がめんどくさくて 放棄しました。
人それぞれですが 自分に、家族に後悔のないように。(祈)

236 名前: はる 投稿日:2006/06/12(月) 06:25
富ママさんありがとうございました。
半日ずつでもお休みもらうえるように、はなしてみるつもりです。
仕事の状況にもよりますが・・頑張ってみます。

237 名前: はる 投稿日:2006/06/16(金) 22:39
皆様元気ですか?
なんとか1週間が過ぎました。
介護休暇の件ではいろいろアドバイスいただきありがとうございました。
日にちはやはりずらせないので、とび休を頂いたり朝仕事いく前に病院へ
行くようして・・日常のなかで会う時間を搾り出してる毎日です。
負担は子どもに一番いっていて申し訳ないなと思いながら
でも、割り切って行ってる状態です。

父は白目をときおり見せるようになり、かと思えば天井をかっと目を
見開いてしばらくみてたり・・口のあけかたもかわってきました。
喋る事もなくなってきました・・

今日先生とお話して痛みが今より激しくなった場合、それをとるための
痛み止めで、血圧がいっきに下がりそのまま亡くなる可能性が高いといわれました
医者としては痛みを和らげる方法をとりたいが、一度家族で話あってください。
と、言われました。
さて、どうしたものか・・覚悟はしているものの、少しでも痛みがとってあげたいものの
死が目の前にあると、即答できません。
父は痛いのはいやだといっていたので、その意思をとうしてあげるほうが
いいんですよね??きっと・・
母には先生からこういう話があったとは、いえませんが雑談の中で伝えていこう
と思ってます。痛み止め=痛みが和らぐぐらいにしか思っていませんから
痛み止め=死の可能性強いということもあることを知らせておきます。

今まで何度も何度も泣いて泣いてまだぐっとこみあげるものもあるけど・・
なんだか疲れてきてしまってる自分がいます。父の傍にという思いと
たまにはぼーーと何にも考えたくない自分がいます。

母もいろいろ思うことがあるだろうにずっと泊り込みしってて・・母は強いな
と思います。介護は自分の知らないとこで疲れがでるって教えて頂いたことが
あるけど、本とそう思います。

皆様元気ですか?悔いのない毎日を送っていますか?
長々とすみません・・





238 名前: かず: 投稿日:2006/06/17(土) 01:13
こんばんは。
5月末に父が他界しました。
会社に介護休業の申請書を提出した矢先の出来事でした。

これまで、皆様の温かいお言葉で、どれだけ癒された事か。
ありがとうございました。


239 名前: 名無しさん@癌掲示板 投稿日:2006/06/17(土) 12:49
かずさま
心よりお悔やみ申し上げます。
これから まだまだ悲しい日がつづくかもしれませんが
ご自愛くださいね。。。。。。

240 名前: はこ 投稿日:2006/06/17(土) 18:07
かずさん、なんと言葉をかけていいのかわかりません。
ご家族のみなさま、そしてかずさんご自身も本当にお疲れさまでした。
GWにはお父様との時間を十分持たれましたか?
休暇を取り介護に専念しようとするかずさんの気持ちをお父様は喜んでおられたと
思います。どのように手を尽くしても心残りはあると思いますが、かずさんが
お父様のことを思って懸命に努力されたことを私たちは知っています。
お疲れの出ませんようにご自愛ください。

はるさん、厳しい選択ですね・・・
私ならどうするだろう?と考えても容易に答が出せません。
苦しみは取り除いてあげたいけれど、1日でも生きて欲しい。
そう思うのは勝手な願いなのでしょうか。
お母様にお話するのも大変難しいことですが、ひとりで苦しまないでゆっくり
時間をかけてお母様と話し合ってください。
何も答えられなくてごめんなさい。

241 名前: とんぼ 投稿日:2006/06/18(日) 00:11
かずさん、私の父も自宅介護の直前にそれが叶わずに逝ってしまいました。
でも、看護師さんが「自宅介護」を家族が決断しただけでも
すごいことだし、なかなかできることでない。お父様も喜んでいたと
言ってくれました。まだいろいろ忙しいでしょうが、ゆっくり心と体を癒していきましょう。

はるさん、私も迷いました。でも、癌患者さんのブログをたくさん見ましたが
一番印象的だった言葉に「死ぬこと自体はそんなに怖くない。
でも、苦しんで死んでいくのは、ものすごく怖い」
というような事が書かれていました。もし私が癌になっても
同じことを思うように思います。苦しみながら数日、数週間生きる
のは、辛いし、そんな姿を家族に見せたくないと思うと思います。
でも、苦しんででも一日でも長く生きたいという方もいるのでしょうね。
それはそれで立派な生き様だと思います。やはり家族が一番本人がどちらの
タイプか分かってあげれるのではないでしょうか。。。
特に長年のパートナーであるお母様が一番お分かりだと思います。
本当に究極の選択ですが、よく話し合ってください。

242 名前: はる 投稿日:2006/06/18(日) 06:14
皆様へ
今まで本当にいろいろな温かいお言葉ありがとうございました。
何度心を救われたことかわかりません
私のたわいもない愚痴など、読んでくださり本当にありがとうございました。
感謝してもしきれないほどです。

父が昨日他界しました。

最期はみんなそろう事をまっていたかのように、週末にしかこれない
息子夫婦がきた矢先のことでした。
呼吸の様子が違い始め、いつもと違うから看護婦さんを呼びみてもらい
私達が呼びかける中、息が止まってました。
くるしくて、もがく分けも無くそのままスーという感じでした。

皆様本といろいろありがとうございましたm(_ _)m

それから今戦っている皆様へ
いつ何がおこるかわかりません
一瞬一瞬を大切に過されますように・・
陰ながら応援してます。

また落ち着いたら、お邪魔しますね・・

今まで本当にありがとうございました。


243 名前: 富ママ 投稿日:2006/06/18(日) 12:23
かずさんへ。
あなたの大切な時間にこの板が がたがたしてしまい力になれなくてごめんなさい。
ケアマネージャーさんとも沢山お話出来たでしょうか〜〜〜
自宅介護 みんな実現したいものです。
辛い中 お父様の事報告してくださり 本当にありがとうございました。
まだ「信じられない」のお気持ちでしょう。
お父様のご冥福をお祈りすると共に 残されたかずさんご家族のご心労お見舞い申し上げます。
また、顔を出してくださいんね。お父様との素敵な思い出大切にされてください。


244 名前: 富ママ 投稿日:2006/06/18(日) 12:29
 はるさんへ。
こんなに早く・・・・・言葉がありません。
どうか お父様がやすらかに 天国に行かれますように。。。
ご冥福をお祈りします。
 介護休暇間に合わなかったですか。
私もそうでしたが、「なんかおかしい」と思った時には。。。。
遅いんですよね。もっと早くにアドバイス出来たらと後悔しています。
 辛い中 早々の書き込みありがとうございました。
葬儀もありますし 家族皆様無理をされませんように。
家族皆様に看取られた ご自慢のお父様の事。
また お話ししてください。こちらからもお祈りさせていただきます。

245 名前: 由布 投稿日:2006/06/18(日) 19:35
はるさん・お父様のご冥福こころよりお祈り申しあげます。
大変な判断を迫られたり、本当に辛い時期を過ごされましたね。あまりにも
突然で、驚いています。はるさんは良く頑張られたと、ほめてあげたいと思
いますよ。
はるさんたちの、いろんな経験談を参考に、これからも看病に励む一員として、
悔いの無い、生き方をしたいとかんがえています。
此れからもいろいろと、大変だとおもいますが、どうかお体をだいじに、また
ゆっくりしていちだんらくついたら、いろんなお話聞かせてくださいね、
お待ちしています。お母様を大事にいたわってくださいね。

246 名前: とんぼ 投稿日:2006/06/18(日) 20:27
お父様のご冥福を心よりお祈り致します。

本当にお疲れ様でした。まだまだ忙しいでしょうが、ゆっくり
休んでくださいね。

247 名前: はこ 投稿日:2006/06/18(日) 21:27
はるさん、信じられないくらいあっという間に逝ってしまわれたのですね。
苦しまずに逝かれたこと、ご家族のみなさんに看取られて旅立たれたことが
慰めですね。みなさまお疲れが出ませんように。
お身体を大事にしてください。


248 名前: かず 投稿日:2006/06/19(月) 00:19

はるさん・・・。
ご冥福をお祈り致します。

皆様、ありがとうございます。
私は皆様に何が出来るのだろう・・。

249 名前: ばばのしん 投稿日:2006/06/19(月) 07:07
はるさん、かずさん、ご冥福をお祈り申し上げます。
ほんとにご本人、ご家族と苦しい日々、つらかったと思います。
どうか、体をしっかり休めてくださいね。
いろいろとしなければならないことは山積みでしょうが、先に延ばせることは
のばして、まず体を休ませてください。



250 名前: 富ママ 投稿日:2006/06/20(火) 02:03
 かずさん。
ここでお話し聞いてくださり、
気が向いた時にお話ししてくだされば十分です。
たまには自分の辛い経験をお話しして頂くかもしれません。
悩んで 苦しまれておられる方にあなたのメッセージを宜しく
お願い致します。
 少しは落ち着かれましたか?

251 名前: はる 投稿日:2006/06/24(土) 10:58
皆様お悔やみの言葉どうもありがとうございました。
まだやることは山ほどあり、ゆっくり悲しんでいる暇がないほどです。
そして月からは仕事復帰です。

今までと生活リズムが違ってきてまだこのリズムに慣れず惑っています。
葬儀がすんでもまだ父が亡くなった実感がわかず、まだ病院にいそうな気が
してなりません。なんだか私自身心にぽっかり穴があいてます。

看病している間は確かにつらかったけど、いつまで続くんだろうと思う事も
あったけど、やはり生きてて欲しかった。
看病の大変さはまだ頑張れる自分がいたのに・・残念でなりません・・

病院から帰るたびにこれで最期かもしれないと思いながら、朝がくれば
無事朝がきたと思ながら、仕事終わって顔をみるとまだ生きているよかった
と思いその繰り返しの毎日でした。
いつなにが起きるからわからないからと言われてたので、覚悟はしていたけど
亡くなる前日に先生に1,2日の間に亡くなる事はありますか?と聞き
よっぽどのことがないといいと思います。と聞いた次の日でした。
先生自身も驚かれていました。
癌が予想以上に進行していたということでした。
痛み止めのモルヒネが効いていたので、見た目には解からないほどに・・

父の死を無駄にしないためにも、ここで戦っている皆様に少しでも
役にたてたらと思います。
私の看病の範囲でしかわからないし、詳しいことは解からないけど
参考にしていただけたらと思います
次のレスに亡くなる少し前の様子をまとめてみました。






252 名前: はる 投稿日:2006/06/24(土) 11:40
少しずつですが、天井を見つめることが多くなり白目を時折みせるようになりました。
喋ることがえらくなり、だんだんまとめて喋れなくなりました。

ベットにもたれながら起き上がることもつらくなりました。
寝たままで足をあげることもできなくなりました。
足のむくみは、だんだん引かなくなりました。
ふとももまでむくみました。マッサージをすると気持ちよかったみたいです
おなかまわりはパンパンで今にもはちけそうなくらいでした。

食事もはしを扱うことさえ、疲れ食べさせてもらってました。
味覚はかわり父いわく甘いものがさらに甘くなるといってました。
最終的には飲み込むことが難しくなり24時間の点滴になりました。

亡くなる1週間前肩で息をする姿が時々見られるようになりました。
このまま亡くなるんではないかと思うほどに、とてもえらそうでした。

亡くなる数日前に心電図?(正しい名前がわかりませんが、脈をみるものです)
身体にはり、ナースステーションまで電波でとばしていました。
その山は他の人に比べ低かったです。

亡くなる1日前おしっこの量が極端に少なくなり1日に100ぐらいしかでませんでした。
口をよくあけるようになり、開け方がだら〜んとした感じです。
            
亡くなる当日は朝おかゆを2口ぐらい食べました。
身体もふいてもらい気持ちよさそうにもしていました。
亡くなる直後は呼吸の仕方はなにかのどにはさっかているような感じでした。
まだその時は意識があり私達の問いかけにもうなずいていました。
酸素は80ぐらいしかありませんでした。
酸素マスクをつけようとすると嫌がり「もう何やってもあかんだて」と
言い放ちそれでも私達は酸素マスクをつけると、少し落ち着き「息が楽になった
でしょう?」の問いかけにうなずいていました。
その中で私達になにか話していましたが、残念ながら聞き取れませんでした。
ただ「皆いるよ、大丈夫だよ」の言葉にうなずいていました。
そのうちまばたきしなくなり・・こちらの問いかけにも答えてはくれませんでした。

呼吸はカックンカックンという感じになり、間が段々あくようになりそのまま
逝ってしまいました。この時はもう息は止まっていたのかもしれません。

最期父は何もみえなかったみたいです。
以前レスで聴覚だけは最期まで残ると読んだことがあります。
応答さえできなくなりますが、聴覚は残るということは、実感しました。

簡単にまとめてみました。
今戦っている人たちに少しでも参考にしていただけたら嬉しく思います。






253 名前: はこ 投稿日:2006/06/24(土) 16:14
はるさん、大変お辛いお話をありがとうございます。
突然のことで戸惑っておられる気持ちお察しいたします。

私も数日前に診察日があり、父と一緒に行って来ました。
父はまだ通院しているのですが、今はガンの治療は何もしていない状態です。
塞栓もエタノール注入もできず抗がん剤も効かない、血液検査のデータも悪く
なって行っています。
時々深呼吸のような大変深いため息のような呼吸をします。何でもないと言いつつ
やはりかなりだるいのだろうなと思います。 
何も知らない父を見ているのはとても辛いです。いつまでこの苦しさが続くのか
と泣きたくなる時がありますが、はるさんのおっしゃるように、生きていてくれ
るだけで有難い、どんなことでもしたい!と思って頑張っています。

聴力は最後まで残ると私も聞いたことがあります。
はるさんやご家族の声にお父様は励まされたことでしょう。
みんながそばにおられるのを感じて、きっと心細くなかったと思いますよ!

はるさん、どうか無理をしないで下さいね。
悲しみを忘れようとしても出来ないときがあります。
逆にお父様を偲んで、思い切り泣いていいと思います。
はるさんの心の中におられるお父様とたくさん語り合って下さい。




254 名前: 富ママ 投稿日:2006/06/24(土) 21:58
 はるさん。
まだまだ実感わかない中 辛いお話ありがとうございました。
80とはSPO2の事でしょうか〜〜〜
酸素マスクをいやがる位しっかりしておられ 本当に急でしたね〜
お父様が最期に言葉にされた事。聞き取れなかったみたいですが
きっと「皆が幸せで過ごすように」の思いだと感じます。
これから まだまだ淋しさが増してくるかもしれませんが
ここのみんなが待ってます。
お話しくださりありがとうございました。
 はこさん。
病院に行かれたのですね。
呼吸の仕方など 以前と変わってくると不安ですね。きっと貴女の思い
伝わり 一日でも長く笑顔をみせてくれますよ!
負けないでね。。。ファイト!!!

255 名前: はる 投稿日:2006/06/25(日) 08:51
富ママさん
酸素80というのは、指に洗濯ばさみみたいなものをはさんで
身体のなかの酸素をみるものです。
spo2というものなのかしら?名前がわからなくてすみません

はこさん
私の父は余命のことは知りませんでした。
癌と知っていても数年たてば元気になれると思っていて、治療をうけていました。
1,2年たったら仕事するんだという前向きな言葉にうなずきながらも
父のいないところで大泣きしていた私です
なんとも言えないやるせない気持ちになりとてもつらかったです。
亡くなる数日前母に「もうだめかもしれんなぁ」と言ったそうです。
母はそれを否定し「悪くなって、よくなっていくんだよ、波があるんだよ」
と答えたそうです。父は「そうか」とただ1言いったそうです。
何か言い残したい事があったのかもしれませんが、それを聞く事は
先が短いことを知らせるようで、できませんでした。

ただ毎日会う中で、私から父に聞いておきたい事や思い出話や
母のことなどなにげなく伝えたり聞いたりしてきました。
今までありがとうと言う言葉だけは死期を伝えるようで言えなかった
1番伝えたかった言葉ですが・・・

はこさん、はこさんのつらい気持ち、時にはしんどくなる気持ち痛いほど
よくわかります。
時々気持ちをリフレッシュしながら、少し自分の時間をもちながら、うまく自分とも
つきあえるようにしていくことも疲れをためこまない方法の1つのように思います。
看病はある意味自分の心との闘いにもなってきます。
父、母のことは十分頑張ってることと思います。
どうか自分にもご自愛くださいね。
応援してますよ。




256 名前: ヒロ 投稿日:2006/06/25(日) 11:38
はじめまして、皆さん辛い時を過ごしておられるのですね。私も父が亡くなり明日で二七日を迎えます。
ここは、何度も拝見しておりましたが、なかなか参加できずにおりました。父は末期の状態でしたが治療中
の段階で腎不全を起こしてしまい心臓が持ちませんでした。今となっては、治療自体が良かったのか、悪るかったのか
わかりません。でも、たとえ2週間程の看護でしたが私達は全力で頑張りました。ただ、入院の前に父が母に
言った言葉が切なくて(もしかしたら、家には戻れないかもしれないな)と言ったそうです。
でも、安らかな最期で今にも起きてきそうな顔をしていました。それだけが救いです。
残された私達は、もう前だけを見て歩き出さなければなりません。愛しい人が戦っている姿をみるのはつらい
ことですが、どうぞ、看病をされている方頑張ってください。悔いを残さないためにも・・・


257 名前: はこ 投稿日:2006/06/25(日) 21:58
ヒロさん、初めまして。
お父様が亡くなられて二七日ではまだまだ大変な時期ですね。
入院前のお父様の言葉は哀しいですね。
ヒロさんが全力で看護できたといえることは素晴らしいと思います。
私も悔いを残さないよう頑張ります。
また落ち着かれたらお話を聞かせてください、よろしくお願いします。
お疲れが出ませんように十分休養なさってくださいね。

258 名前: はる 投稿日:2006/06/27(火) 18:38
ひろさん、初めまして。
もう前だけを見て歩きださなければなりません。の言葉
ほんとそうですね。
まだほんのり前をむけない自分がいますが、残された母のためにも
前をむけるように生きていきていきたいと思います。

どんなに悲しくてもつらくても、現実は過ぎていき、子育て、仕事におわれ
立ち止まってる時間はありません。

その方がいいのかもしれないと感じています。


259 名前: あき 投稿日:2006/06/28(水) 11:48
6歳の娘がいます。私達は私の実家の隣に住んでおり、
娘は保育園から帰ると、その足で毎日おばあちゃんの所に遊びに行きます。
おばあちゃんには、よくなついています。

そのおばあちゃんが、4ヶ月ほど前に膵臓癌で余命6ヶ月と宣告されました。
(おばあちゃんには、癌のことは言われましたが、余命6ヶ月ということは言われていません。)

おばあちゃんは、80歳を過ぎましたが、まだまだ元気。
娘には、まだおばあちゃんの病気のことは知らせていませんが、
近いうちには、いなくなってしまいます。
その時の、娘の精神的な打撃のことを考えると心配です。

おばあちゃんの病気のことが分かった時から、
ときどき娘には「人は死んだらどうなると思う?お星様になって、
大切な人のこと、見守ってくれるんだよ。」的なことは少しずつ話しています。

私は、おばあちゃんの病気のことは最初から知っているので、
心の準備はできますが、娘は何も知りません。
おばあちゃんは、小さい孫に、病気のことをまだ言って欲しくないだろうなと思い、
言えずにいるのです。

その時が来た場合、子供のためにはどうしてあげたらいいのでしょうか?

260 名前: とんぼ 投稿日:2006/06/28(水) 17:03
ヒロさん、はじめまして。皆さんこんにちは。
私は父が亡くなって、3ヶ月、ようやく少しだけ前を向いていけるように
なった気がします。時が一番の薬ということ実感しています。

ある癌患者さんから教えてもらったのですが、
http://pya.cc/pyaimg/pimg.php?imgid=6468
こんなフラッシュがあります。私はこれを見て、少しだけ気が楽になりました。
父ともまたすぐ会えるんじゃないかと。
私は私でマイペースに頑張って生きていこうと。

あきさん、うちの上の子は5歳です。本人の要望が第一だと思いますが、うちは
病名も含めてすべて本当のことを言いました(本人の前ではありません)
本人も嫌がっていなかったし、癌になることは隠すことでもなんでもないと思ったので。
ものすごく大変な病気なので、薬で髪の毛が抜けてしまうこと。
病室ではママの言う事を聞いて欲しいことなど、色々話しました。
そして「○○もじいじを応援しよう!」「力になってあげようね!」
とお手紙や絵を書いて、持っていってあげました。
徐々に弱っていくじいじを目の当たりにしてきたせいか、死んでしまった
というショックはそれほどなかったようです。子供なりに覚悟するのではないでしょうか。
ただ、「お空に飛んで行って、お星様になった」「もう会えない」というのは分かっていても、
「死」というものは、まだ理解できていないようにも思いました。
女の子の方が精神年齢が高いので、もう少し理解できるかも
知れませんが・・・。病名は言わなくても、大変な病気で
お婆ちゃんは治る為に一生懸命戦っている。頑張っている。
そのことは伝えてあげて欲しいと思います。
命の大切さって、言葉だけではなかなか伝わらなくて、自分の大切な人が身を持って教えてくれる
最後の最大のプレゼントのようにも思います。





261 名前: とんぼ 投稿日:2006/06/28(水) 17:16
ごめんなさい。そのときが来た時何ができるか?でしたね?

う〜ん。皆の悲しんでる姿を見せて、みんなで悲しみを共有できれば
いいんじゃないでしょうか?そしてお墓や仏壇に手を合わせる・・・。
うちの子達も実家に行くと、まず「じいじに挨拶する!」と言って、
お線香に火をつけます。そして、大好きなおやつも必ず
「じいじにもあげて!」とお供えしています。
亡くなっても、私達の心に生き続けているし、お空からいつも
見てくれてると伝えてあげればいいと思います。

262 名前: 富ママ 投稿日:2006/06/28(水) 17:24
とんぼさんへ。
そしてヒロさん あきさん。初めまして!
書き込みしようと思ったのですが、とんぼさんの紹介してくれたあのページを見て私の涙が止まりません。
父が病気になってから他界後半年。
無理に頑張ってた?自分をなぐさめてくれるようで。。。。
落ち着いたらまた 書き込みします。
とんぼさん。素敵なページありがとうございました。

263 名前: はこ 投稿日:2006/06/28(水) 21:48
とんぼさん、こんにちは!
私も見て、自然に涙が流れていました。
「いなくなった人」なんていない。僕たちが歩くのを応援している
本当に勇気づけられる言葉ですね。
じいじに大好きなおやつをお供えするお子さんもステキです!
命の大切さを教わる すごく大きなプレゼントですが、それをしっかり
受け止めているのですね。



264 名前: はる 投稿日:2006/06/28(水) 23:42
あきさん、初めまして
私にも6歳の娘がいます。
父の病気のことは初めから伝えてありました。
同居はしていませんでしたが、毎日会える距離でしたので
よく会っていました。余命のことはしらせていませんが
大変な病気と闘っていること、父の体調の事など知らせ
一緒に応援してあげようね。と伝えてきました。
孫からのエールに父も喜んでいました。
孫はなによりのはげみみたいです。

だんだん衰弱していく父を自然にうけとめていた娘です。
もう長くないと思った時娘に、もしかしたらの話をして、
伝えたい事など話しておくことや、よく覚えておく事など伝えました。
でも頑張ってるから今まで通り応援していこうね、とも伝えました。

そして病室でお昼寝をしている最中に父は亡くなりました。
すぐに起し死を伝えました。それから数日間は夜私と一緒におお泣きをして
夜な夜な寝れない日が続きました。でもそんな中で娘は、私に「私達いるから
大丈夫よ!!」と何度も励まされました。
娘のおかげで救われた心もあります。

死ということを伝えることは難しいですが、ありのままを解かりやすく伝えていく
事は、大切のように感じます。子どもなりに感じています。
あんなに泣いていた娘ですが、まだ時折一緒になきますが、位牌に話しかけたり
食べ物をそなえたりしていますよ。

私からは形はなくなっても、目をとじれば見えるしいつも心の中にいて
みててくれてるよ。傍についててくれるから、大丈夫だよと伝えてます。
娘も受け入れているようですよ。
私達はうしろをむきがちですが、子どもは現実を受け入れながらも
さっぱり前をむいて、歩いています。生きる力の源のようです。

おばあちゃんの気持ちも大切だと思いますので、一度話していいか相談されては
いかがですか?
ただ個人的な意見としては、子どもは大人の会話はよく聞いています。むやむやにするより
さらっとでいいと思いますので伝えた方が、いろんなことを伝えやすくもなるし、一緒に
応援できる、心づよくもあると思いますよ。

勝手なことばかりかいてすみません。
気にさわるようでしたらすみません。

楽しい時を少しでも多く過せる事を、祈ってます。




265 名前: はる 投稿日:2006/06/28(水) 23:48
とんぼさん、こんにちは
素敵なフラッシュ教えてくださりありがとうございました。

夜1人になると涙が止まらない毎日ですが・・
心が癒されました。

266 名前: ヒロ 投稿日:2006/06/29(木) 10:50
はこさん、はるさん、とんぼさん、富ママさん、あきさん、はじめまして
皆さん、ありがとうございます。
はこさん、お父様の具合はいかがですか?精神的にも体力的にも辛い日々を
お送りのことと思いますが御自分の体も大切にしてくださいね。
はるさん、お父様のことお悔やみ申し上げます。父とあまり変わらないくらいに他界
されたのですね。母は、よく父に話かけております。すぐ傍に居るようだねと言って
おります。私より何倍も悔しく、辛い訳なのに・・
とんぼさん、ありがとうございます。私も涙が止まりませんでした。父が亡くなって
半月あまり、残され母と妹を思い涙を流せずにいました。母ではないですが、傍に居て
私達のことを見守っていてくれているんですね。
富ママさん、いままで拝見させていただいておりました。ご自分も大変な時、辛い時
皆さんを励まされておられましたね。富ママさんの言葉、私もとても励みになりました。
皆さん、頑張りましょうね。日にち薬というそうですが・・・



267 名前: はこ 投稿日:2006/07/01(土) 18:06
みなさん、こんにちは!
あきさん、お母様の具合はいかがですか?
今日もお孫さんと遊んでらっしゃいますか?

ヒロさん、父は最近自分から昼寝をよくするようになりました。
肝臓には休養が一番だから食事の後はなるべく横になって、と言っても
聞かなかったのに自分から休みに行く父を見ると心なしか痩せて弱って
きたように感じますが、意識的に「今日は顔色がいいね!」とか声を
かけるようにしています。
ヒロさんはお母様と妹さんを気づかって涙を堪えておられたのですか・・・
とても辛かったでしょう?
たまには辛い気持ちを吐き出して涙を流して、お父様に「コラァ!」と
怒られてみるのも必要かも知れませんよ。
無理しないで、出来る限りのことをする。それが一番大切だと自分にも
言い聞かせています。

268 名前: つーとん 投稿日:2006/07/02(日) 03:59
つらかったですよね私の母親は3ヵ月介護して最後は病院でなくなりました家で最後はすごしかったんではないかと思い自分を責める毎日です胃癌の末期でした

269 名前: はこ 投稿日:2006/07/02(日) 17:26
つーとんさん、初めまして。
つらい経験をされた上にまだご自分を責めていらっしゃるのですね。
どのような状況だったのかわからないので想像でコメントすることは
出来ませんが、どうか260でとんぼさんが紹介してくださったフラッシュ
をごらんになって下さい。
お母様は笑ってつーとんさんが歩いて行かれるのを見守って下さっている
はずです。元気で明るく歩くこと、お母様もそれを望んでおられますよ。
月並みなこと言葉しかかけられなくてごめんなさいね。
でもご自分を責めすぎないでください!


270 名前: あき 投稿日:2006/07/02(日) 17:32
つーとんさん、はこさん、ヒロさん、はるさん、富ママさん、とんぼさん、トピ主さん、皆さん、
こんにちは。

今は、おばあちゃんの病状を知らないのは、身内では娘だけで、
彼女だけ蚊帳の外みたいに私は感じています。今、おばあちゃんと
一番仲良しなのは、孫である娘なのに。

私としては、おばあちゃんの病気のことを話したいと思っています。
数人の方にも、それがいいとアドバイスしていただきました。
ですが、小さな子供にはまだ、話さないほうがいいとおっしゃる方も
おられます。小さな子供は、必ず、病気のことをあばあちゃんに
尋ねてしまうからだということです。「おばあちゃん、死ぬの?」って
いうふうに。

娘のためには、おばあちゃんの病気のことを話しておきたい。でも、
おばあちゃんのためには言わないほうがいいのかもしれない。
その間で迷っています。

また、主人も、おばあちゃんの話をするのは、娘には重過ぎるのでは
ないかと言っています。

「死」に関するよい絵本でもあれば、娘に読んであげようと思っています。


271 名前: とんぼ 投稿日:2006/07/02(日) 18:15
このフラッシュいいですよね。私も何度も見ていますが、
見るたびに涙がでます。

あきさんへ>うちの子の場合ですが、じいじに「死んじゃうの?」
「じいじ、がんなの?」ということは、もちろん、「髪の毛が抜けちゃってどうしたの?」
とか聞くこともありませんでした。子供って大人が思ってるよりも
ずっとすごいと思いましたね。そして、お嬢さんもお婆ちゃんが
亡くなったときは辛いでしょうが、それを乗り越えてまた成長して
欲しいと思います。たぶん大人が感じる「死」の思いとは
また違うように思います。
絵本でしたら「わすれられないおくりもの」という本が
いいと聞きました。でも、あまり先回りしてショックをやわらげて
あげようと思うよりも、案ずるより産むがやすしと思います。

いずれにしても、お嬢さんとお婆ちゃんのことを一番よく分かってるのは
あきさんなのですから、周りの声に惑わされずに、自分のしたいように
すればいいんですよ。私があきさんのお嬢さんなら、大きくなった
ときに「私にだけ何も教えてくれなくて、ひどい」と思ってしまうかも。。。



272 名前: とんぼ 投稿日:2006/07/02(日) 18:29
追伸です。私が中学生のときに祖母が亡くなりました。
私が祖母の病気のことを知らされたときは、だいぶ進行して
いて、もう誰が誰か分からないし、言ってることも分からない。
ほとんど寝てるだけなので、私はお見舞いに行かないほうがいい
ようなことを言われました。たぶん思春期の女の子に配慮してくれての
ことだと思います。でも、初孫ですごく可愛がってもらった私は
絶対にお見舞いに行くと言って、行ったのです。
覚悟はしていましたが、予想以上にぐったりして横になってる祖母を
見て、胸が詰まって、目に涙が溜まって、何も言えなくなってしまった。
そのとき祖母は「○○来てくれたのかい。いいかい。幸せになるんだよ。」
と目を見て言ってくれました。親戚は皆驚いてました。
あのときの祖母のセリフが今でも私の心の支えになってます。
年齢は違いますが、一応孫の立場(お嬢さんはお孫さんですよね?)
の体験談を書かせてもらいました。

273 名前: 富ママ 投稿日:2006/07/02(日) 20:38
つーとんさんへ。
思い出せば出すほど後悔の塊になりますよね〜〜
うんうん、同じ。亡くなった頃は「自分でも満足」なんて思ってました。
でも、時間が過ぎていくと「あれもできたのでは?これも?」
 時には涙を流したり、落ち込んだり。
つーとんさんのお母様は自宅には帰れなかったですが
3ヶ月も介護できたのですか???富ママとしては「親孝行できたね」
良かったね。とお伝えしたいです。(誤解をまねいたらごめんなさい。)
何度も書きましたが 我が家は検査入院含めて46日でした。
最期の8時間前に意識を戻し家族が目と目を合わせて父とお話し出来たのが
今の私の心の支えになっています。
 人生後悔の連続かもしれませんが あまり自分を責めてしまうと
お母様安心して天国からみてられないかもしれませんよ!!!
残された家族は お母様の分まで前を向いて歩きましょうね〜
辛くなったら またここでお話ししてください。
そしてまた明日から笑顔でがんばりましょうね(^^)

274 名前: 富ママ 投稿日:2006/07/02(日) 20:56
 ヒロさんへ。
日にち薬ですか。。。そうですね〜〜〜時間をかけるしかないですね!
亡くなった父の為にも 私は前を向いて歩かないと!!!
とんぼさんの スラッシュのおかげです。
いつも読んでくださっていたのですね。ありがとうございます。
私に何が出来る訳でもないのですが 少しでもお手伝いできたのでしたら光栄です。
今後色んなことが待ち受けてますが 家族と共に乗り切りましょうね(^^)


275 名前: 富ママ 投稿日:2006/07/02(日) 21:07
 あきさんへ。
小さなお子様となると 母親がその子の性格を知り判断するしかないのでしょうか〜〜
とんぼさんがいいアドバイスしてくださっていますね(^^)
「わすれられないおくりもの」
一度目を通されてみてはどうでしょうか。。。
我が家のお子様は下が6年でしたから あまり参考にならないと思います。
 2人を正座させて、泣いてしまいましたが おじいちゃんが大変なことになっている。
お母さんに力を貸して欲しい。と話しました。
当然 付き添いで夜も空けるし おじいちゃんの大切なペットも預かる訳ですから。。。
丁度判断しにくい時でしょうね。
また、とんぼさんや 多分ここを見ておられるほかの皆さんの意見。
参考にしてください。ごめんね〜〜
そしておばあちゃんとお孫さんの信頼関係の中で出来た絆大切にしてください。
一日でも長く 楽しい時間を過ごせますように。

276 名前: つーとん 投稿日:2006/07/02(日) 21:49
富ママさんありがとうございます母親の場合二月に一度退院してから在宅医療になりましたでもその医者は最悪でした泌尿器かしかなくなぜ末期の癌患者をみれるのと思ったんですが皆さんの意見を聞かしてもらえませんか?

277 名前: 富ママ 投稿日:2006/07/02(日) 22:56
 つーとんさん。
ごめんなさい。意味がわかりません。意見するよりなにより前程が????
そして、内容を知ったとしても適切なアドバイス出来るほど医療には詳しくないので
先にお話ししておきます。
何らかのトラブルですか???
聞くだけしか出来ないかもしれないですが、話してすっきりするなら
思う存分書き込みしてください。
力になれなかったら   ごめんなさい。
話して心を楽にして欲しいです。

278 名前: つーとん 投稿日:2006/07/02(日) 23:32
病院を退院する前に先生から医療相談室にいきましてソーシャルワーカーの人が在宅医療の先生を紹介されました。ソーシャルワーカーの人も末期がんてわかってたのに泌尿器かしかないところを紹介されあとでわかりました泌尿器かしかないてしかも対応は悪く腰にも転移してて痛みがとれず三月に病院に入院してそれが最後のお別れでした。あとでわかったんですが在宅ホスピスもある医院がありなぜそこを紹介しなかったんだって

279 名前: 富ママ 投稿日:2006/07/02(日) 23:41
お母様は病名をしっかりご存知だったのですか?

280 名前: 富ママ 投稿日:2006/07/03(月) 00:02
 つーとんさん。
ごめんなさい。私にも生活がかかっているので横にならないといけません。
朝早くの仕事でして〜〜頼りないですね。ごめん。内容もっと、詳しくです。
専門分野ではないのに 後でわかった????
数ヶ月前からの事を思い出してください。
今日のお話にならなかったらごめんなさい。

281 名前: つーとん 投稿日:2006/07/03(月) 00:31
昨年の暮れに入院しましたはじめは肝硬変て言われ胃かめらで癌がみつかり手遅れで余命半年と告知され母親にも告知いたしました

282 名前: ヒロ 投稿日:2006/07/03(月) 23:19
皆さん、こんばんわ
また、来てしまいました。三七日を迎え慌ただしく毎日を過ごしています。
私の父は、5月連休後に癌がわかり、30日に治療の為に入院するまで家で過ごして
いましたが、坂を転げ落ちるように体調が悪くなり13日に亡くなりました。
本当に15日あまり、本人も家族も家に帰れることを目標に頑張りました。
先程、実家より帰宅したのですが車の中で18歳になる息子が、
(まだ、おじいちゃんが居るようだね、亡くなる前に握手した手の感触が忘れられないよ。)
と話ておりました。 聞きながら泣けて泣けて・・・
でも、頑張りますよ これから四九日、新盆と考えることが沢山ありますから・・

283 名前: つーとん 投稿日:2006/07/03(月) 23:45
ヒロサん大変だったですよねわかりますそのお気持ち

284 名前: 富ママ 投稿日:2006/07/04(火) 00:01
つーとんさん。
 ストレートに病状が進んでしまった私達には理解しがたいです。
このページのほかの板にもっと詳しい先生がいらっしゃるのではないでしょうか。。。
そちらで相談されてみてはいかがですか???
悲しみだけは受け止められますが、医療的なことは
多分 皆さん 無理なんではないかとかんじます。
力になれなくてごめんなさい。
心のケアなら   お力になれるかも。。。頼りなくてごめんね!

285 名前: 富ママ 投稿日:2006/07/04(火) 00:06
 ヒロさん。
日に日に 募りますね。さりげないお子様の言葉。
これも真実なんですよね!!!
慌しい日が続くと思いますが 今日のその瞬間も思い出です。
みんなで乗り切りましょう。

286 名前: 由布 投稿日:2006/07/04(火) 00:13
皆さんこんばんわ、悲しい話ばかりで落ち込んでいましたが。
悲しんでばかりいても、前には進まないんですものね。 
悲しみも、やがては、人生の糧となることを信じています。 
介護真っ最中の、はこさんや、私にとっては少し辛い話ですけど、
前向きに、悔いの無い介護をしたいとおもいます、皆さんの貴重な
お話を参考に此れからも頑張ります。皆さんもやるだけのことは
やったんですから、とんぼさんの、フラッシュみたいに、ちやんと
横でみまもってくれてる事を信じて、お盆はにこやかに、皆さんを
すぐ近くで見守ってくれていますよ・


287 名前: とんぼ 投稿日:2006/07/04(火) 18:52
つーとんさん>詳しいことは分かりませんが、胃がんの末期なのに、
泌尿器科専門の先生が在宅医療の担当医だったということですよね?
ちょっとそれはないんじゃないか?って素人でも思いますよね。。。
在宅の先生は不足してると聞きますので、それもよくあることなのかどうか
は分かりません。実際何十日も何ヶ月も待つ人もいると聞きます。
ホスピスの方はうちも一ヶ月待ちだと言われました。ホスピスを希望する
頃にはもうだいぶ進行していることが多く、そんなに待つ時間はない人も
多いと思います。ある程度進行してからでなくて、先回り先回りで選択肢を
提示して欲しい。そして、もっとホスピス医療を充実して欲しいと心から思います。
そうすれば、父は痛みと戦うことももっと少なかったのに。。。
最後の数日、点滴を抜いてしまうからと、手をベルトで固定
されることもなかったのに。。。もっと人間らしい扱いをしてもらえたのに。。。
悔しいです。

288 名前: つーとん 投稿日:2006/07/05(水) 00:47
とんぼさんそうなんですよソーシャルワーカーが紹介したのがそこだったんです最悪の先生でした

289 名前: つーとん 投稿日:2006/07/05(水) 05:52
質問なんですが胃癌の末期で胃からすこしづつ出血してて貧血がひどかったんですが輸血はしないて言われました先生から人道上できないて皆さんどうおもいますか?

290 名前: とんぼ 投稿日:2006/07/05(水) 10:42
つーとんさん>ごめんなさい。医学的なことはよく分からないです。
富ママさんもおっしゃってますが、医学的なことは「消化器」の
「胃がん」の掲示板で質問した方が、たくさんお答え頂けると思います。
同じような経験をされた方も多いと思います。
あと、申し上げにくいのですが、句読点をもう少し入れて
いただけると、読みやすいので、お願いします^^

291 名前: はこ 投稿日:2006/07/05(水) 19:59
つーとんさん、納得いくお答が出来なくてすみません。
消化器のページには専門の先生もおられるのできっとつーとんさんの質問に
答えていただけるはずです。気にかかることはとことん聞かれるのがいいと
思います。

とんぼさん、つーとんさんにどう伝えたらいいかわからなかったので適切な
レスありがとうございました。みなさんの気持ちを代弁してくださったレス
だと思います。
前回の書き込みを見て、私にはまだ未経験の領域なのですが、患者や家族が
戦うのは病気だけでなくていろいろな問題があるんだなぁと
思いました。
医療の人手不足は承知していますが、それでも心のこもった対応をして欲しい
です。苦しみを少しでも和らげてほしい!それは家族の切実な願いですよね。


292 名前: つーとん 投稿日:2006/07/06(木) 21:30
皆さんありがとうございます。いろいろ悩んでうつ病になってしまったんですが、この掲示板に出会えて少し気持ちが落ち着きました。

293 名前: 富ママ 投稿日:2006/07/06(木) 22:36
つーとんさん。
本当に力になれなくてごめんなさいね。
今回の件は 内容的に難しすぎて説明もできなくて。。。
私自身「ごめんね〜」の気持ちでイッパイです。
 家族を亡くしてしまい 自分のもって行き場がない時ありますよね〜
私も 迷って悩んで、そして皆様に「愛」をいただきました。
専門的な事はわかりませんが、寂しくなったり 応援してあげたい時、
待ってますよ!!みんなでお話ししましょう。
 それから、あまり自分を追い込まないで  心に残った故人のこと
大切にしてください。
つーとんさんのお身体もご自愛ください。

294 名前: つーとん 投稿日:2006/07/07(金) 00:00
富ママさんありがとうございました。

295 名前: 富ママ 投稿日:2006/07/08(土) 21:10
今回つーとんさんのお話しにものってあげれられなくて
心が痛いです。みなさんに何にもお答えできない。
聞いてあげるしかないんです。そう思うと、、、、、
 頑張っておられる方に応援の言葉を送るだけ。。。。
力になってあげることが出来ない自分がはがゆいです。

296 名前: つーとん 投稿日:2006/07/09(日) 08:02
富ママさんありがとうございました。聞いていただいただけでどれだけうれしかったですよ!

297 名前: はる 投稿日:2006/07/15(土) 10:16
皆様、元気ですか?
私はもうすぐ月命日を迎えます。

父のいない生活に戸惑いと寂しさを感じながら生活をしています。
いつもいるところに、いないということは、ぽかんとなにか
気のぬけたような・・違和感を感じるものですね。

ほんとの寂しさは・・いまからきそうな気がします。

すみません。ブルーな私でした。

298 名前: 富ママ 投稿日:2006/07/15(土) 10:36
はるさん。おはようございます。夜勤明けでボ〜ッとしてます。
もう そんなになりますか、、、、
本当に何かの拍子に存在感の大きさ感じたりしますよね〜〜
私もずっとそんな感じでした。
最初の頃は書き込みしながら泣いていたり、落ち込んだり。
半年もすぎたら 少し落ち着きが出てきました。???
寂しい時は お父様の大好きなソファーで 寝転んでみたりして〜〜
きっと抱きしめてくれますよ!! ファイト!!!


299 名前: はる 投稿日:2006/07/15(土) 10:43
富ママさん
ありがとうございます。
聞いてくださる方がいるだけで、心が救われます。


300 名前: はこ 投稿日:2006/07/15(土) 16:38
はるさん、お久しぶりです。
本当に月日の経つのはあっと言う間、早いですね。
私は時間がこのまま止まってくれたら!と時々祈るような気持ちになります。
お父様の存在の大きさってあとからじわじわと実感するのかも知れませんね。
寂しさもブルーになるのも当り前、お父様もしょうがないなぁと見守っていら
っしゃることでしょう。
寂しさや苦しみはみんなで分け合いましょう〜
それに元気もね!


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